政治・経済

インバウンド(訪日外国人旅行)景気で盛り上がりを見せる大阪。これまで経済の地盤沈下が指摘され続けてきた大阪にとって、このインバウンド急増は、景気回復に向けたまたとない好機であることは確か。だが、一方で、浮かれてばかりではいられない状況も浮き彫りとなっている。文=大和賢治

史上空前の賑わいをみせるミナミ

 昨年、大阪のインバウンド客は、推定で1千万人を突破、梅田・心斎橋・難波といった繁華街は土日、昼夜に関係なく連日、活況を呈している。経済面で首都圏に大きく水を開けられている大阪にとって、想定外ともいえるインバウンド急増がもたらす好況を景気回復の足掛かりとしたいところだ。

 言うまでもなく、インバウンド急増の背景にあるのは格安航空会社(LCC)が関西国際空港(関空)への乗り入れを開始したこと。昨年1月には、第2ターミナルをピーチ・アビエーション、春秋航空といったLCC専用として開業したことから便数も増加、さらには、外務省が中国人に対するビザの発給要件を緩和したことも相まって、関空を利用するインバウンドは爆発的に増加している。LCCを利用すれば、中国各地からでも往復3万円前後で訪日が可能となることは、中国人にとって大きな魅力となっている。

 インバウンドの最初の受け皿となるのは、関空から約1時間の距離にある南海なんば駅周辺、いわゆるミナミだ。近隣の戎橋筋商店街、心斎橋筋商店街等は、連日、購買力旺盛なインバウンドであふれ、百貨店の免税カウンター、ドラッグストアの免税対応店は、わが世の春を謳歌する。難波に拠点を構える髙島屋大阪店の第3四半期(2017年3~11月)の免税売上高は、対前年同期比で1.8倍を記録したことからもインバウンドの凄まじい購買力を伺い知ることができる。ちなみに髙島屋大阪店の大家は南海電鉄である。

 それら史上まれにみる活況に沸く難波エリアだが、16年の11月にある社会実験が実施され関係者の注目を集めた。「なんばひろば改造計画」である。

 現在、大阪ミナミの玄関口としてインバウンドの受け皿となっている南海なんば駅周辺だが、その駅前はタクシープールや植栽ゾーンに多くの空間が割かれている上、周囲も2本の車道で分断されており、一体的な空間が確保されていない。歩行者の空間が不足していることは混雑も助長、それによる回遊性の低さは、消費者の購買意欲の妨げともなる。

 そこで、南海なんば駅周辺の町会、商店街、企業など27団体は、11年6月に「なんば安心安全にぎわいのまちづくり協議会」を組織、15年4月には、「なんば駅周辺まちづくり構想具現化案」ならびに「要望書」を吉村洋文・大阪市長に提出、駅前広場化に向け動く。そして同年12月には、協議会に大阪市、大阪府、大阪商工会議所も巻き込んだ形で「なんば駅前広場空間利用検討会」の設置にこぎ着け、16年11月に「なんば駅周辺道路空間再編社会実験」を実施することになった。

 3日間に渡り実施された、この実験では、空間の大部分を占めるタクシープール・乗降場を西側の新川通りに移設、南側からの車を交通規制し、髙島屋前の車道を閉鎖、ウッドデッキを路上に張り、カフェやインフォメーションセンター、イベントスペースも設ける多機能的な空間に様変わりさせるなど、利用者の潜在ニーズがどこにあるのか、あるいは歩行者の回遊ルートがどのように変化するかなどを検証するまたとない機会となった。

 この社会実験では、3日間いろいろなイベント、マーケット等を実施したが、実施後のアンケートでは、約9割が歩行者空間化、ゆっくりと休憩でき憩える空間を支持したことからも、駅前広場化が街の活性化の必須要件であることが改めて実証されたのだ。

 十分な成果を得られた、この社会実験だが、実現までの道のりは、行政・町会・商店街関係者など、利害関係者の思惑も錯綜、決して容易なことではなかったという。この難題で調整役を果たしたのは南海なんば駅をホームグラウンドにする南海電鉄だ。

 実は、同社は、この「駅前改造計画」の前段となった、駅東側に位置するなんさん通り商店街の歩行者天国化構想に民間企業として参画してきた経緯がある。

社会実験の到達まで足掛10年近くを要する

 今から約10年前、いわゆる“裏難波”を囲むように位置するなんさん通り商店街は、道路の狭さに加え、駅前タクシープールからあふれた客待ちのタクシー列が通りを侵食するなど、歩行者の回遊を妨げる要因が重なり、賑わう戎橋商店街や心斎橋商店街に比べ、集客にハンディを負っていた。そこで当時のなんさん商店会長は、歩行者天国化を含む「なんさん通り活性化基本構想」08年に策定、翌年には、「南海なんば駅前広場環境整備協議会」を結成するなど、実現に向けたさまざまな調査を実施してきた。その当時から関与しオブザーバー的な調整役を行っていたのは、何を隠そう南海電鉄なのだ。

 「なんさん通り活性化基本計画」から「なんば広場改造計画」の実現まで関与してきた南海電鉄で現在担当しているなんば・まち創造部の和田真治氏は、16年に実施された社会実験の意義を次のように語る。

 「今回の社会実験は、地元の民間人と企業と一体となり発意し、行政や管轄の警察までをも巻き込んで実現できたことに大きな意義があります。結局、街が活性化すれば、商店街の売り上げ向上はもちろんのこと、回り回って税収アップにもつながることは明白なのです。民が主体となって行政を動かしたことは良い前例になると思います」

 確かに規制市街地である駅前で、準備日を含め4日間に渡り交通を止めるのというのは異例中の異例。そういう意味では、吉村洋文市長をはじめとする行政もなんば駅前の活性化には前向きであることは確かなようだ。また、前述、和田氏は次のように続ける。

 「ミナミは、現在、再開発が進行中のうめきた(JR大阪駅北再開発)の比較対象にされるのですが、うめきたは、何もない(梅田貨物駅跡地)ところを企業で作り込んでいく方向です。しかし、なんば駅前広場化は都心部である既成市街地のタクシープール・乗降場といった日常がある中で、地元の商店街や町会と企業が本音で協議し、リノベーションをかけ活性化していこうという試みです。これが実施され成果を上げることができれば、今後の他地域での成功モデルの事例になるのではないでしょうか」

 10年代に入り、うめきたでは「グランフロント大阪」、阿倍野では高層階日本一の「あべのハルカス」といった集客力の期待できるハードが次々と誕生している一方で、難波は、ソフトに力点を置いた独自の活性化策を探っていたことになる。ソフトがしっかり機能していれば、後にハードが完成した時には、相乗効果がより望めるという考えである。現状を言えば、インバウンド景気が活性化への後押しをしているのは確かだが、南海電鉄の着目は、なんさん通りの歩行者天国化構想から関わってきたことからも分かるように、決して“インバウンドありき”で街を考えてはいないことが分かる。

手放しで喜べない難波エリアの現状

 インバウンドで賑わいを見せる難波エリアだが、市場をよくよく俯瞰してみると、インバウンドの増加に反し、大阪市民の利用頻度は年を追うごとに減少していることはあまり知られていない。前述、うめきたでは13年4月に「グランフロント大阪」が、さらに阿倍野・天王寺地区では、14年3月に、超高層ビルとして「あべのハルカス」がオープンするなど魅力度の高い施設が近隣に相次いで開業したことで、市民の購買活動の拠点が分散、人口減少とともに難波エリアは、この煽りを受けているのだ。

 16年に公表された国勢調査では、大阪市の人口は微増となっているが、5%以上の増加を示したのは北区、中央区、天王寺区など商業集積が高いエリアに集中している。これは、上記、利用率が高まっているエリアにきれいに符合している。しかし、一方で、市民が増えているはずの中央区に位置する難波エリアだけ利用率がなぜか減少している。

 市民の難波エリア離れの要因として考えられるのは、これまで繰り返し述べてきた説明のとおり、南海なんば駅周辺での歩行者空間の不足にインバウンドの急増が拍車を掛け、混雑を避けたいという市民の心理が働いたものと考えられる。これが駅前広場の改造を急がなければならない背景なのだ。

 この状況は、今回の社会実験でもイニシアチブを発揮した南海電鉄にとって憂慮すべきもの。インバウンドの大半は中国人、韓国人だが、特に中国は政府の方針で人民が右往左往するようなお国柄。難波エリアの今の好況が未来永劫続くと考えるのは、あまりにもリスキー。安定的成長を考えた場合、やはり頼りになるのは市民の支持である。南海電鉄の和田氏が“市民(日本人)が訪れて楽しいまちを目指す。インバウンドありきではない”と述べたことは何より、その証左でもある。

 社会実験までの一連の計画に関与してきた南海電鉄だが、その裏には利益の享受という企業としては当然の論理も働いている。

 前述、鳴り物入りでオープンした「グランフロント大阪」のある梅田は、JR西日本および阪急百貨店を要する阪急電鉄の拠点であり、「あべのハルカス」のある天王寺地区は近鉄のおひざ元だ。特に「あべのハルカス」の核テナントである近鉄百貨店は、今や年間1千億円の売り上げを叩き出す店舗に成長した。ちなみに売り上げ1千億円というのは世界有数の商業地である銀座に店舗を構える松屋のピーク時の売り上げにも匹敵する。ライバルでもある電鉄会社系の施設に顧客を奪われるという状況は、日本最古の私鉄である南海電鉄のプライドからすると看過できないことでもある。

 さらに、これまでの小売の主戦場としてとらえられてきたのは、梅田~難波の南北約4キロ間だが、ここに阿倍野という強敵が加わったことは、南海電鉄には脅威でもある。実際、同社が大阪球場跡地に07年4月にグランドオープンした複合施設「なんばパークス」は、「あべのハルカス」に加え、東急不動産の運営する「あべのキューズモール」とは棲み分けができているものの影響がないわけはない。そういう意味でも、なんば駅に隣接、今年9月に竣工する複合施設「なんばスカイオ」(旧南海会館ビル)との相乗効果が期待されるところだ。

 新興勢力に渡り合うためには、ハードとソフトが一体になった展開がなんとしても必須。そういう点からすると、早急になんば駅前の広場化を実現させたいのは確かだろう。

 しかしながら、社会実験の成果は認識されたものの、現状を言うといまだ具体的なスケジュールなど行政と協議中であるという。特にネックになるのは費用分担である。行政や近隣の商業者等が、拠点を構える南海電鉄に多くの負担を求めることは、十分に想定でき、応分の負担は覚悟しなければならない。

 今回の計画の意義は、街の活性化にある。そういう意味では、地権者でもある市が多くを負担するべき事例だと言っていい。社会実験時の冒頭挨拶で吉村洋文市長は「実現すべき案件」と力説したことから市が前向きなのは確か。意義に基づき、南海電鉄と地元、市それぞれの協力により実現することが期待され、公共空間の活用のモデルケースとして今後を注目したい。

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