政治・経済

バブル経済崩壊後、日本の金融業界は一気に冬の時代に突入したが、その引き金を引いたのがイトマン事件だった。収益日本一銀行が闇勢力に食い荒らされたこの事件以降、金融機関の不祥事が続々と表面化、その混乱が金融業界の再編につながった。文=ジャーナリスト/松崎隆司

 

戦後最大の経済事件、イトマン事件とは

 

イトマンの歴史と住友銀行による経営再建

 戦後最大の経済事件である「イトマン事件」。これは単なる経済事件の枠を超え、日本経済崩壊の象徴的な事件であった。

 事件が表面化したのは1990年5月の日経新聞の報道で、イトマンが不動産投資などで1兆2千億円にも及ぶ借入金があったことが明らかになったことからだった。その後裏社会などとの関連が次々に表面化、一大経済事件へと発展していった。

 イトマンは1883年に大阪・心斎橋にあった羽州屋(うしゅうや)高田久右衛門から伊藤萬助がのれん分けされた舶来品を扱う繊維問屋「羽州屋」がその前身。その後創業者にちなみ「伊藤萬商店」「伊藤萬」(91年からは「イトマン」)に社名が改められた。

 1919年には2代目伊藤萬助が社長に就任、弟、伊藤萬治郎とともに大正、昭和にかけて「天下のイトマン」と呼ばれる、一大繊維商店に発展する。

 戦後は2代目伊藤萬助の娘婿、伊藤寛が関西経済同友会の代表幹事に就任、関西経済界の重鎮となり、関西では押しも押されもしない名門商社となっていった。

 しかし繊維産業はいつしか構造不況業種となり、イトマンもまた73年のオイルショックで倒産寸前にまで追い込まれた。

 こうした事態の中でメーンバンクの住友銀行(現三井住友銀行)が経営再建のために社長として送り込んだのが常務の河村良彦だった。

 河村は住友銀行の中では商業高卒で入行したノンキャリア組だったが、卓越した営業手腕で異例の大出世をしたたたき上げ組。繊維商社から総合商社へと転身に成功した伊藤忠商事や丸紅の担当を長い間務めてきた実績を評価され、派遣された。

 河村は従来の繊維商社から総合商社にむけて改革を進め、わずか2年で累損を一掃し経営を再建した。

「向こう傷は問わない」住友銀行の天皇が落ちた穴

 しかしそんな河村は闇社会へのビジネスへといつしか邁進する。一族の内紛で株が流出していた平和相互銀行の株買い占めに動き出していた大物フィクサー川崎定徳社長の佐藤茂に子会社のイトマンファイナンス経由で買収資金を融資。その後平和相互銀行は住友銀行に合併された。

 この合併を強く推し進めていたのが「住友銀行の天皇」磯田一郎だ。磯田は京都帝国大学法学部を卒業後に住友銀行に入行し、60年取締役、71年副頭取、77年頭取、83年会長と一気にトップに上り詰めた。

 副頭取時代には頭取の伊部恭之助とともに経営危機に陥った安宅産業を伊藤忠商事に救済合併させたほか、マツダ、アサヒビールなどの再建を手掛けた。河村をイトマンの社長に抜擢したのも磯田といわれている。

 それまで「晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」といわれるぐらい保守的な銀行業界の中で磯田は「向こう傷は問わない」という積極的な融資姿勢で頭取就任からわずか4年、都銀収益トップの銀行へと育て上げ、会長時代には平和相互銀行の不良債権を償却して再び収益トップに返り咲いた。

 そんな磯田は82年に米金融専門誌の「バンカー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、84年には勲一等瑞宝章を受け、文字通り日本を代表するバンカーとしての地位を手に入れた。

 しかし積極的な経営姿勢が当時のバブルの風潮の中で闇社会との関係を深め、イトマンなどへの乱脈融資につながってしまったことは否定できない。

 一方で協和綜合開発研究所社長の伊藤寿永光が「雅叙園観光」の仕手戦で大物仕手筋「コスモポリタン」などに200億円もの資金を貸し付け、これが焦げ付き、磯田や河村に接近、常務としてイトマンに潜り込んだ。そしてイトマンは地上げやゴルフ場開発など不動産事業や美術品などの事業にのめり込み、借り入れは1兆2千億円まで膨らんでいった。

 さらに雅叙園観光の債権者の一人、許永中が伊藤との関係を深め、いつしか暴力団の米びつと化し、91年7月には大阪地方検察庁特捜部が社長の河村、伊藤、許など6人の被疑者を逮捕した。企業ブランドは完全に崩壊、住金物産(現日鉄住金物産)に合併する形で救済される。そして住友銀行では磯田が90年10月に引責辞任に追い込まれた。

 

イトマン事件はなぜ金融業界再編のきっかけになったのか

 

イトマン事件は金融業界の闇の一部に過ぎなかった

 住友銀行を巻き込んだイトマン事件、しかし裏社会との癒着や乱脈融資は日本の金融業界が抱える闇の氷山の一角でしかなかった。

 その後野村証券、日興証券、大和証券、山一証券の旧4大証券の大物総会屋に対する利益供与事件が表面化、さらに第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の総会屋に対する利益供与事件までも明らかになり、同行の頭取経験者ら11人が逮捕され、元頭取が自殺に追い込まれた。

 さらに一介の料亭の女将でありながら、数千億円もの株式投資をしてきた尾上縫の東洋信用金庫に対する架空証書を使った詐欺事件に日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の行員が関与していたことが発覚した。

 当時は大蔵省(現財務省と金融庁)は金融機関に対し「護送船団方式」とよばれる横並びの行政指導を行ってきた。

 いくら磯田が「向こう傷は問わない」といったところで、住友銀行だけがやりたい放題できるわけではない。他の銀行でも同じように不動産業界などに対する過剰融資が行われていた。それがバブル経済を生み出していた。

 日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の頭取、頴川史郎は「暴力団相手だろうが、無担保だろうが、貸して貸して貸しまくれ」と号令を掛け、不動産融資にのめりこんだという。

 興銀や日債銀など長期信用銀行は産業資金を融資するために誕生した銀行だ。その本分を忘れて不動産融資に邁進したところにバブルの恐ろしさがある。

都市銀行再編の引き金を引いたイトマン事件

 しかしそうした事態に危機感を感じた大蔵省は90年3月27日に、金融機関に対して不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑えるいわゆる「総量規制」を大蔵省銀行局長通達で行った。

 これは行き過ぎた不動産価格の高騰を沈静化させる目的の政策であったが、その結果金融機関から資金調達できない不動産会社やノンバンクは一気に資金繰りが悪化、証券会社にも飛び火し、金融業界全体が危機に追い込まれた。

 さらに97年のアジア通貨危機で巨額の不良債権を抱えた日本の金融機関は「ジャパンプレミアム」で外貨の調達が困難になり、三洋証券破綻を皮切りに山一証券が自主廃業、さらに北海道拓殖銀行が破綻した。

 これは大蔵省が絶対に銀行を倒産させないと主張してきた「護送船団方式」の終焉でもあった。

 そして99年以降、都市銀行は次々に再編、3つの金融グループに集約される。そのすべての引き金となったのがイトマン事件だった。以来30年にも及ぶデフレスパイラルの鎖は今でも続いている。(敬称略)

 

関連記事:平成の経済事件簿―ニュースで振り返る30年

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和銀行の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る