政治・経済

少子・高齢化が進み、人口減少社会が到来、国内市場が大きく縮小する中で、日本の外食チェーン各社が、海外進出を加速させている。日本食ブームの中、大成功しているところもあれば、失敗して撤退を余儀なくされたところもある。外食の海外進出を追った。

 

米国で今、受けている日本の外食チェーンはどこか?

 

丸亀製麺の売り上げ1位はハワイ・ホノルル店

 国内外に900店舗を構える丸亀製麺(運営はトリドールホールディングス)。その中で不動の売り上げナンバーワンを誇るのが、ハワイにあるホノルル店で、「2010年の開店以来、行列が途絶えた日がない」(粟田貴也・トリドールホールディングス社長)。

 その行列をつくっている客の大半が現地人などで、日本人は1割に満たない。その提供方法は日本と同じでうどんを頼み、天ぷらなどのトッピングをセルフで選ぶというもの。

 かけうどんが一杯4ドル(約440円)で、日本の290円より5割近く高く、天ぷらも日本よりも高い。それでも物価の高いハワイでは割安感もあって、常に客であふれている。

豚骨スープがニューヨーカーに大うけした一風堂

 この丸亀製麺のように、海外を人気を集める外食チェーンが増えている。

 中でも有名なのが、アメリカで大ヒットした一風堂(運営は力の源カンパニー)で、08年にニューヨークに進出したところ、豚骨スープがニューヨーカーに大受けで大ヒット、日本の店舗の2倍を売り上げた。今ではニューヨークに2店舗、シンガポールに2店舗、韓国3店舗、香港3店舗など、海外で20店舗以上を展開する。

 一風堂で豚骨ラーメンの味に病みつきになり、来日して豚骨ラーメンを食べ歩く外国人も今では珍しくはない。

 また吉野家も、1975年にアメリカコロラド州に進出し、牛丼を「ビーフボウル」として提供。日本発のファストフードとして定着している。

 このように、海外でのファンを増やし続ける日本の外食チェーンだが、最大の市場は、14億人の胃袋のある中国だ。もちろん中国には日本だけでなくマクドナルドやケンタッキーなどアメリカ資本も上陸しているが、日本資本も負けていない。

 

中国進出に成功した日本の外食チェーンはどこか

 

日本では無名、中国では知らぬ人なしの「味千」

 その中でも代表的なチェーンが「味千拉麺(ラーメン)」(本社・熊本市、重光産業のフランチャイズチェーン=FC)だ。「味千ラーメン」は日本国内では九州でしか知られていないが、中国では誰もが知る存在だ。その成功の影には良いパートナーの存在がある。

 現在、味千中国ホールディングス社長を務める潘慰氏は、1994年10月、香港貿易発展局の使節の一員として熊本市を訪れた。

 ここで豚骨スープの「味千ラーメン」を食べて感激。「この味なら、香港や中国でも絶対に売れる!」と、潘氏は、重光産業創業社長で台湾出身の重光孝治氏に、「味千ラーメン店を中国本土に出したい」と、申し込んだ。

 これがきっかけで味千ラーメンを中国でFC展開することになり、96年に香港の繁華街に第1号店がオープン。最初は日本的なラーメン屋だったが、その後、多品種のメニューを扱うラーメン居酒屋のような業態に生まれ変わることで成功を収めた。

 その後深センに大陸1号店を開店、続いて上海、北京などに多店舗展開を進めた味千中国は、2007年に、香港市場に上場した。

 その後、味千ラーメンは、シンガポールなど東南アジアや米国など世界14カ国・地域でFC展開、今では国内100店舗、中国70都市以上に約700店舗、その他世界に50店舗を持つまでになった。

 味千ラーメンは当初、中国でFC展開する条件を、「味千ラーメンの味を変えないこと」としていた。しかし外食産業というのは店舗を出す現地の人たちの嗜好、ニーズに合わせなければ成功はおぼつかない。

味千ラーメン

日本より中国で有名な味千ラーメン

 

吉野家、松屋、モスフード、ココイチの成功事例

 味千ラーメンに次いで中国でよく目にする日本の外食チェーンが吉野家だ。吉野家は1987年に台湾の現地資本と合弁会社を立ち上げ、台湾に進出。中国本土への進出は2002年で、現在は400店舗を超えている。

 中国進出にあたって吉野家は、当初、伊藤忠商事とタッグを組んだ。

 しかし両社の足並みがそろわず、単独進出に切り替えた。日本の吉野家は「牛丼1本足経営」だが、中国では「ザリガニ丼」など日本ではあり得ないメニューも用意されている。

 最近中国ではザリガニが人気メニューとなっており、それを取り込んだ形だ。このように、ローカライズした料理を出すことで、吉野家は市民権を得ることに成功した。

吉野家

日本にはないメニューで成功した吉野家

 

 一方、松屋フーズは04年に進出し、一度は撤退したが、09年9月に上海に「松屋」第1号店を開店、再進出した。

 立地は上海市で最初に経済特区に指定された長寧区。日系企業が多く入居、駐在する日本人も多い。そこに日本でもなじみの「牛めし」「カレー」などのほか「そば」や「うどん」、「納豆」や「きんぴら」などのメニューを揃えた。結果、上海第1号店は行列のできる繁盛店になった。現在では10店舗にまで拡大した。

 モスフードサービスも成功組だ。1991年に台湾に1号店を開店して以来、アジアへの出店に積極的に取り組み、シンガポール、香港、タイ、インドネシア、そして2010年2月には中国本土の福建省厦門市に初出店、今では14店舗を展開する。

 カレーハウスCoCo壱番屋(以下ココイチ、運営は壱番屋)も中国事業を大きく伸ばした。

 ココイチ初の海外出店は1994年のハワイだったが、2004年に上海にアジア1号店をオープン、以来、中国では現在までに46店を数える。

 日本のココイチの店内は画一的なデザインとなっているが、中国の場合は店舗ごとにデザインが違う。ただし、味に関しては基本的に日本で提供するのと同じものを出しているという。

 ココイチが出店するまで、中国ではカレーはそれほど一般的なものではなかった。ココイチの進出以降、他のレストランでもカレーを出すようになったという。つまり、ココイチが中国にカレー文化を持ち込んだだけでなく、ココイチの味が中国の味の基準となっている。

 この強みは大きい。日本人にとってハンバーガーの基準はマクドナルドにある。またカップ麺の基準はカップヌードルだ。それがデファクトスタンダードとなれば、仮に一度離れていったとしても、いつか戻ってくる。つまりココイチは今後とも中国人に愛され続けるというわけだ。

 

中国市場進出の失敗事例

 

餃子の王将撤退の理由は「焼き餃子」

 その一方でうまくいかなかったのが国内に700店舗ある王将フードサービス。

 餃子の王将が中国・大連市に進出したのは2005年。その後、5店舗にまで増やしたが、14年に現地法人を解散、撤退した。

 失敗の原因は、中国との食習慣の違いにあった。王将フードの最大の売り物は焼き餃子だ。だが、中国では餃子といえば水餃子で、普段は焼き餃子を口にしない。

 こうした食文化の違いに阻まれて王将フードは、苦戦した。日本では餃子の王将は、現場の店長に権限を委譲、自由にメニュー開発させることで知られている。大連でも現地採用した料理人に商品開発させるなど軌道修正を図ったが、大連市民には受け入れられなかった。

海外進出の鍵を握るのは現地化

 やはりいかに現地に合わせたメニュー・サービスを提供できるか、あるいはココイチのようにデファクトスタンダードとなれるかが、成功・失敗のカギを握る。

 そしてこれは中国市場に限った話ではない。人口減少が続く日本では市場拡大が望めない以上、今後も外食産業は海外を目指す。

 ここで紹介したように、成功事例も最近では増えている。しかしマクドナルドやケンタッキーのように、世界中の誰もが知るような日本発の外食チェーンはいまだ生まれていない。

 その一番手となるのは果たしてどこか。

 

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