経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「信用スコア」は人々の価値観と世界を変えるのか

今、われわれに迫りつつある社会は、1949年にジョージ・オーウェルが小説『1984』で描いたような監視社会=ディストピアなのだろうか。テクノロジーの進歩が従来の価値観を揺さぶる。問われているのは、個人にまつわる情報の扱い方だ。「ビッグブラザーはあなたを見ている」。文=和田一樹

立ち上がる信用スコアサービス

「PayPay」のもう1つの狙いは信用スコアのノウハウ獲得

「100億円あげちゃう」――それはちょっとしたお祭りだった。

2018年12月、決済サービス「PayPay」の100億円還元キャンペーンがわずか10日間ほどで終了した。キャンペーンの内容は、決済額の20%をPayPay残高に還元するというもの。

その他にも10〜40回に1回の確率で最大10万円以内に限り全額が還元されるという特典もあった。ここまで大掛かりなキャンペーンを行ったのは、スマホ決済サービスで他社からの出遅れを挽回しようという思惑があったのだろう。

決済サービス「PayPay」を提供する株式会社PayPayはヤフーとソフトバンクの合弁会社。18年9月には、中国アリババ・グループのAliPayと提携を発表した。

これもスマホ決済サービスの出遅れを挽回するための戦略である。Alipayとの提携により、「PayPay」加盟店で「Alipay」のQRコード決済が可能になった。

中国人観光客にとってAlipayで決済が行えるのは勝手がいい。一方、日本の店舗にとっても「日本在住者と訪日中国客の決済が1つのQRコードで済む」(ヤフー・川邊健太郎社長)などPayPayに加盟する恩恵がある。

数多くの店舗でPayPayが使用可能ということになれば、日本の消費者もPayPayを利用するようになる。

しかしこの提携には他にも狙いがあったと考えられる。「信用スコア」普及のためのノウハウ獲得だ。

「信用スコア」とは、簡単に言えば個人の信用を客観的に数値化したもの。米国や中国など、フィンテックがより社会へ浸透している国では、信用スコアを活用したサービスが既に広く普及しつつある。

PayPayを設立したヤフーとソフトバンクもそれぞれ信用スコアサービスへの取り組みを進めている。

将来の信用力で融資の条件も決まるように

ヤフーは18年10月10日、同社が所有するビッグデータをもとに独自のスコアを開発し、算出したスコアを利用した実証実験を開始すると発表した。実証実験では、関連企業に、ヤフーショッピングでの購買行動やヤフーオークションでのやりとり、さらには毎日の検索履歴も含んだビッグデータを提供するという。

一方のソフトバンクは既にサービスを開始している。みずほ銀行と共同出資して株式会社J.Scoreを設立。17年9月から信用スコアサービス「AIスコア」を開始した。

サービス開始のおよそ1年前、みずほ銀行と共同で行った記者会見の中で孫正義社長は、

「ソフトバンクは携帯端末販売に割賦販売を導入した『フィンテック(金融とITの融合)第1号の会社』。割賦販売導入時には500億〜600億円損したがそこから学んだことは大きい。フィンテックによって、日本でも低リスクの消費者金融が当然できるのではないか」と語っていた。

算出されたスコアをもとに融資条件を提示する「AIスコア・レンディング」という関連サービスも提供している。

従来の個人向け融資は、基本的に現在の収入をもとにして信用力を審査し、融資の条件を決めていた。「AIスコア・レンディング」では、将来の可能性などもスコア算出の参考にされる。そしてスコアが高い人はよりよい条件(融資額、金利)で、融資を受けられるという仕組みになっている。

さらにNTTドコモやメッセージアプリ大手のLINEも「信用スコア」サービスへ参入を表明している。

米国や中国に比べて出遅れは否めないが、日本でも信用スコアを活用したサービスが盛んになってきた。19年はキャッシュレス化の普及と同時に、信用スコアサービスの覇権争いが本格化するだろう。

信用スコア導入で人々の生活はどう変わるのか

一歩先を行くアリババの信用スコア「芝麻信用」

では信用スコアサービスが社会に浸透するとわれわれの暮らしはどう変わるのだろうか。

一歩先を行く中国の例を見てみる。信用スコアといえば、IT大手であるアリババ傘下のアント フィナンシャルが開発した「芝麻信用」が有名だ。アリババはB2B、B2Cサイトのどちらでも圧倒的な市場規模を誇り、さらに預金や融資など従来の銀行業に属するサービスも自前で賄う。

仮にとある自営業者がアリババに融資を申請したとする。その自営業者は日常的にアリババのB2Bサイトで仕入を行い、B2Cサイトで販売を行っていたとしよう。

するとアリババにはこの自営業者の経営状況が把握できてしまう。さらに融資を繰り返せば、今度は貸し付けに対する返済実績まで蓄積される。

こうしたデータの山を利用して融資判断を行うため、幅広い融資案件に対応することができ、与信リスクも低くなるという仕組みだ。

ECサイト上での購入代金や公共料金支払いの履歴、さらに学歴・職業・交友関係に至るまでひも付けて統合することで、その人物がどれくらい信用できるのか採点することができる。

「アリババにとって、何より大事なのがデータです。顧客の買い物傾向はもちろん、決算データや行動、思考、さまざまなデータを組み合わせることで、顧客が明日何をするのか、何を買うのかを予測して、それに合わせて在庫を管理する。水晶玉で未来を予測するようなことが現実となります。合コンでこのスコアが低い男性は相手にされない。このスコアが高い人は貸出金利も優遇されるし、さまざまなデポジットが免除されます。中国社会のデータ化はここまで進んでいます」

先日行われたイベントでアリババジャパンの香山誠社長はこう語った。

芝麻信用の場合は、スコアが良くなるとアリババグループや提携企業が提供するサービスを利用する際に特典が受けられる。

例えばホテル宿泊時のデポジット手続きが不要になり、優待料金でサービスが受けられ、賃貸サイトでの敷金やレンタカーサービスのデポジットなどが不要になる。他にも、スコアが高いほうが就職面接で有利になるなどのメリットも存在する。

個人情報は金銭と同じ価値がある?

ここまで、一企業であるアリババの「芝麻信用」を取り上げたが、中国政府自体も、巨大データベースによる「社会信用体系」づくりを進めている。

中国政府による取り組みはそもそも芝麻信用が普及した一因でもある。中国政府が芝麻信用の仕組みに相乗りしたのだ。高得点者には北京空港のセキュリティチェック専用レーン通行権やシンガポールやルクセンブルクのビザ支給など、魅力的な特典が用意された。

他にも中国政府は14年に「社会信用システム建設計画要綱(2014―2020)」を公表。先にあげた以外の事例では、18年3月に国家発展改革委員会が、「信用度」が低い市民は飛行機や鉄道のチケットが買えなくなるという通達を出した。

さらに18年11月には、北京市の約2200万人の市民に対し、複数の行政部門から集めたデータを用いて行動や評判に対する表彰や懲罰を行うシステムが運用を開始する、という報道がなされてもいる。

こうしたデータの活用は、自由と便利さの対立という観点で見ることもできる。便利さを獲得する代償として、企業や国家に個人の情報を提供するのだ。確かに信用スコアを利用した新たなサービスの可能性は大きいが、蓄積された情報から個人が評価されることを不気味だと感じる人も多いだろう。こうした個人情報の取り扱いを巡る動きは思わぬところにも現れている。

日本政府は18年12月、プラットフォーマーと呼ばれるIT大手企業の規制に関する基本原則を公表した。

ここで注目したいのは蓄積される個人情報を「金銭と同じ価値」があるとみなして独占禁止法の運用範囲に含めたことだ。

GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)と呼ばれる巨大IT企業などを中心に、個人が無料サービスと引き換えに購買履歴などあらゆるデータを渡すリスクが懸念されている。ITプラットフォーマーは収集した圧倒的なデータ量で市場を寡占化し、競争関係をゆがめる。独禁法上でもデータの取り扱いが争点になる可能性があるのだ。

個人情報の蓄積に独禁法を適用するには、現行法のままでは難しいとの指摘もあるが、政府は大量の個人情報を収集してサービス展開するプラットフォーマーの規制に向けて法整備を検討し、20年中にも導入を目指すとしている。

利便性と自由の間で人々の価値観が問われる

確かに個人情報の取り扱いは重要な問題だ。

しかし13年にエドワード・スノーデン氏が暴露したように、国家レベルで盗聴・監視活動が行われている。プライバシーを完全に守るのであれば、インターネットにも携帯電話にも触らず生活するというのだろうか。やましいことなどないのに、果たしてそんな不便を受け入れられるのだろうか。

信用スコアは今まで難しかった個人向け融資を可能にするなど、より便利な世界を実現するのは間違いない。利用者はただ便利なサービスを求めていくだけだ。

何らかの自由と引き換えに利便性を追求するというのは、安全とプライバシーをめぐる話と似ている。

例えば街中に設置された防犯カメラ。昨年、ハロウィンの渋谷で軽トラックがひっくり返された時、防犯カメラを活用した警察の捜査で犯人の逮捕にまで至っている。あるいは、ドライブレコーダーもそうだ。あおり運転の問題がここまで社会問題化したのは、その瞬間がはっきりと公開されるようになったことが大きい。

現在、都市部で何かしらのカメラに映らず移動することはもはや不可能な状況だ。「安心」を保証するためならば、監視システムの導入もいとわない。それは何より市民によって求められているのだ。

事情は世界でも変わらない。21世紀はテロとの戦いの歴史だ。ここでも監視カメラは治安維持のために欠かせないツールだ。

安心や便利さを追い求めると、自由はトレードオフになる。テクノロジーの進歩が徹底的な安全や利便性の追求を可能にしたからこそ実現した社会だ。

いくらプライバシーのない監視社会は嫌だと言ってみせても、極めて便利で、効率的で、安全な社会というものを見せつけられたとき、その魅力に抗うことはできるのだろうか。「そこ」は意外と住めば都かもしれない。

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