文化・ライフ

批判を浴びた『はたらきママとほいくえんちゃん』の内容は?

 

 今秋、絵本作家・のぶみの新しい絵本『はたらきママとほいくえんちゃん』(WAVE出版)が、発売前から批判を浴びた。今年2月、母親のワンオペ育児と修行僧のごとき自己犠牲を賛美する「あたしおかあさんだから」の歌詞を書いて「炎上」したのは記憶に新しい作家である。

 絵本の内容は、ファミリーレストランで働く「はたらきママ」に、娘「ほいくえんちゃん」の通う保育園から突如、娘さんが熱を出したとお迎え要請の電話がかかってくるというもの。

 「はたらきママ」は葛藤する。「こどもとしごとどっちとる? そりゃこどもにきまってんでしょ」。「でもいまおきゃくさんいっぱいだからぬけられないし……」と、悩む。

 連絡から2時間半後、店の混雑状況がようやく一段落し、「はたらきママ」は同僚に謝って早退すると、大慌てで保育園に向かい、「ほいくえんちゃん」に遅くなってごめんと謝る。

 「さいていだよね。もうおしごとなんかやめてほいくえんちゃんとずっとずーっといっしょにいようかな」と、泣きながら……。

 「ほいくえんちゃん」は、「ママ、おしごとやめちゃダメよ」と母親を励まし、働くママが好きだと言う。こうして「はたらきママ」は、仕事も育児も頑張ろうと思い直すのであった。めでたしめでたし……。

 

育児における「母親の役目」という固定観念

 

 疑問は次の2点に集約される。

 まず第1に、「なぜ母親がお迎えに行く以外の選択肢がないのだろうか?」ということ。

 母親が仕事で手一杯なら父親やその他の家族、近隣の知人友人、その他病児保育サービス等に頼めないのだろうか、と。

 結論からいえば、そのような子育て資源は、今の日本の女性には乏しい。いざというときに子どもを頼む相手は、「実母」7割、「義母」4割、「保育所等」2割という統計もある。残念ながら「父親」という回答は……見られなかった。

 恐らく「はたらきママ」は、育児中心に柔軟な働き方を選択するため、自宅近くの比較的責任の軽い仕事を選択しているのだろう。人々の1日の移動量「パーソントリップ:Person Trip(PT)」で見ても、首都圏均衡に住む女性(30~50代の子育て世代)が通勤に使うPTは、平均して概ね男性の半分。多くの女性が、すぐに子どもの保育園や学校に駆けつけられる距離の場所で、仕事を見つけていることが示唆される。

 父親に頼むなんて、「はたらきママ」は思いもしないのである。

 

なぜか謝り続けなければならない日本の母親

 

 第2に、どうして「はたらきママ」は、こんなにあちこちに謝らなければならないのか、という点である。

 同僚に謝り、子どもに謝る「はたらきママ」だが、実は日本の母親は謝らねばならない場面が極めて多い。

 その一断面を見せたのは、2012年に話題となった「ベビーカー論争」であろう。バリアフリー新法施行を受け、首都圏の鉄道24社と東京都は、ベビーカー使用での乗車に理解を呼び掛けるポスターを、JR東日本や私鉄、地下鉄の駅に張り出した。

 ところが、これには批判が浴びせられた。その内容は、「ベビーカーが通路をふさぐ」「足をぶつけられた」等々で、中には「ポスターがあるからベビーカー利用者が厚かましくなる」といったものまであったという。

 背景にあるのは、ベビーカー利用者(主として母親)は、「弱者と思われていない弱者」であるという認識である。障害者や高齢者と違い、出産は自己責任。それゆえ、他人様に迷惑をかけるべきではない……という目線がそこにある。

 実際、論争当時「済まなそうにしている母親なら許せるが、堂々とベビーカーを押して電車に乗ってくる母親は腹が立つ」といった意見もよく耳にした。そういえば、当時ドイツからの帰国子女の女性から、「日本ではなぜ子どもを連れていると、常に謝り続けなければならないのか。何も悪いことはしていないのに」との意見を聴いた。

 なるほどと思い、周囲の外国人や帰国子女のママ友たちに尋ねてみたが、みな「子連れだと、こんなに謝ることが求められるのは日本くらい」等の意見ばかりであった。

 

働く母親の心理的負担コスト

 

 バブル真っ盛りの1989年、三共製薬は栄養ドリンク・リゲインのヒットCM「24時間戦えますか」を打ち出したが、「超」のつく少子化の進む現在、日本の母親は「24時間謝れますか」なのである。

 読者諸氏には、どうかご想像いただきたい。電車の中で、ベビーカーを押し、一見「堂々と」して見える母親も、もしかしたらへとへとゆえの仏頂面なのかもしれない。ぶつかっても即座に謝らなかったのは、子どものぐずりに全神経を集中していただけかもしれないのだ。

 かくいう私も、子連れ移動のときには神経を子どもに集中するあまり、抱っこ紐でお腹にくくって帰宅したら、膝をべろっとすりむいてタイツが血染めになっていたのに、子どもを下ろすまで気づかなかったこともある。

 冒頭の「はたらきママ」は、子どもに謝り、許しをもらい、ようやく仕事を続ける決心をする。

 だが、これが父親ならどうだろうか。子どもにお迎えが遅いことを責められたら、仕事を辞めることを考える父親は、果たしているだろうか。

 「もうパパはおしごとなんかやめて、ほいくえんちゃんとずーっといっしょにいようかな」という風に。

 そう。この構図。父親の場合はそもそもお迎えの責任を免責されており、仮にお迎えに来たにしても、ほぼ葛藤は起き得ないのである。そして、その葛藤や、周囲への謝罪の心理的負担のコストは、あまりにも母親に偏重しているのが実情だ。

 女性にしろ男性にしろ、果たしてこんな心情で働いていて、最高のパフォーマンスを発揮することはできるだろうか。子育て世代の女性従業員を抱える管理職者や経営者諸氏には、どうぞご賢察いただきたい。

 

水無田気流(みなした・きりう)1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『「居場所」のない男、「時間」がない女』(日本経済新聞出版社)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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