文化・ライフ

不倫報道2年の果てに見えたキーワード

 ミュージシャンで音楽プロデューサーの小室哲哉が、『週刊文春』で不倫疑惑を報じられ、引退を表明した件には、すっきりしない感覚を覚えた人も多いだろう。「文春砲」と呼ばれる同誌名物の不倫記事は、2016年1月に、バンド「ゲスの極み乙女」ボーカルの川谷絵音とタレントのベッキーの不倫を報じて以降、芸能人や政治家など有名人を続々砲撃目標とし、この2年でワイドショーの不倫報道も増加したという。

 日本人は、いつからこんなに不倫報道が好きになったのだろうか? いや、多くの人は「くだらない」「興味がない」等と答えるはずだが、なぜこの種の報道は、嫌がられながらも耳目を引いてしまうのか。

 あえて言おう。なぜなら不倫は、日本社会の矛盾の集積点といえる問題だからである、と。そう、不倫はかつてボウヤがするものではなく、家父長制でガチガチに守られた「権威ある大人の男性」が、「玄人(ないしはそれに準ずる)女性」と、家庭でも職場でもない安全な中立コロニー、もとい大人の社交場で、ランデブーするものであった。

 だが、時代は変わって宇宙世紀に突入するよりも早く、人類の不倫居住空間は拡大した。職場や家庭など、不倫地帯とは一線を画していたはずの地域との境界線が溶解し、同時に不倫戦に要する費用も安価になった。そんな戦況下、「メカケヲモツノモオトコノカイショー」という名のステルス兵器は、ブンシュンミノフスキー粒子の発明によって無効化されてしまった。かくして、剥き出しの通常兵器による戦いの火蓋は切って落とされた。    

 だがここに来て、このフリンホウドウ2年戦争は、小室の登場で新たなる戦局を迎えた。キーワードは、「老い」「病」「介護」だ。まだ59歳の小室だが、語弊を恐れずに述べるならば、既に彼は「余生」を生きているように見える。

 周知のように、小室の人生速度は速い。常人の3倍とは言わないが、比較にならないほど高速である。

 小室は1990年代に「小室ファミリー」と呼ばれるアーティストの一群を世に送り出し、音楽業界を席巻した。だがその後のブームの終焉と迷走、極めつけは5億円詐欺事件による逮捕、さらには妻であり元「globe」ボーカルのKEIKOが高次脳機能障害を患い介護負担を抱え、自身も病気を抱えるなど現在は苦難の多い人生行路となっている。

 そうした中、女性看護師に精神的に頼ってしまった……と会見で語る姿に、これまで文春砲報道に、それほど悪感情を抱いていなかった人たちまでが疑問を呈し始めた。小室の事例はこれまでの報道に比べ、あまりにも重かった。

 不倫云々を抜きにすれば、むしろは女性週刊誌で「夫婦闘病二千日! 小室とKEIKO、涙の二人三脚!」等書かれたらしっくりくるレベルの重さであり、文春砲にいくばくかあったはずの、「お痛が過ぎる有名人に対する、正義の鉄槌」的な雰囲気が、瓦解してしまった。

「感情」の変化を無視した近代家族の設定

 話は元に戻って、「不倫は、日本社会の矛盾の集積点」問題である。いやこれは、もっと言えば日本にとどまらない。近代社会開始時より内部に孕まれた巨大な闇である。

 不倫が叩かれるからには、「正しい結婚の姿」があるはずなのだが、それはもちろん、「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」という西欧キリスト教圏の誓約に収斂される。

 あらためて読むと、この結婚像は、とてもハードモードな設定である。

 なぜか。それは、そもそも「恋愛」を「結婚制度」に組み込むことが、かなり難易度の高いゲームのルールであったからだ。かつて、恋愛は結婚とは相容れないものであった。ヨーロッパで吟遊詩人によって恋愛譚が歌われ出した13世紀、恋愛とは不倫を指していた。なぜなら近代化以前、結婚は個人に属すのではなく、家に属すものであり、家同士のM&Aのようなものだったからだ。

 ところが近代化に伴い家制度が解体されると、結婚は個人同士の情緒的結び付きによるものへと変わった。

 近代化とは、社会学者マックス・ウェーバーが述べたように、「絶えざる合理化の過程」であり、事実、社会のあらゆる領域が合理化されて行った。

 だが、その近代社会が基盤とする最小の単位が「近代家族」で、そのコアとなる夫婦は、非合理的な恋愛感情による結び付きが前提……とは、近代社会の誕生から続く矛盾だ。

 さらに家族に深く関わり、かつ感情と同様、人間にとってコントロールできないものの代表格に、「生命」がある。

 人間も生物である以上、生老病死からは逃れることができない。健康なときは造作なく維持できた関係が、看護や介護を要するようになると、あっけなく困難になるのはしかたないじゃない、人間だもの。そう、人間である以上、夫婦ふたりの関係は、ライフステージや健康・経済状況などによって変化して当たり前なのである。だがあたかも、そのような変化は存在しないがごとく、近代家族の「情愛的夫婦の絆」は設定されている。

 恐らく多くの人は、コントロールが難しい「感情」と「生命」の問題の重圧を感じつつ、日々を送っているのだろう。不倫報道は、「感情」を制御できない有名人を晒し者にすることで、一時読者の鬱屈した感情のガス抜きをすることに役だっただろう。

 でも、「生命(老い・病・介護)」は? 「感情」ならば自己責任と考える人も、これには憐憫を覚えるだろう。すぐそこまで来ている「超」高齢社会と大介護時代を前に、この近代家族の理想と現実の乖離は、あまりにも重い。そして、奇しくも小室哲哉は、本人が望まぬかたちでこの時代の最先端を行ってしまった感もある。やはりどう転んでも、「時代の申し子」の宿命を負った人であるらしい……。

 

(みなした・きりう) 1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『「居場所」のない男、「時間」がない女』(日本経済新聞出版社)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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