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米中経済戦争の象徴となった「ファーウェイ」の実像と創業者の人物像

昨年12月、ファーウェイ創業者の長女が逮捕された。アメリカによる中国叩きの象徴ともいえるが、見方を変えればそれだけファーウェイを恐れているということだ。起業から30年でスマホ関連のトップ企業となったファーウェイの実態はいかなるものなのか。その強さの源泉を探る。文=エコノミスト/田代秀敏

創業者の長女逮捕で始まった「ファーウェイの冬」

「『北国の春』を何百回も聴いてきたが、聴く度に目頭が熱くなる」

千昌夫の歌の題名を挙げて、こう述べたのは、ファーウェイ(華為技術)の創業者で総裁の任正非である。

「北国之春」と題して任正非が2002年に書いた文書によると、その年の桜が咲く頃に、任正非は10年ぶりに日本を訪れた。

小さな居酒屋で聴いた「北国の春」の(同行者が中国語に訳した)歌詞を引用して、こう述べている。

「私たち一人一人の成功は、自分を愛してくれた人たちの無私の貢献の賜物だ。私たちの活動や仕事や事業の原動力は、おふくろが送ってくれた小さな包み、兄貴も親父似で無口な二人、水車小屋、丸木橋、好きだとお互いに言い出せないまま別れたあの娘なのだ……『北国の春』は日本の人々の奮闘の縮図だ」

続けて任正非は、「失われた10年」を経た後も日本社会が10年前と同じく平和で清潔であることを賞賛して、次のように述べている。

「不平不満を言わず勤勉努力し、不断に奉仕する精神が日本の繁栄を創った。日本は現在困難に直面しているが、国民の忍耐、楽観、勤勉そして奮闘の精神も信念も仕事愛も変わらない。天は見捨てない。日本は寒い冬を乗り切れると信じる」

その上で任正非は、必ずやって来る冬の時代に内部改革を進めて力を蓄えれば、北国にも春がやって来るように、ファーウェイにも春は必ずやって来ると結んだ。

それから17年後の今、ファーウェイは冬の時代を迎えている。

任正非の長女でありファーウェイの最高財務責任者(CFO)である孟晩舟は、昨年12月1日にカナダで逮捕され、その後もカナダ国内に拘束されている。

逮捕を要請した米国政府は、昨年8月成立の国防権限法で、ファーウェイを含む中国のハイテク企業5社の製品・部品の政府調達を禁じ、20年8月には5社の製品・部品を使用する企業に米国政府との取引を禁止するとしている。

逮捕が報道された翌12月7日には、日本政府が官庁や自衛隊で使う情報通信機器の調達から中国のファーウェイそしてZTE(中興通訊)の製品を事実上排除する方針を固めたと報じられた。

その3日後には、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの国内3大キャリアが、ファーウェイそしてZTEの通信設備を排除する方針を固めたと報じられた。

他にもオーストラリアそしてニュージーランドが、自国の第5世代(5G)ネットワーク構築から、ファーウェイを公式に締め出している。

「危機管理の目標は危険をチャンスに変えて、会社が陥穽を越えて新しい成長段階に入るようにすることである」と、任正非の経営理念を条文化した『ファーウェイ基本法』の第98条に記されている。

ファーウェイは現在直面する危険をどのようにチャンスに変えるのだろうか?

ファーウェイ設立の経緯と現状

わずかな資本金と売上からスタート

ファーウェイは、日本でバブル景気が始まった1987年の9月に、香港に隣接する中国広東省深圳市で、任正非を中心とする6人が資本金2万1千元(約33万円)を共同出資し、従業員14人の「民間科学技術企業」として深圳市工商局に登録し、翌88年から営業を開始した。

任正非によれば「数万元(約160万円以下)の売り上げでスタートした」が、営業開始から30年後の2018年に、売上高は前年比21%増の1085億米ドル(約12兆円)となる見込みである。

従業員は17年に世界全体で18万人を超え、そのうち8万人が研究開発(R&D)に従事している。従業員の出身国は160カ国以上に及んでおり、約70%は現地採用である。

創業当初は脂肪低減薬や墓石など雑多な商品を販売していたが、88年に香港の電話交換機メーカーの代理店となり、輸入した構内用交換機を農村部で販売するようになった。翌年から構内用交換機を製造するようになり、93年に電話局用デジタル交換機の自主開発に成功した。

それ以来、売上高の10%以上を研究開発費に支出することを社是としている。

スマホに関するすべてを自社で開発・製造するファーウェイ

ファーウェイは現在、携帯通信インフラ(基地局)、スマートフォン(スマホ)、スマホ心臓部部品をそれぞれ自主開発し製造している。

携帯通信インフラの世界シェアは17年に27.9%で、26.6%のエリクソン(スウェーデン)、23.3%のノキア(フィンランド)、13.0%のZTE、3.2%のサムスン(韓国)、1.4%のNEC、0.9%の富士通を抑え世界トップである。現在、世界170カ国で事業を運営し、世界人口の3分の1(約24億人)の通信環境に関係している。

移動通信システムへの移行でもファーウェイは世界の最先端を進んでおり、世界各地の大手通信事業者と25件の5G商用契約を締結し、既に1万以上の5G対応基地局を世界各地に出荷している。

5G通信インフラ構築へのファーウェイの参入が確認されている国々にはロシア、米国の隣国メキシコ、米国の同盟国である韓国とイギリス、中東の覇権を巡って対立するトルコとサウジラビアの両国なども含まれる。

また、ファーウェイ参入の覚書を交わしたパキスタンと常に緊張状態にあるインドは、5G運用試験にファーウェイを参入させている。

ファーウェイの18年のスマホ出荷台数は、12月25日に2億台(前年比30.7%増)を超え、サムスン、アップルに次ぐ世界3位である。18年7〜9月期の世界シェアは14.6%で、アップルを抜き世界2位であった。ファーウェイの消費者部門責任者は18年8月に、19年内にスマホ市場で20%超の世界シェアを握りトップに立ちたいと述べている。

ファーウェイの完全子会社であるハイシリコン(海思半導体)は、ファーウェイ製スマホの「頭脳」を開発製造している。

スマホの「頭脳」は、プログラムされた計算を実行するプロセッサーを中核として無線通信用トランシーバーや電源管理などの集積回路(IC)を組み合わせた「チップセット」と呼ばれる部品である。

中国にはファーウェイの他にOPPO、Vivo、シャオミ(小米)など有力なスマホ・メーカーがあり激烈に競争しているが、大多数は、クアルコム(米国)やメディアテック(台湾)など有力な半導体メーカーからチップセットを購入して搭載している。それに対しファーウェイは、傘下のハイシリコンが開発製造したチップセットを搭載している。

ハイシリコンはスマホ用プロセッサーを初めて製造した3年後の12年に、クアルコム製を大きく凌駕する性能のプロセッサーを製造し、世界中の業界関係者を震撼させた。17年には、世界初の人工知能(AI)対応プロセッサーを製造している。

ハイシリコンは開発製造したチップセットを外販せず、親会社のファーウェイだけに供給している。

「これほど高性能のチップを、中国の他のスマホ・メーカーに供給し始めたら、クアルコムもメディアテックもあっという間に市場を失ってしまう可能性があります」

こう述べているのは、スマホなどのハイテク製品を分解・解析してシステム改善やコスト改善などを提案するテカナリエ社の清水洋治・代表取締役CEOである。

清水氏は、ハイシリコン製チップセットを、こう評価する。

「韓国メーカーにも台湾メーカーにも、全く引けを取りません。日本メーカーには全く引けを取らないどころか、日本メーカーからこの種のチップは出ていませんから、比較さえできない状況です」

創業者、任正非の人物像とファーウェイの経営状況

人民解放軍をリストラされて起業した任正非

これほどの超優良企業をゼロから30年で創り上げた任正非は、1944年10月25日、深圳から900キロメートル以上離れた貴州省安順区鎮寧ブイ族ミャオ族自治州で、漢民族の7人兄弟の長男として生まれた。

任正非が書いた「我的父親母親」と題する文書によると、農村の教師であった両親は薄給で極貧の暮らしだったが、任正非は勉学に励み、63年に重慶建築工程学院に進学した。

しかし、文化大革命が起き、国民党軍の工場で会計員として働いた経歴がある父親は、暴力的な吊るし上げの標的となった。

慌てて帰省した任正非を、父親は、「知識こそ力だ。人が勉強しなくてもお前は勉強を続けろ。時代に流されるな」と言って追い返した。

67年に卒業すると人民解放軍のインフラ建設部隊に配属された。大卒なので軍関連施設建設のリーダーとなったが、父親の経歴が災いし叙勲されることはなかった。

76年に毛沢東が死去して文化大革命が終わると、任正非は名誉を回復し、78年に北京で開催された全国科学大会に招かれ叙勲した。そのとき、任正非が中国共産党の党員ではないことに、周囲は驚いたという。

ようやく入党できた任正非は82年の党大会に招かれたが、84年に軍の人員削減で退役させられ、深圳の大型国営企業の子会社副社長に就いた。だが詐欺に遭い、百数万元の会社財産を騙し取られた。解雇されただけでなく、党内でも処分を受けた。

その後、「仕事がうまくゆかず、生き延びるためにファーウェイを創業した」と任正非は述べている。こうした経歴がファーウェイの経営に影響していることは想像に難くない。

事実、94年に北京で開催された中国国際情報通信展覧会に初参加した際、任正非は展示ブースに、

「この世に救世主なんていない。神様も仏様も頼りにしない。新たな生活の創造は、すべて自分次第なのだ」という標語を掲げた。

この言葉の通り、他の成功した民営企業創業者たちと違って、任正非は党や政府の役職に就かず、優れた人材を集めて技術を自主開発し、優れた製品で市場を獲得し、売上高の最低10%を研究開発に投じて次の自主技術を作り出すサイクルによってファーウェイの成長を加速することに専念した。その結果、ファーウェイの国際特許出願数は17年に7万4307件に達し世界トップである。

高給による一流人材獲得と能力主義

『ファーウェイ基本法』第69条で、「従業員の平均年収が、地域の業界の最高水準より高くなることを保証する」としている通り、高給で一流の人材を引き付けている。

例えば、05年に設立され11年に経団連へ加盟、従業員950人の75%を日本で現地採用しているファーウェイ日本現地法人は、17年から日本で新卒採用を募集しており、大卒初任給として富士通やソニーなどの約2倍の月給40.1万円を提示している。

高給は資金調達の手段でもある。

ファーウェイは終身雇用と年功序列とを拒絶し、基本給は能力主義的職能給制度で調整し、中堅以上の従業員には配当を受けられるが転売できないファントム・ストック(仮想株)を、各人の成果に応じて配分している。

こうして、増資した分の仮想株を従業員に購入させているのだが、配当率が「株価」の70〜90%なので配当が基本給を超える従業員もいる。

ファーウェイは株式を上場していないので、「株価」は業績に応じて会社が決める。17年末で8万818人の従業員が仮想株を保有している。

本当の株式は、任正非が約1.4%を所有し、残り約98.6%をファーウェイ・ホールディング株式会社組合が所有する。その組合の株主は非公開であり、任正非一族が圧倒的な株主かどうかを確かめる術はない。

こうしたファーウェイの組織は事業拡大の下では成長を加速するが、事業停滞の下では縮小を加速するだろう。『ファーウェイ基本法』第70条は自動的減給制度で人材の過度の整理・流出を避けるとするが、実際には難しいだろう。

ファーウェイ排除で打撃を受ける日本メーカー

ファーウェイ製品には情報漏洩が仕組まれていると米国で主張されてきたが、証拠が示されたことは一度もない。清水洋治・テカナリエCEOは、ファーウェイの最新スマホを分解し、「すべての半導体チップが存在する領域を細かく、1個1個チェックを行ったが『余計なもの』は全く存在しなかった」と述べている。

また清水氏は「半分は日欧米のチップだ」と指摘している。

実際、ファーウェイは17年に80社以上の日本企業から約4916億円分の部品・材料を調達した。その額は18年には6700億円(前年比36%増)と、日本の最大の輸出相手国である中国への輸出額の約4%に達する見込みである。

ファーウェイを日本から完全に排除したら、この分の需要を日本企業は一気に失う。村田製作所、パナソニック、京セラなどファーウェイと取引する企業が集まる関西の経済には特に深刻な打撃となるだろう。

1998年に公表された『ファーウェイ基本法』は、第22条で「日本製品の低コスト、ドイツ製品の安定性、米国製品の先進性」をキャッチ・アップの基準とした。

21年後の今、むしろ日本はファーウェイ製品の低コスト・安定性・先進性を戦略的に利用して携帯通信インフラの5Gへの移行を一気に進めることで、真のデフレ脱却の道筋をつけるべきなのかもしれない。(敬称略)

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