マネジメント

現代の「経営の神様」と言えば、京セラ創業者の稲盛和夫氏。その経営哲学を学ぶ「盛和塾」は全世界に1万3千人の会員を誇る。この盛和塾が2019年をもって解散する。塾生はみな、稲盛氏に心酔しているだけに、解散のショックは大きかった。どんな思いで塾長メッセージを聞いたのか。文=関 慎夫

 

盛和塾解散にショックを受ける塾生たち

 

 「ショックですね。例会に行って講話を聞くと、そのたびに心が洗われたような気分になる。今後、本人に触れる機会がないと思うと残念で、内心おだやかではない」

 2018年12月5日。この日は盛和塾の東日本塾長例会が予定されていた。しかし塾長が出席できなくなったため、東日本合同勉強会へと変更された。この席で塾長のメッセージが流され、19年末をもって盛和塾を解散することが発表された。

 冒頭の発言は、盛和塾塾生であり、「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」などを展開する俺の株式会社の坂本孝社長が、解散を知った時の感想だ。

 塾生の多くは、坂本氏同様、解散の知らせにショックを受けた。奈良県大和高田市にある薬品メーカー、大峰堂薬品工業の辻将央社長もその一人で、

 「解散を知った時は心が空虚になって涙が出てしかたがなかった」

 それほどまでに、盛和塾での活動を励みとし、塾長の教えに心酔していた。

稲盛和夫・盛和塾塾長

盛和塾の解散を発表した稲盛和夫氏

 

盛和塾で学ぶ稲盛哲学とは何か

 

盛和塾設立の経緯とその活動

 塾生が語る「塾長」とは、京セラ創業者の稲盛和夫氏。

 稲盛氏は京セラを一代で世界的企業に育て上げただけでなく、第二電電(現KDDI)を設立、通信自由化の旗手として電電公社(現NTT)の独占状態に風穴を開けた。

 さらには2010年1月に8千億円以上の債務超過に陥り経営破綻した日本航空に会長として乗り込み、わずか1年2カ月で再建計画を終了させ、さらには12年9月に再上場させたその手腕は記憶に新しい。

 稲盛氏が塾生たちに慕われているのは、経営手腕だけではない。「動機善なりや 私心なかりしか」に代表される、経営および自分自身に対する厳しい姿勢が、多くの人々を魅了してきた。

 この稲盛氏の教えを学ぶためにできたのが盛和塾だ。誕生は1983年。京都の青年会議所のメンバーが中心になり、京セラを世界的企業に育て上げた稲盛氏から生きた経営学、経営哲学を学ぶために結成した「盛友塾」がその源流だ。

 その後、大阪の経営者から、自分たちも稲盛哲学を学びたいとの声が出て、大阪でも開塾、これを機に盛和塾へと名前を変えたのが89年。翌90年には全国展開を始め、93年にはブラジルに開塾し、海外での活動も始まった。今では全世界で100塾(支部)、塾生は1万3800人に達している(18年10月現在)。

 その運営は、基本的には支部ごとに任されており、各地で塾長の講演ビデオや著書から学ぶ勉強会が開かれる。

 また会計講座など実務に関する集まりもある。そうした支部の活動とは別に、稲盛塾長が参加する塾長例会が年間5回ほど、東京と大阪を中心に開かれる。

 この例会に出席し、塾長の講和を聞くのが何よりも楽しみという塾生は多い。塾生は各支部に所属しているが、塾長例会にはどこで開催されていても出席することができる。10年ほど前には塾長例会は年に20回ほど開かれており、すべての塾長例会に出席する「追っかけ」も百人単位でいたという。

稲盛氏に真剣に叱られる「贅沢な時間」

 当時の塾長例会は、基調講演の後に2時間ほど塾長を囲む時間があった。そこで挨拶や相談することで、塾長と直接言葉を交わすことができる。

 まだ稲盛氏が若い時は、コンパという食事会があったほか、2泊3日の講演旅行もあり、これに同行するとさらに稲盛塾長と接することができた。

 「こうした場で塾長は、企業規模に関係なく真剣に話を聞き全力で答えてくれる」と、ある塾生は言う。それだけで中小企業の経営者は、大いに勇気づけられる。

 また塾長例会では塾生により体験発表を行うこともあるが、時には塾長から徹底的に怒られることもあった。中には「破門やー!」と言われた塾生もいるという。そしてこうした体験を、塾生は皆、うれしそうに振り返る。

 マッサージチェアのトップメーカー、ファミリーイナダの稲田二千武社長も「若い頃には怒られたこともある」という。

 稲田氏は、盛友塾時代に入塾し、大阪から全国展開することを働きかけた人物で、現在は盛和塾理事を務めている。

 稲田氏が怒られたのは、計画の甘さだった。稲田氏が見落としていることを稲盛氏はずばりと指摘した。

 「塾長は常に見えているとおっしゃっていました。ある時『なぜ見えるのでしょうか』とお聞きすると、『本能で考えていては目の前に雲が広がってしまう。それは業です。でも真の心で見ると、利己がなくなり利他となり、見えてくる』とおっしゃっていました」

 稲盛氏は松下幸之助に続く「経営の神様」。その神様が、真剣に怒ってくれる。塾生にしてみれば極めて贅沢な時間だった。

 

最大の名誉「稲盛経営者賞」を受賞した塾生たちの声

 

倒産の危機を乗り越えた辻将央・大峰堂薬品工業社長

 盛和塾にとっての最大のイベントが、毎年開かれる世界大会だ。世界中の塾生が集まるが、ここでは企業規模別に利益率などが最も伸びた会社に稲盛経営者賞が贈られる。この賞を受賞することは塾生にとって最大の名誉だ。

 前出の辻・大峰堂薬品工業社長は08年に受賞した。入塾してからわずか4年後のことだった。

 当時、辻氏は追い込まれていた。同社の主力事業は薬品のOEMだったが、売り上げの80%を占めていた取引先が倒産し連鎖倒産の可能性もあった。そんな時に紹介されたのが盛和塾だった。

 「稲盛塾長のことは名前くらいしか知りませんでしたが、他の異業種交流会とは会場の空気感が違いました。そして塾長の話を聞くと、涙がボロボロ流れてくる。それまで周囲の環境が悪いと思っていたものがそうでなく、すべて自分の心が招いたことだと分かりました。同時に社員を守ることが自分の使命であることに気づいたのです」

 この時から辻氏は営業、開発、管理の各部長を兼任し全力で働いた。するとその姿を見て社員もひとつになり、1年後には黒字転換を果たし、さらには稲盛経営者賞につながった。

「自己資本比率」と「経常利益率」の大切さを学んだ松下剛・MTG社長

 昨年、上場を果たしたMTGの松下剛社長は、昨年の世界大会で稲盛経営者賞を受賞した。

 松下氏が入塾したのは02年で、「盛和塾では、“強い会社をつくる”ために『自己資本比率』と『経常利益率』の2点の大切さを徹底的に教えていただいた」という。

 そしてこの教えが生きたのは、入塾から6年後のことだった。08年、MTG製商品に不具合が発覚、同社はリコールを申請した。MTGにとって最大の危機ともいえる時期だったが、「盛和塾の教えを守り内部留保を蓄えていたので乗り切ることができました」と松下氏は振り返る。

 続いてリーマンショックにも見舞われたが、「不況に対する心得を伝授いただき、需給のバランスの変化をつき、『全員営業』で当時過去最高の売り上げと経常利益を達成。この年をきっかけにMTGの急成長は始まり、今日に至ります」(松下氏)。

 その結果が昨年の稲盛経営者賞の受賞だった。「入塾当初、『経営』の意味さえ分かっていなかった私が今の私を知ったらひどく驚くことでしょう」と喜びを噛みしめる松下氏が、稲盛氏から一番学んだことは

 「『完全主義を貫く』『本質を追求する姿勢』『徹底的なこだわり』など、超がつく一流と言われるような人には共通点があり、これらは塾長にも通じることと感じています。ご一緒させていただくたび、自身をさらに高めていこうと奮起し、鍛錬され、今日の私があります」と言う。

「人を大切にする経営を心掛けてきた」郭文英・技研新陽社長

 世界大会では、体験発表会も開かれ、その中の最も優れていた1人が最優秀賞に選ばれる。昨年、その栄誉に浴したのは、深圳盛和塾の郭文英氏。中国の電子部品メーカー、技研新陽有限公司の董事総経理(社長)だ。2015年の上海報告会での稲盛塾長の講演を聞き、入塾を決意した。

 「ものすごく尊敬の気持ちが湧いてきました。同時にもっと近づきたいとも」

 夢が叶ったのは1年後だった。

 「16年4月の塾長例会に参加した時、1時間、塾長とお話しすることができました。自分の会社の紹介をしたところ、塾長は『モノづくりの仕事は大変ですね』とおっしゃり、自分の体験談を語ってくださりました。本当に幸せな1時間でした」

 郭氏にとって盛和塾は、これまで自らが実践してきたことを確認する場だった。「1994年に会社を立ち上げて以来、私は人を大切にする経営を心掛けてきました。盛和塾に入って、その考えが正しかったことが分かりました」

 その経営が評価されて、入塾わずか3年で最優秀賞を受賞した。

 「信じられませんでした。同時に苦労して私を支えてくれた社員への感謝の気持ちでいっぱいになりました」

 

稲盛哲学の実践を誓う塾生たち

 

 稲盛氏に心酔する郭氏だけに、盛和塾解散の知らせを聞いた時はショックだった。

 「12月5日の夜8時頃、台湾のソウルメイト(盛和塾塾員のこと)から聞きました。信じられなかったし悲しかった。涙も流れました。でも、勇気をもって決断された塾長のほうがもっと辛かったはずです」

 盛和塾が解散するのは、稲盛氏が86歳となり、体力的に塾長を務めるのが厳しくなってきたためだ。

 例会に出席できないことも多くなり、昨年の世界大会も欠席した。2代目塾長を指名し、続けることもできそうなものだが、稲盛氏はそうは考えなかった。その理由について稲盛氏は塾生に向けたメッセージで次のように語っている。

 「当初から、盛和塾は私一代限りにしようと言っておりましたが、何度も何度も考えた結果、この盛和塾は一代限りで終わらせるのが一番良いと判断いたしました。(中略)組織を残すことになれば、いつかはこの組織を悪用したり、またこの組織の名前を汚したりする人間が出てくる可能性が考えられるということです。私の代わりに、誰かが『フィロソフィ』を解説しても、もうそれは稲盛哲学ではありません。語る人の考えが投影されてしまうからです」

 それでも大半の塾生は、今後もビデオや書籍を通じての稲盛哲学を勉強し続けるという。

 前出の稲田・ファミリーイナダ社長は「これからいかにして成長していくか、それが塾長への恩返しです」と言う。松下・MTG社長は「教えていただいたことをこれからも信念を持って実践していきたい」。

 稲盛哲学は塾生たちの心に生き続ける。

 

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