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「問題だらけの児童福祉を早急に何とかしなければならない」―塩崎恭久 衆議院議員

塩崎恭久 衆議院議員

昨秋の臨時国会で成立を見た入管法改正や水道法改正。新年の通常国会では、消費税対策を含む補正予算や本予算審議をはじめ、憲法改正や外交も議題になるだろう。改元もまもなくだ。そこへ統一地方選挙や参院選なども加わる。

このように重要な法案や政策課題が目白押しの中にあって実は見過ごされがちな緊急政治テーマがある。それは後を絶たない「児童虐待」と「児童福祉のあり方」だ。

虐待は後を絶たず、声を出せない多くの子どもたちが命を落とし、行き場を失っている。この問題に果敢に取り組んで所管の厚生労働省と暗闘を繰り広げているのが元同省大臣で自民党の塩崎恭久衆議院議員だ。「子どもの人権という意識は日本は世界でもずっと遅れている」と法改正を目指す塩崎氏を直撃した。Photo=幸田 森

塩崎恭久氏プロフィール

塩崎恭久

(しおざき・やすひさ)1950年生まれ、愛媛県出身。75年東京大学教養学部教養学科アメリカ科卒業。82年ハーバード大学行政学大学院修了(行政学修士)後、日本銀行入行。93年旧愛媛1区から出馬し、衆議院議員初当選。厚生労働大臣、党政務調査会会長代理、内閣官房長官、外務副大臣、衆議院法務委員長、大蔵省政務次官など数々の役職を務め、現在は自民党「児童の養護と未来を考える議員連盟」会長、及び、超党派「児童虐待から子どもを守る議員の会」座長として、厚生労働大臣時代から深く関わってきた児童福祉問題に、今も精力的に取り組んでいる。

塩崎恭久氏のライフワークとなった児童福祉問題

塩崎氏が児童福祉問題に取り組むようになった経緯

―― 児童福祉問題に本格的に取り組むようになったきっかけは?

塩崎 私がまだ2回生のときに地元の愛媛県の児童養護施設関係者の方が、子どもの問題を勉強してほしいと言ってこられて、それ以来ずっと取り組んできたんです。

―― その頃から? もはやライフワークですね。

塩崎 野党時代も含めて議員連盟で活動し、会長を務め、今は超党派議連もつくって自民党以外の問題意識を持っている野党のみなさんも一緒にやっています。勉強会で当事者や有識者の話を聞きながらやってきましたが、今の虐待問題への対策など児童福祉には問題が多過ぎる。これを早急に何とかしなければならないということです。

―― 根本的な問題とは。

塩崎 児童福祉法は1947年に制定されたんですが、その中身は戦争孤児たちが道にあふれかえっているのを保護して育てていこうというのが発想でした。孤児たちを施設に集団で収容するといういわば施設主義ですね。

でも、親を戦争で亡くした子どもたちと、今虐待などで保護すべき子どもたちというのはまるで質も意味も違う。小規模な法改正はやってきているけど、基本的に「子どもの権利」とか「子どもの最善の利益の優先」とか、子どもはできる限り家庭で育つことが望ましいとか、そんな発想もなくきたわけです。そこで、厚生労働大臣だった2016年に児童福祉法を抜本的に改正しました。コペルニクス的転換です。

2016年の児童福祉法改正のポイント

―― そのときの改正のポイントは。

塩崎 日本の法律には「子どもの権利」というのがどこにも書かれていなかったのを初めて児童福祉法の条文に入れたんですね。

実は、国際的な「子どもの権利条約」というのがあって94年に日本は批准していますが、日本の法律にはどこにも子どもの権利がなかったといういびつなことをやってきた。条文にはこの「子どもの権利」以外にも「子どもの最善の利益を優先する」という原則も入れ、「家庭養育優先原則」という優先順位も明確に法律に書きました。

子どもに絶対必要なのは家庭という単位での愛情と環境。虐待されている子どもを救うためにはすぐに施設というのではなく、まずその家庭の問題を解決するように、カウンセリングの機会を提供したり、相談員などが家庭に入ったりして、できる限り支援する。それでも無理なら家庭と同様の養育環境を考える、

それは例えば里親や特別養子縁組などです。日本は里親などが海外に比べ圧倒的に少ない。保護が必要な子どもたちに対して、日本で里親に引き取られている子どもは18・3%。ほかの国は例えばオーストラリアは93%、韓国でも50%近くあります。

児童福祉の現状と問題点

児童福祉に関心が薄い日本社会

―― 日本は遅れていると。

塩崎 やはり日本の社会全体が、子どもに関心が薄いんです。そして、最後に施設ということになるんですが、これについても「できる限り良好な家庭的環境」といって、今までのような大舎(たいしゃ)と呼ばれるような50人とか100人とか入っている児童養護施設ではなく、小規模で地域に分散した施設でなければならないという考えを明記しました。

大舎は、例えばひと部屋で2段ベッドが3つあって6人部屋といったところがたくさんあるんです。それ以外に、最近増えているユニット型というのがあって、6〜8人がそれぞれ個室にはなってダイニングやリビングもある大きなおうちになっています。しかし、それぞれのユニットは廊下でつながっていて、結局、何十人もの子どもが同じ敷地の中で生活していることになります。

しかも、職員の配置基準は30年以上前からほとんど改善されなかったことから、集団生活している子どもに十分目が届いていないと言っても過言ではない。そのため、最近では、そういう場所で性暴力事件が度々起きていることが明らかになっています。

例えば三重県では2008〜16年の9年間に、児童福祉施設で何と111件もの性暴力事件が起きていました。ところが、国に報告する仕組みがなく、そのまま放置されていたことが分かりました。10代の子どもたちが同じところに集団で暮らすことで、こういうことが起きているという現実がある。

また、大舎やユニット型のように同じ敷地の施設で集団生活をしていますと、入所している子どもたちがそのまま小学校や中学校で集団をつくり、施設内での上下関係などを学校の中にも持ち込んでしまうこともあるんですね。

児童福祉の改革を後押しした「結愛ちゃん事件」

―― 児童福祉施設内の実態は確かに知られていない。

塩崎 最近、私が厚労省に言って、施設がどんな様式になっているか実態を調査させました。

法改正してできる限り良好な家庭的な環境に、小規模かつ地域分散型の施設にと書いたが実際施設はそれをどう実践しているか。すると相変わらず大舎になっているところが約60%、ユニット型が約20%、施設の敷地の中に一軒家を建てている別棟というのが7%で、合計約9割が小規模かつ地域分散型施設になっていなかった。

ユニット型が多いのは、地域分散型にするのは大変だからなんですが、大きい建物の中のユニット型というのは、結局大きい建物と同じだということです。確かに6人部屋や8人部屋みたいなものよりはましだけど、大舎と同じように、子ども間の支配被支配関係の現れである性暴力の発生につながっています。

 施設のこのような惨状をもたらした背景は、厚労省の子ども家庭福祉へのお金の掛け方があまりに少なかった。先進諸国の中でも最低ラインにあります。

―― 2016年の法改正のあと「ビジョン」を作った。

塩崎 「新しい社会的養育ビジョン」というガイドラインを作って、改善の数値目標や達成期限を明記しました。全国の自治体などに示すものを、まさに大臣を辞める前日にまとめ上げて厚労省を離れました。

「ビジョン」には、例えば3歳未満の子どもの里親委託率をおおむね5年以内に75%達成することや、施設自身については小規模でかつ分散型に変えていくこと。また、施設は長期入所が目的ではなく、家庭復帰や養親・里親が見つかるまでの一時期間の預かりや虐待問題への対応の専門性を持たせることなども書き込みました。

ところがその後、その数値目標がなかなか進まないだけでなく、厚労省からは、その「ビジョン」を否定するかのような話まで聞こえてきました。

―― 背景には何があるのか。

塩崎 そもそも厚労省の抵抗は法改正のときからありましたね。「子どもの権利」というのを入れると、例えば自民党の中にはイデオロギー的に子どもの権利よりも親権の方が重視されるから反対されると厚労省の官僚から言われましたが、実際には自民党内からそんな声は出なかった。

児童相談所については、今は都道府県と政令市にはあるけれど中核市にも置くようにしたいと言ったら、厚労省は「地方自治を侵します」と言うんですね。要するに国が押し付けるのはだめ、首長たちも嫌がると。施設側にも抵抗があった。

これまでずっと施設の中で集団で育ててきたのを、法改正と新しい「ビジョン」で特別養子縁組や里親に移行させて行こうと定めたので、子どもたちが施設に来なくなることを心配しているんです。経営という点から考えればそうなるんでしょう。利権というほどのものではないけれど、改革に対する抵抗のようなものがあります。

私としては、とにかくもう一度、せっかく緒に就いたこの改革を止めてはならないと、厚労省に対してモノを言い続け、「ビジョン」すら棚上げ状態にしようとするなら、いっそさらなる法改正も必要かと動き始めていた時に結愛(ゆあ)ちゃん事件(※2018年3月、東京都目黒区のアパートで父親から虐待を受けていた船戸結愛ちゃん〈5歳〉が死亡。結愛ちゃん一家は18年1月に香川県から東京都に移ってきたが、虐待は香川時代から続いていた。その後公開されたノートに綴られた結愛ちゃんの文字に多くの人が心を痛めた)が起きてしまいました。

結愛ちゃんの尊い命がこの問題を前へ進めてくれたんです。

塩崎恭久・衆議院議員

「結愛ちゃん事件」が児童福祉の改革を後押ししたと語る塩崎氏

「ビジョン」では解決しない児童福祉問題を法改正で変える

塩崎 この事件をきっかけに世論が虐待問題に関心を寄せるようになり、厚労省もそれに押される形で再び動き出しましたね。私も厚労省にさまざまな形でアプローチして、事件後の7月に、厚労省の子ども家庭局長名で全国の都道府県や政令市などに対して「ビジョン」通りに推進計画を策定するように通達を出させることができました。

いったん動きが止まっていた「ビジョン」に沿うものでしたし、その前月の6月に閣議決定した「骨太の方針2018」には、施設の職員配置基準を強化することも書き入れる内容になりました。

―― 腰が重かった厚労省や施設の事業者の姿勢は変わったのか。

塩崎 残念ながらまだまだこれからですね。16年の法改正や「ビジョン」では、5年の間にすべての中核市に児童相談所を置くために、支援するお金を政府が用意しています。

ところが52ある中核市のうちの2つしかやる気がない。あとは、作る方向で動いているところが2つありますが、残る48の中核市は動かない。施設の方も子どもが来なくなって経営が厳しくなると依然として心配しているようです。

しかし、施設がなくなるのではなくて、大人数が集団生活するこれまでの形から、高機能化、多機能化を図って高い専門性のもと、少数の子どもたちに濃厚なケアをするという役割に変わるということなんです。

里親や特別養子縁組などを進めるけれども、子どもたちを1回はアセスメントをするために施設に入れる必要は出てくる場合がある。一時保護所というのが児童相談所の中にあるが、そこも多くは相部屋なんです。そんなところにずっと置くわけにいかないでしょう。

施設に入れて何カ月か見て、それで里親を探してマッチングして旅立っていく。今のように長い場合は18年間もいるのではなく、サイクルが早く、そして切れ目がない預かり方になる。専門性の高い職員を置くなど、施設の質も変わっていく、ということです。

施設事業者にはぜひそこを考えていただきたいんですがこれまでのスタイルを変えるとなるとどうしても慎重になるようです。

―― 改革のヤマはまだまだこれからということか。

塩崎 19年の通常国会に向けて、厚労省のワーキンググループが、今後さらなる法改正なども含めて児童福祉・虐待対応の根本的な改革に乗り出すかどうか大詰めの段階です。

私は、「ビジョン」を示してもなかなか前へ進めない今の現状を考えると、やはり法律できちんと決めたほうがいいと思っています。

児福法改正案ですが、まず児童相談所をいまの都道府県と政令市だけでなく、全国の中核都市や特別区にまで必置すること。現に16年の法改正で、既に年限に幅を持たせて設置促進を規定していても、ほとんど進んでいないからです。だから法律で義務付ける。

そして、虐待事件の難しさを考えれば児童相談所に常勤の弁護士と医師を必ず置くこと。さらに、「子ども家庭福祉士」といった国家資格を作り、児童相談所や市町村、さらには施設職員の専門性を高める。国家資格の方は新たな法律が必要ですが、これらの必要な法改正の提案を通常国会で政府に必ずやらせたい。

もしやらないというなら私は議員立法でもやり遂げたいと思っています。

塩崎氏は、虐待の実態を見る限り、法改正のタイミングはもういまギリギリのところに来ていると考えている。厚労相時代にはこの他にも受動喫煙に取り組むなどしてきたが、改革となればそこにはまず霞が関の抵抗がある。さらに今回の児童福祉なら施設関係者、受動喫煙なら飲食業界といった具合にそれぞれの業界団体、そしてそれらと密接な関係を持つ仲間内の自民党をも敵に回すことになる。それでも塩崎氏の「改革の矜持」は消えることはなさそうだ。(鈴木哲夫)

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