政治・経済

羽田の発着枠問題など旅客部門に目が移りがちだが、国内外の旅客事業に続く核として、貨物事業が存在感を増している。第1次安倍内閣の「アジアゲートウェイ構想」から誕生した沖縄貨物ハブから見えるANAホールディングスの未来とは? (本誌/古賀寛明)

貨物事業に可能性を見出すANA

 

 草木も眠る丑三つ時というのに深夜の那覇空港貨物ターミナルは多くの人で活気に満ちている。

 羽田や関空など国内4カ所、台北や上海、バンコクなどアジア各地の5カ所を深夜に飛び立った計9機の貨物便がちょうど那覇に到着しているところだ。これから荷物を積み替え、朝にかけて再度、各地に戻っていく。

 2007年、第1次安倍内閣が打ち出した「アジアゲートウェイ構想」を受けて、ANAは沖縄での貨物ハブ構想を発表。リーマンショックの影響が危惧されたものの09年から8機のボーイング767-300で国内外を結んで開始した。

038_20140318_01 一般的には大消費地を後背地に持つ首都圏にある成田や羽田をハブに選びそうなものだが、わざわざ日本の南西に位置する沖縄をなぜ選んだのであろうか。

 地図を思い浮かべていただければ分かるが、東京を中心に考えると辺境の地である沖縄も、視点を西南にずらしていくと、東アジアの中心に位置することが分かる。

 那覇空港から香港までの飛行時間は約2時間半で、東京と変わらない。台北に至っては1時間半とまさにお隣。

 ほかにも飛行時間4時間圏内に、東京、ソウル、上海、北京、マニラ、ハノイとアジアの主要都市が並ぶ。沖縄に位置するメリットを「往復8時間であれば1日2回飛ばせる」(全日空・貨物事業室副事業室長・嶋崎聡氏)と語る。

 また、沖縄と各都市を効率的にハブ&スポーク方式で結ぶことで73もの路線(14年5月以降)を保持することと同じになるのだ。当初8カ所を結んでいたネットワークは、その後名古屋、中国の青島にも飛ばし、今年3月からは中国の広州、5月にはシンガポールにも就航。12の都市を50㌧まで搭載可能な中型貨物専用機が結ぶことになる。

 さらに追い風になるのが、貨物の取扱量でアジアが抜きん出ていることだ。

 実際、貨物を扱う航空会社でみてもカーゴ専門のフェデラルエクスプレスとUPSを別にすれば、上位10社のうち9位のルフトハンザ(ドイツ)を除いたすべてがアジアの航空会社だ。12年は全日空も11位だったが、今年度はトップ10に入る見込み。

 ただ、ANAホールディングスの航空運送事業の総売上高1兆3235億円に対して、貨物事業は10%を占めるだけにとどまる。では、なぜこの事業が今後の柱に成り得るのか。

 現実的には、いまだ50%を国内線旅客が稼ぎ出す。しかし、今後、人口減少の進む日本では成長は難しい。国際線旅客部門も、勢いづく中東の航空会社やLCCとの激しい競争が待ち構えている。

 羽田空港の発着枠で12年秋の国内線ではANA8枠に対し、JAL3枠。昨年国際線の発着枠でもANA11枠に対しJAL5枠と優遇されてはいるものの、ほくそ笑んでもいられないのだ。

 振り返ってみても、最新鋭機ボーイング787のトラブルから尖閣問題で落ち込んだ中国需要をはじめ、エアアジアとの合弁解消で完全子会社化することになったバニラエアの立ち上げなど、LCC戦略の再構築も求められた。

 さらに追い打ちをかけるように円安によって航空燃料費がかさむ。JALが実質無借金なのに対し、財務的にも8270億円の有利子負債を抱える現実。ANAに余裕はない。

 貨物事業は、まだ1300億円ほどの売り上げではあるが、東アジアの中心に位置する沖縄で勝負する意味は、中国、ASEAN、日本の約20億人の潜在市場を相手にする戦略なのである。

 だからこそ、効率的に運営する貨物事業は希望であり、明るいフロンティアが待っていると言えるのだ。

ブランド農産品の需要増もANAの貨物事業に追い風

 いくら素早く運ぶ手段を持っていても運ぶものがなければ話にならない。アジアからの需要が今後飛躍的に増えると期待されているもののひとつに、日本の農産物がある。

 TPPで大打撃を受けると心配される農産物でも商品によっては海外で強い競争力を発揮する。

 需要が高い品目に米、牛肉、果物、海産物などが挙げられる。味はもとより安全性で人気が高く、中でも「北海道の毛ガニ」や「新潟の米」、「静岡のイチゴ」など、ブランドになった農産物は富裕層を中心に人気が高い。これらが、日本各地から沖縄物流ハブを経由し、最短で翌朝にはアジア各地に届けられる。

 これを支えるのが宅急便で知られるヤマトグループで、ANAグループと協力しながら沖縄ハブを有効に活用する。現在、台湾を皮切りに上海、シンガポール、香港、マレーシアで宅配事業を始めており、エンドユーザーに対しこまめな対応で市場を掘り起こしている。

 香港では、「クール宅急便」も開始しており、香港ヤフーなどと組み日本の食材を現地に送る。1万円以上もする「毛ガニ」が驚くほどに売れるそうだ。

 さらなる追い風も吹く。農産品の輸出は、政府の成長戦略にも入っており、12年度の約4500億円に対して、20年には輸出額を1兆円規模にまで拡大する見込みだ。

 沖縄県も地元財界と共同で後押しする。

 昨年、食に関する大規模な商談会「沖縄大交易会」を実験的に行った。県内外から131の企業が出展し、アジア地域を中心とした多くの海外バイヤーも参加。今年も11月に開催する。

 地元財界も「沖縄県の企業にとっても、今までの県民140万人市場が、一気に世界へ拡大した」(沖縄銀行・安里昌利会長)と期待も高い。また、国際物流拠点の形成を図るために、12年から「物流特区」がスタート、実効法人税率を19・5%にまで引き下げ国際的な競争力を高める。

 近年、中国だけでなくアジア全体で内需が拡大し、所得も上昇、中産階級も生まれている。

 この新たな勢いを取り込むことが、ANAの貨物戦略であり、大きな柱に成り得る可能性を秘めている。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

家族葬のファミーユは家族や親族など故人の近親者だけで施設を貸し切って行う「家族葬」のパイオニアだ。創業者・高見信光氏は異端児と言われながらも旧態依然とした業界を変えてきた。その思いに共感し、異業種のリクルートから転じて社長を引き継いだ中道康彰氏も業界の常識を打ち破るため奮闘している。文=榎本正義(『経済界』2…

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年10月号
[特集] 進撃のスタートアップ
  • ・スタートアップ・エコシステムの活性化
  • ・[スパイバー]2万5千円のTシャツは完売 実用化が迫った人工クモの糸
  • ・[Rhelixa]エピゲノム関連の研究・開発で人類の役に立つ
  • ・[チャレナジー]台風発電でエジソンになる ビジネス展開は「島」から
  • ・[エイシング]エッジで動く超軽量AIでリアルタイムに予測制御
  • ・[キャディ]製造業に調達革命! 町工場は赤字から脱出へ
  • ・[Clear]目指すは日本酒産業のリーディングカンパニー
  • ・[空]「値付け」の悩みを解決するホテル業界待望のサービス
  • ・宇宙ビジネスに民間の力 地球観測衛星やロボット開発
  • ・71歳で環境スタートアップを立ち上げた「プロ経営者」
[Special Interview]

 荻田敏宏(ホテルオークラ社長)

 「The Okura Tokyo」をショーケースに海外展開を進めていく

[NEWS REPORT]

◆戴正呉会長兼社長を直撃! なぜ、シャープは復活できたのか?

◆アスクル創業社長を退陣させた筆頭株主・ヤフーの焦り

◆サービス開始から3カ月で撤退 セブンペイ事件の背景にあるもの

◆絶滅危惧種ウナギの危機 イオンが挑むトレーサビリティ

[特集2]

 富裕層は知っている

・富裕層の最大の使い道は商品ではなく次代への投資

・シンガポールからケイマン諸島まで 資産フライトはここまで進化した

・年間授業料100万円超は当たり前 教育投資はローリスクハイリターン

・最先端の人間ドックは究極のリスクマネジメント

・家事代行サービスで家族との時間を有効活用

ページ上部へ戻る