政治・経済

ここ数年、世界で日本食ブームが起こっている。なかでも中国は何度目かの日本食ブームに沸いている。これまでに中国での日本食ブームは日中関係を反映して、人気が高まったり、陰りを見せたりを繰り返してきた。だが、今次のブームは日本料理“もどき”から本物嗜好へと質が深化し、広がり方も大都市から中都市へと伝播しており、過去のブームとは段違いな様相を見せている。文=ジャーナリスト・松山徳之

 

中国で日本食ブームが起きている背景とは?

 

「日本食の繊細さや気使いが理解されたから」は間違い

 一言で中国の日本食ブームを説明したら、「器を含めて、繊細な味と盛り付けや彩りに込められた気使いが理解されてきた」と、日本人が抱いている思いは勝手な自己満足にすぎないということだ。

 ハッキリしていることは、史上何度も飢饉地獄を経験してきた中国が、改革開放で飢えを乗り越えることができた。が、それ以降も毒食品の流通が国民を苦しめ、悲しい毒食品禍を繰り返したことだ。

 その悲惨な伝統を受け継ぐ中国の食文化に“革命”の引き金となっているのが今次の日本食ブームと言っていい。

 “食文化革命”については後述するとして、日本食ブームについてもう少し触れよう。

 過去数年間で日本料理店の数は上海、北京、深センのような国際都市をはじめとして、大連、青島、蘇州、杭州、武漢などの地方都市にかけて出店が進み、この4~5年の間に全体で約2倍の2万数千店を超えたと推定されている。

 それも、とんかつ、ウナギ、焼き鳥、寿司、お好み焼き、うどん……と料理店の種類は日本と同じほどに増え、しかも夜の居酒屋メニューだけでなく、昼間のランチに加えて、家庭でも日本料理に挑戦する人が増えていて、日本食材を揃えるスーパーも多くなっている。

 この様変わりした流れは、中国人の食生活に日本の料理メニューを増やしていくに違いない。

日本訪問客のSNSと「深夜食堂」でブームに

 日本食がこれほど中国人に浸透した理由は2つある。

 1つは、年間840万人にも及ぶ中国人観光客が中国のSNSに投稿する写真だ。訪れた観光地の様子や東京・築地や御徒町に見られるような狭く小さな店の様子や料理、立ち食いした卵焼き、メロンパン、串揚げの写真をアップして、「おいしい」「店員が親切」と感動の言葉を添えた投稿が日本を知らない中国の人々に伝播したからだ。

 日本でヒットした連続ドラマの「深夜食堂」「孤独のグルメ」「かもめ食堂」などが中国の若い世代に強い影響を与えたことも見逃せない。

 アットホームな雰囲気をかもす灯りの小さく、狭い店舗。使い込んだ鍋や食器。料理人が客とさりげない会話をしながら、目の前で作る料理……。

 いずれも中国ではあり得ない場面だ。

 中国のレストランは客から厨房の作業が見えないのが基本形だし、客と料理人が会話することは全くと言っていいほどない。

 また、ドラマに出てくるキッチンはピッカピカで高級別荘(一戸建)を想像させてしまうから、どれだけ美味しそうな料理が映されても生活感が伝わってこない。

 だから、中国ではあり得ないような小さくて、狭い居酒屋をドラマで見せられても、これまた中国ではあり得ない“お茶漬け”や料理とは言えない“空揚げ”や、“ポテトサラダ”のような簡単なメニューでも、中国の人々は生活感あふれていると感動し、日本食への好奇心を募らせるのだ。

日本食ブーム

食べることに熱心な中国人が日本食を選び始めた

 

中国と日本の食文化の違いとは?

 

料理の中身ではなく高価なほど優れた料理

 そんなふうにして日本料理に関心を持った中国人が日本観光に来て望むのが高価な日本料理である。

 中国人富裕層からガイドを頼まれることが多い中国人の高官を父に持つ姚安梅(仮名.32歳)さんは中国人の日本食への関心の強さをこう説明する。

 「大皿にたくさん盛られた熱々の料理に慣れた中国人は、日本料理は、味が淡泊で、しかも冷めていて、中身が少なく器の方が大きい“ケチ”な料理だと思っている人もいます」

 そこで姚さんは、「中国は毒殺を謀る戦乱の時代が長く続いたから、安全第一にみんなが同じ皿の料理を食べるために箸が長くなった。一方日本は、戦乱が少なかったから個々のお膳で小分けした料理のスタイルになった」と説明しながら日本料理店に案内すると言う。

 中国人観光客の多くが例外なく、和牛やとろ(鮪)の“旨さ”、“おいしさ”を伝え聞いていて、神戸牛や松阪牛、飛騨牛を食べたい、有名な寿司店で味わいたいとリクエストするという。

 こう聞くと、和牛や鮪の旨さが分かってもらえたとうれしくなってしまうが、日本人に理解できないのが料理の注文ぶりだ。

 日本の地方自治体から中国人誘致コーディネーター役を依頼され、中国人富裕層を何度も引率して日本の観光地を回ったことのある劉健平(37歳)さんはこんなことを教えてくれる。

 「“寿司”とか“すき焼き”とか、料理を選ぶことより先に、とにかく有名で格式のあるお店に行きたがります。そこで注文するのは料理内容より、一番高価なコースであることがほとんどです。お酒にしても銘柄を選ぶのでなく、値段の高い方を注文します」

 こう聞いたらほとんどの日本人が、「えっ最初に選ぶのは料理でしょ」と、怪訝な思いを抱くはずだ。そうでなくとも、「中国人って、味よりカネ持ちであることを自慢したいのだ。さもなければ面子を優先しているのだ」と勝手に納得するに違いない。

 だがしかし、実際はそうしたこととは違う。

 姚さんも劉さんも共通して、「中国人は値段が安いと使っている素材が安物と判断します。だから、料理は高価なものほど信頼するのです」という。

 この説明に、豊かな時代しか知らない多くの日本人は理解できないに違いない。だが、中国人のこうした言い分や振る舞いを聞くたびに、中国の生活が思い浮かび、素直に納得できるのだ。

今も続く毒食品正常化は100年後?

 ここで、少し私の体験を通して中国の食文化と富裕層の考え方を説明しよう。

 中国・上海を拠点にして生活を始めたのは2008年の北京オリンピック、10年の上海万博を控え、中国が経済成長の熱気にあふれていた07年の夏だった。

 日本のマスコミは連日、「中国経済はすごいぞ」「一刻も早く進出しなければ、悔やむ」とばかり、陽の面を報じることに熱心で、中国の陰の部分は関心を持たなかったのかほとんど伝えなかった。

 中国を知ることが目的だったから、住まいは企業や国から派遣された駐在員には縁のない、傾きかけた木造の老房子(古い住宅)を長屋に改造した共同住宅で始めた。貧しい庶民に囲まれたことで、食を含めて毎日文化の違いに遭遇した。

 隣人となった姑媽(おば)さんは「野菜は水道で3時間さらしてね。残留農薬でがんになるから」と、身近に「毒食品」が蔓延していることを教えてくれた。

 住まいから通り一つ越えたところにあった体育館のように巨大な食料品市場は野菜、肉、魚の店が何十件と並び、肉なら豚、鶏、羊、ヤギ、ハト、カモ、牛、カエル、ヘビ、亀であれ、その場でさばいてくれる。

 市場のエネルギーに圧倒されるが、凄いのが市場の片隅がゴミの山になっているすぐ隣で、売り物の鳥の羽をむしり、カエルやヘビの皮をはぎ、魚を切り分けることを平気でやっていたことだ。

 不衛生極まりなく、普通の日本人なら目を背ける場面だ。住民運動だって勃発したに違いない。

 しかし、中国で生活していると、この程度のことは気にならなくなる。

 連日のように「殺虫剤が混入された食品が出回った」「成長ホルモンが注入されていたためにスイカが輸送中に爆発した」「養殖魚は発がん物資の塊」等々毒食品のニュースが途切れないからだ。

 だが、不衛生や毒食品に慣れているはずの中国人の度肝を抜くような食品禍を起こすのが中国である。

 例えば、北京オリンピックの直前に起こったメラミン入り粉ミルク事件だ。中国を代表する大手乳業メーカーが水で薄めた牛乳のタンパク質の含有量を誤魔化すために腎臓病の原因となる物資、メラミンを混ぜた粉ミルクを売り、それを飲んだ赤ちゃんのうち約30万人に腎臓病が疑われる症状が出て、このうち6人が死亡した。

 上海万博の開催された10年には下水から油分を濾過して再生した地溝油が正規の流通ルートで販売されていることが発覚し、消費者を恐怖のどん底に突き落とした。

 ところが、カネ儲けに邁進する中国人はさらに信じ難いことをする。豊かになり、肉の需要が高まると、食肉業者は世界中で牛、豚、鳥の別なく買いあさる。その一方で、ひたすら安い肉を求め、口蹄疫に罹った牛、病死した豚、鳥インフルエンザで廃棄された肉をただ同然で仕入れる業者が出現するのが中国だ。この業者の悪事は発覚したが、もし、事件にならなかったら、地溝油のように隠れた伝統産業として続いていたに違いない。

 日本人なら「工場の床に転がるカビが生えて黒く変色した肉を作業員が拾い上げて調理している」映像を覚えている人もいるだろう。その肉がマクドナルドやケンタッキー・フライドチキンに卸されていることを知り、慄然としたのは遠いことではない。

 こう伝えると、食品への警戒心が遺伝子として中国人に宿っていることが理解できる。また、おいしい料理は高価であることが当然と考えることも理解できる。

 上海でレストランを経営し、日本に一戸建ての住宅を構え、日本を第2の故郷にしている夏白楊(53歳)さんは、日本料理が広がっている理由を「新鮮な素材にこだわり、料理が厨房から客の口に運ばれるまで、配慮が行き届いていて安心できるからです」と言い、「中国が日本と同じようになるには100年かかります」と断言した。

 

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