マネジメント

カリスマ社長ゆえの大きなリスク

 孫正義ソフトバンク社長の後継者を育成することを目的に、2010年7月に開校したソフトバンクアカデミア。グループ会社を含む社内から200人、社外から100人の生徒がソフトバンク本社に集結し、月に1回程度のペースで開催される。校長は孫社長本人。直接指導によって自らの後釜を育てるという他に類を見ない試みだ。

 ここで一体何が行われているのか。それを説明する前に、アカデミア創設の背景を述べておこう。

 孫社長が19歳の時に打ち立てたという人生50カ年計画。それは「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代でひと勝負をかけ、50代で事業を完成させ、60代で次の世代に事業を継承する」というものだった。1957年生まれの孫社長は現在56歳。人生計画に従えば、後継者育成の時間はあまり多く残されてはいない。

 しかも、圧倒的な影響力を持つ同社長を引き継ぐとなれば相当にハードルが高い。実際に、ソフトバンクのアニュアルレポートなどには、後継者問題が同社の抱える大きなリスクである点が記述されているほどだ。

 ソフトバンクが10年6月に発表した「新30年ビジョン」に示された40年の目標は「世界の人々から最も必要とされる企業グループ」になること。そのためには、時価総額200兆円規模、グループ会社は5千社以上で、世界のトップに立っていなければならないと同社では想定している。これを実現するためにも優秀な後継者選びは深刻な問題としてとらえられており、その危機感がアカデミア創設の動機となった。

 生徒の定員数は、10年後をめどに1人の後継者にバトンタッチすることを想定し、それまでに候補者が何人必要かという観点から逆算して決めた。当初、事務局側は100人程度と見積もっていたが、孫社長の意向で300人まで膨らんだという。

 具体的な後継者像をイメージしたとき、40代半ばの人物にバトンを渡すとすれば、30代半ばから後半の人材が対象となる。この層で社内のエースと言われる人物をリストアップしても全く足りず、20代半ばの人材を加えても、これら若手と孫社長は面識がなかった。熟考の結果、本当に経営者としての資質を備えた人材を集めるために、社外からも生徒を集めることにした。

 当初は反対意見もあった。社外から候補を加える提案をした執行役員人事部長の青野史寛氏によれば、

「自分のところの社長を選ぶのに、なんで社外の人間を入れるのかという意見もありました。でも、社内のやり方に従ってきた人間だけでは、強力な創業社長に勝るエネルギーは生まれないと思って押し切りました」

 という。

 当初、社外候補は全体の1割に当たる30人程度を想定していたが、いざ蓋を開けると、1万人以上の入校希望者が殺到。青野氏に言わせると「メチャクチャに面白いタレント」が揃った。著名な経営者や官僚をはじめ、医者、弁護士、現役の自治体の首長までがエントリーしてきたという。

「ふつうでは絶対出会えない人たち。もったいないから社外からの人材を100人に増やしました」

 と、青野氏は語る。

 

「チャンスボックス」としての機能

 カリキュラムの内容は、一般的なビジネススクールなどとはかなり異なる。コンセプトはズバリ「知の総合格闘技」。例えば、ソフトバンクが直面している経営課題がお題として与えられ、生徒は解決策を出すために知恵を絞りだす。孫社長に言わせれば「脳がちぎれるほど考える」ことが求められる。

 生徒は1回5分のプレゼンテーションによって自らの考えを披露し、その場で参加者全員からの評価とフィードバックを受ける。こうして予選を勝ち抜いた20〜30人には、実際に孫社長の目の前でプレゼンを披露するチャンスが与えられることになる。アカデミアでは、リアルな場を共有することにこだわっているため、中には5分間だけのプレゼンを行うために、わざわざ海外から駆け付ける猛者もいるという。

 プレゼンテーションのほかにも、孫社長の講演や他の経営者との対談を直に聞いたり、経営シミュレーションゲームで順位を競ったりといったさまざまな試みが行われている。これを何回か行って、ポイントが低い下位20%の生徒は退校となる仕組みだ。次回の募集ではこの空いた枠を補充するために応募者を募るが、一度退校になっても再エントリーが可能となっている。

 当然のことながら、プレゼン大会の優勝回数が多ければ後継者になれるというわけではない。孫社長の後継者になるために、最も重要なのは実際のビジネスにおける実績だ。ただし、成績上位者は注目されて大きな仕事を任せられるチャンスが格段に増えるという。アカデミア出身者が、グループ会社のトップに抜擢されたケースも実際にある。

 つまり、アカデミアは「1つのチャンスボックス」(青野氏)の役割を果たしており、そこで成果を出せば後継者への道が開けてくるというわけだ。

 

自発的に生まれる多種多様な試み

 アカデミアでは、基本的に運営サイドが何かを押し付けることはせず、プログラムの在り方などについては生徒の意見を広く聞いて決める方針を採っている。実際の企画運営も生徒が率先して行う部分が多い。このあたりも「孫社長が帝王学をじかにたたき込む」というイメージからは程遠い。

 開校して4年もたっていないアカデミアだが、当初は運営側も予想していなかった動きも出てきた。

 多種多様な人材が集まる場であるだけに、生徒の間から自然発生的にさまざまなプロジェクトが生まれているという。例えば、プレゼンで東日本大震災の被災地における医療支援を訴えた生徒に対して賛同者が続々と手を挙げたりする。一方では飲み会の誘いや個人の活動の宣伝などもSNS内のアカデミア専用グループの中で頻繁に行われる。まさに何でもアリの状態だ。

「始めた頃はもっと雰囲気がギスギスするかもしれないと思いましたが、社外の人間も含めたものすごい数のコミュニティーができて、今やオフサイトミーティングだらけ(笑)。毎週誰かが何らかのイベントを行っていて、自発的に盛り上がっています」

 と、青野氏は言う。

 単なる社内選抜式の幹部育成塾でもなく、異業種交流会でもない。1つの目的に向けて志願者が集まって自由に盛り上がり、さまざまな試みを提案する。何とも不思議な集団が結果として出来上がった。同じような組織は恐らく他の企業には見当たらない。

 青野氏は「〝サバイバル動物園〟か〝幕末の志士集団〟に近い」と話すが、悲壮感のようなものは感じられない。ひょっとしたら、ビジネスを展開する上で新たな組織の形を生み出すかもしれないという期待感も抱かせる。いずれは、アカデミア発の新規事業が誕生する日がくるかもしれない。

 今後の課題について青野氏はこう語る。

「現在のアカデミアの運営そのものは非常に面白くて良い場だと思っていますが、リアルに後継者をつくっていくための課題を設けていきたいと思います。例えば、将来的にはグループ内の主要な会社の役員の1人は、アカデミア出身枠にするといったことを本気で実行できるようになればと考えています。候補者が本当に経営を背負う場面をどう設定していくかが、これからは重要になっていくでしょう」。

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