政治・経済

1999年3月4日、小さなオフィスで産声を上げたベンチャー企業は今年設立20年を迎えた。ネットオークション事業を皮切りに事業領域を拡大。今ではゲーム、オートモーティブ、ヘルスケア、スポーツなどさまざまな事業を展開している。今後、さらに挑戦を加速していくという南場智子会長に、ディー・エヌ・エー(以下DeNA)の「これまで」と「これから」を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=山内信也

 

南場智子・DeNA会長プロフィール

南場智子DeNA会長

(なんば・ともこ)新潟県出身。1986年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。90年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、96年、マッキンゼーでパートナー(役員)に。99年、同社を退社後、ディー・エヌ・エーを設立し代表取締役社長に就任。11年に退任後、取締役を経て、15年取締役会長、17年代表取締役会長。

 

DeNA創業20年に南場智子氏が思うこと

 

創業時と現在で変わったこと、変わらぬこと

―― 今年、創業して20年ですが、これまででいちばんの想い出は。

南場 いちばんというのはないんですよ。企業経営っていうのはイベントではなくプロセスですから。

 もちろん想い出深い瞬間はあります。初めて黒字になったタイミングとか、サービスが大ヒットした時とか、些細なことかもしれませんが、うちのサービスをお客さまが電車の中で使っているのを見た時には感動しましたね。

 もちろん、ずっと成果が出なかったり、創業メンバーが辞めたり、何より社会に対して御迷惑、御心配をおかけして会社が引っくり返るような騒ぎになった時のことも強烈な印象として刻まれています。

―― この20年でどんなところが経営者として成長したと思いますか。

南場 創業経営者というのは皆同じだと思いますが、会社のステージに応じて問題が起こるんです。そもそも問題が起きない日なんてないくらい。その問題に、当初はいちいち動じていました。でも最近は、経験の蓄積ができましたので、滅多に動じなくなりましたね。

 もうひとつは会社が小さかった頃は、「いかに生き残るか」とか、「競争に負けたくない」といった意識ばかりが強かったのですが、重ねた月日と個人的にもいろいろありましたので、今はDeNAがいかに世の中に必要とされる存在になれるか、仲間である社員に対しても一人一人がどうやったら輝くだろうか、そういうことを考えるようになりました。

 逆に変わっていないところは、いつも仕事のことで頭がいっぱいっていうことですかね。

「挑戦」を加速するために組織をより「開いて」いく

―― 「永久ベンチャー」と標榜されています。そのために何を。

南場 重要なのは、「常に新しいことに挑戦し続けている」ことですね。ですから、挑戦が生まれやすい組織になっているかどうか、そこを気にかけています。そのために社内を観察し、挑戦しづらくなる要因があれば、絶えず解決していこうと思っています。

 あとは内向きになると挑戦が止まるので、会社をオープンにしていくことも重要です。外部の方とのコラボレーション、社員が社外に出て行って活躍する副業など、制度面でも後押ししながら、できるだけ社員を会社に閉じ込めずに、外からの刺激を受ける取り組みを積極的に行っています。

―― 人が成長するには外の刺激がいちばんの特効薬ですか。

南場 それもそうですし、時代も変わってきています。

 昭和の時代は人を社内に閉じ込める組織至上主義でしたが、平成の時代にはそれが崩れかけました。次の元号では完全に崩れると思います。

 ですから、働き方も次の時代はかなり自由になるでしょうし、人材はもっと流動的になるでしょう。社員も出たり入ったりしているはずです。既にわれわれのところには出戻り社員が多くいますが、他社を見ることで視野が広がり、われわれの良さも分かって戻ってくるので、戻ってからの貢献の幅も広い。ですから出戻りは大歓迎です。

―― 事業領域が広いこともあり多様な人が集まっていますが、DeNAの軸をどこに求めますか。

南場 確かに、社内には多様な文化的背景を持ち、得意なことが全く違う、いろんなキャラクターの社員がいます。ただ軸となる仕事に向かう姿勢や意識は高い次元で揃っています。

 また、全社員に共通の約束事として、「DeNAクオリティ」というたった5つの行動規範があります。事業に関しては「Delight(デライト、人々を喜ばせる、楽しませる)を届ける」ことが最優先ですね。

―― 今後、経営者としてさらにどう進化していきたいですか。

南場 先ほども言いましたが、ザクロをひっくり返すように、会社をもっとオープンにしていきたいですね。

 それから、わが社は目標に対して知的体育会ともいえる目標必達主義の会社なのですが、経営会議でのコミュニケーションまでも目標達成の進捗状況といったコミュニケーションになりがちです。

 せっかく事業への想いや魂が強くあるのですから、そういった部分がもっと表に出てくる経営にしていきたいですね。そもそも経営の目的が社会に貢献し、人に喜んでもらう「デライトを届ける」ことなのですから、IRで出すような決算の数値は、デライトの結果であると、割り切ったものにしたいと思っています。

 

DeNAベイスターズの経営を通じて得たもの

 

数字で量れないものをもたらしたベイスターズの存在

南場智子氏

ベイスターズのお陰で「社員が一層仲良くなった」と語る南場智子氏

―― 2012年のシーズンからプロ野球に参入しました。これは南場さんの提案だったのですか。

南場 私も野球は好きでしたけど球団経営までやりたいと思うほどではなくて、参入に動いたのは当時の会長だった春田真さんです。

 彼は参入する前の年にも動いていて、その時は、「地に足をつけて本業を地道にやろうよ」と言いまして、実際に参画はかなわなかったのですが、翌11年、私は家族のことで社長を退任していましたが、「今年は行けそうです」と聞いて、びっくりしたことを覚えています。

 春田さんがすごく情熱を持って、会社のためにも良かれと思って動いていたんでしょう。実際に、横浜DeNAベイスターズはとても良いものをもたらしてくれました。

―― ベイスターズは会社にどんな影響をもたらしましたか。

南場 いくつもあるのですが、みんなが一緒になって誇りに思い、愛しむものができたお陰で社員が一層仲良くなりましたね。

 また、私も成長したといいましたが、会社にしても生き残る、市場でナンバーワンになるといった、自分たちのことばかり考えてきたものから、プロ野球の球団という、ある意味公的なものをお預かりする、といった意識を持てたことで企業としても成長できたと思います。

 プロ野球は12球団が力を合わせて盛り上げていきますから、組織の視野を広げ、大人にしました。当然、その過程でも横浜の方に、ファンの方に力強い後押しをいただきましたから、そういう意味でも感謝の気持ちが生まれています。

 さらにもうひとつ、私たちはネットで事業を行っていたので、言葉ではお客さまに「デライトを届ける」と言っておりましたが、お客さまが喜んでいる姿はネット越しですからどうしても数字です。リピート率や継続率、何時間使っていただいた、友だちをどれくらい紹介してくださった、そういった数字を通じて喜びを感じていたんです。

 もちろんユーザーの方もニコニコされて、楽しんでくださったのでしょうが、その姿を物理的に見ることはできません。ところがプロ野球は、提供するサービスに対して、割れんばかりの大歓声に、みんなでハイタッチ、知らない人までが抱き合って喜ぶといった姿を目の当たりにすることができるのです。

 DeNAがいちばん大事にしなければならない「デライトを届ける」ということが、世の中のためでありお客さまのためでもあると同時に、自分たちも幸せにするということを実体験できました。そういった面でベイスターズはほんとうに数字で量れないほどのものをもたらしてくれたと思いますね。

スポーツ事業が単独で発展できるメカニズムを作りたい

―― スポーツのポテンシャルは。

南場 大きいと思います。世の中にはさまざまなコンテンツがありますが、スポーツは作り物ではないですし、本気で戦っている姿は応援する者の心を打ちます。

 その一方、事業としてタニマチ的な経営をすると親会社の浮沈に影響されますから、私たちがいちばん重視しているのは、スポーツ事業そのものを黒字にしてDeNAの業績がたとえ悪くなっても、スポーツ事業は発展することができる、そういったメカニズムを作ることだと思っています。

 ベイスターズも紆余曲折ありましたが今のところ順調に来ています。ですが、まだまだ2合目くらいで、やるべきことはまだまだあります。これから5合目、6合目と登って行かねばなりませんし、何より優勝したい(笑)。

―― シーズンが始まれば結果が気になりますね。

南場 そうなんですよ。2月は私の精神の状態が普通に保たれる最後の月だといえるかも(笑)。結果に一喜一憂するオーナーというのも、なんだか小物っぽくて嫌なんですが、ものすごく一喜一憂してしまうんです。 

 先ほど、経営では動じなくなったと言いましたが、こちらはまだまだ鍛錬ができていなくて、泰然自若と思ってはいるんですが、最近はバスケットボールの川崎ブレイブサンダース(昨年7月から運営)もありますからね……(笑)。

 

南場智子氏が描く20年後のDeNAの姿

 

―― 20年後、DeNAはどんな会社になっていると思いますか。

南場 やはり、世の中に大きい喜びを届けるということを目標にしているからには、ほんとうに「大きな」喜びを届けたいと思っています。

 昭和の時代、世界的に大きな喜びを届けた会社には、ソニーやホンダなど日本の企業がいました。ところが平成の時代は、インターネットによる情報通信革命の時代だったので、世界的な喜びやインパクトを残したのは米国の企業でした。

 中国は中国の中に大きな世界がありますが、世界という視点で考えればその主役は米国勢です。日本はローカルでの成功こそありましたが世界的とまではいきませんでした。

 今年は新たな元号になりますし、私たちも20周年を迎えます。次の20年に向けて、世界に大きなインパクト、喜びを届けていくような存在になりたいと強く思っています。

 そのために、われわれが単独で届ける時代ではないと思っていますから、志を軸にしていろんな企業と手を携えて仲間をつくっていく。起業家などの仲間たちと共に世の中にインパクトを残せるような、そういった営みを行う会社になっていたいと思っています。

―― 世界に向けて日本の巻き返しは可能だと思っていますか。

南場 私は可能だと思っています。1979年に、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という書籍が出て、ハーバード大学のビジネススクールでも、米国は惨敗したと言われていました。

 でも、次の時代、米国は巻き返したでしょう。当時と同じように今は技術の面でも、働き方の面でも、生き方も大きく転換している時代、言ってみれば「場替え」が起こっているのです。デジタルは閉じた世界から、物理的な世界へと出てきています。ネット、ITはリアルと融合する世界へと変わりつつあるのです。

 働き方も組織を前提としたものから、今は個を前提とした組織へと急速に変貌を遂げています。そういった大きな2つの波がある中で、人々も世の中に貢献したいという欲求がこれまで以上に生まれています。

 持続可能な世界の実現を普通に考えるなど、幸せの概念も変わってきています。これはSNSのお陰です。昔は家とか車とかが承認欲求を満たしてきましたが、SNSの登場により友だちとの関係や、楽しそうなアクティビティ、といったことが称賛される時代になりました。

 そう考えると次の時代は私利私欲を超えて、自分のことを少し我慢してでも世の中に貢献することが人々の誇りの源泉になり、そういった人たちが称賛される世の中になるのではないかと思います。今はそういった人が見えにくいのですが、価値観がSNSによって変わったように、新たな「何か」が生まれてくるのではと思っています。

 この変化は場替わりですからチャンスなのです。われわれも今までの仕事の仕方にこだわっていては未来がありませんが、成功したパターンさえも壊すことができるくらいなら十分にチャンスはあるのではないかと思っています。

 そのためにも、もっと組織を開いて、挑戦を重ねていかねばと考えているのです。

 

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