マネジメント

発泡酒などを含むビール類の売り上げは14年連続で前年を下回っている。そのためビール各社の業績も伸び悩む。そんな中、前12月決算で、4社中唯一、増収増益だったのがアサヒグループホールディングスだ。1兆2千億円の巨費を投じた海外事業のM&Aが国内事業を補った結果だ。このM&Aを主導したのが小路明善社長。これだけの規模のM&Aにはリスクもつきまとう。社内から反対の声が上がってもおかしくない。それをどうやって決断し、社内をまとめ上げたのか。小路流リーダーシップの真髄を聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=西畑孝則

 

小路明善・アサヒグループホールディングス社長兼CEOプロフィール

小路明善・アサヒグループホールディングス社長

こうじ・あきよし 1951年生まれ、長野県出身。75年青山学院大学法学部を卒業後、アサヒビール入社。人事戦略部長、執行役員経営戦略・人事戦略・事業計画推進担当、常務取締役等を経て、2011年7月ビール事業会社であるアサヒビール社長に就任。16年3月持ち株会社のアサヒグループホールディングス社長に就任した。

 

小路流リーダーシップのスタイルとは

 

トップダウンではなくトップマネジメント型のリーダー

―― 小路さんは事業会社の社長として5年、持ち株会社社長として3年、トップを務めています。これまでヨーロッパのビール会社などを1兆2千億円で買収するなどの決断を下してきましたが、常日頃、リーダーとして心掛けていることは何でしょうか。

小路 この8年間、意識してきたのは、トップダウン型をやらないようにしようということです。トップダウン型はカリスマ性につながり、社員がトップのいうことを聞いていればいいというようになる。

 今は高度成長期ではありません。ビール業界も市場がシュリンクしています。しかも今後の日本経済の環境、消費環境、酒類業界の環境は非常に予測困難です。秋には消費増税があり、来年にはオリンピックもある。チャンスとリスクが混在していてどうなるのか見通しがつきません。世界情勢を見てもブレグジットがどうなるかまだ分からない。米中経済戦争の行方も不透明です。

 リーダーというのは、置かれた環境にしたがい役割を変えていかなければなりません。このような時代にトップダウン型では一回失敗したらなかなか浮き上がることができない。しかもどんなにすぐれたカリスマ型リーダーでも、予測困難な時代に一人で方向性を見据えて集団を引っ張るのは至難の業です。

 そこで私が目指したのはトップマネジメント型のリーダーです。社会における使命たる「ミッション」、企業のあるべき姿である「ビジョン」、それらを実現する価値観「バリュー」、そしてステークホルダーへの約束である行動指針「プリンシプル」、この4つを示し、それを戦略に落とし込んでいく。

 そのためにはコミュニケーション力を持っていなければならないし、合理性・納得性がなくてはいけません。

 私の考えるリーダーというのは原野に線路を引く人です。目的地を見定めて先見性を持って引いていく。その上を脱線させないように列車を走らせるのはマネジャーの仕事です。

 ともするとリーダーとマネジャーを逆に見ている人がいます。線路を部下に引かせ、線路の上を機関車として引っ張っていくリーダーです。でもこれはおかしい。

目的地に最短で着くには社長が主翼で会長は尾翼

―― 小路さんは昨年、COOからCEOになり、この3月の株主総会では泉谷直木会長の代表権がはずれたために唯一の代表取締役となりました。権限を一人に集中させトップダウン型の経営を目指しているのかと思いました。

小路 アサヒグループはここ数年、巨額のM&Aを行うなど非連続な成長を遂げてきました。今後も非連続な成長を続けていくためには意思決定のスピード化と最適化をはかっていかなければなりません。そのために代表権は社長だけが持つようにしたのです。その代わり誰かにしっかり管理監督してもらう。それが取締役会議長でもある会長の仕事です。

 代表取締役社長と代表権のない会長は飛行機の主翼と尾翼です。社長はエンジンの推力を最大限に出して上昇や旋回をする。

 しかし微妙に角度を変えて上昇下降をコントロールするのは尾翼の役目。尾翼がなければ飛行機は飛びませんし、目的地に正確に最短に届くためにもしっかりとした尾翼が必要です。それが会長の役割です。

 そして取締役会は管制塔。地上でレーダーを使い、ほかの飛行機との位置関係や気象条件とかさまざまな条件を見て、その飛行機がきちんと目的地に向かっているのか、判断し指示を出す。この三位一体で経営をしていきます。

 ですから代表権は会社法上すべての責任を負うという意味であり、トップダウン型とは関係ありません。

 それに今度の株主総会では、代表取締役CEOの退任基準をつくりました。ある一定の条件を逸脱したり、業績が連続で低迷した場合、解任を指名委員会にはかるというもので、一人代表取締役の暴走を防ぐためのものです。

 その一方で代表取締役任命基準を決め、もし私に何かあればすぐに会長が代表取締役となり、私にとって代わる。こうすれば空白期をなくすことができます。

―― トップの暴走を防ぐというのは日産自動車の影響ですか。

小路 全く関係ありません。これは2カ月や3カ月で考えたものでなく、社長になって2年目くらいからどうやったら投資家の信頼を得て期待に応えることができるのかを考えてきた。その結果です。

他の経営者は参考にしても模倣はしない

―― リーダーシップのモデルにした経営者を教えてください。

小路 優れた経営者の経営スタイルを参考にはしますけど、過去を踏襲したり他の経営者を模倣するということは一切しません。

 経営スタイルは、その経営者の資質と、置かれた環境によって生まれるものです。持っている資質や環境が違うのにそれを模倣してもうまくいくはずがない。他の経営者を参考にし、過去から学びながら、自分のスタイルをつくっていく。それによって社長のメッセージに魂が入る。

 これは非常に重要です。社長の言葉を聞いて肚落ちした、というでしょう。それは言葉に魂が入っているからです。そうでなければいくら論理的で合理的な説明しても肚落ちはしません。

―― 小路流経営スタイルとは何でしょう。

小路 これは社員に対しても言っていることですが、「見逃し三振は評価しない」。空振りならボールとの距離、バットを振るタイミングが分かる。しかし見逃し三振では次の打席の参考にはなりません。まず一歩を踏み出す。そこで小さな失敗をしたらそれを成功の糧にして次のチャレンジをする。

 2つ目は「前例踏襲をするな」。同じことをやっていても環境が変われば成果がでない。それなら自分で前例を作れということです。

 そして3つ目は「成果は努力×能力×外的要因」。読み書き算数でそれぞれの能力が10でも、努力が1なら掛け算をしても30でしかない。ところがそれぞれの能力が5でも努力が10なら150で5倍になる。つまり非凡な努力が何より大事ということです。常に非凡な努力をしていれば、成果もついてくるし能力も高まっていく。

 ですから私は高い能力の人間を採用することは一切求めず、非凡な努力ができる人物かどうか、その1点だけを求めています。以上3点を私は自分にも課してきました。

―― これまでの仕事の中ではどんな事例があてはまりますか。

小路 ビール会社社長の時、スーパードライの姉妹品を出しました。当時スーパードライには銀色のラベルしか出しちゃいけないという固定観念があり、触れてはいけないものでした。

 でもスーパードライで大事にしなければいけないのは、銀ラベルを未来永劫大事にするのではなく、そのブランドエクイティをどうやって高めていくかです。そのために姉妹品として黒ビールを出し、春のお花見のシーズンには桜のラベルの商品を出しましたが、大反対を受けました。

 さらにはヨーロッパで総額1兆2千億円のM&Aを行いました。これも全員がもろ手を挙げて賛成したわけではありません。わが社始まって以来の巨額投資ですから。そこで私は強い競争力をもったグローバルなプレミアムビールメーカーにアサヒグループはなっていくというビジョンを示しました。このビジョンに沿ったディールであれば、金額の多寡にかかわらず投資することにしたのです。

 福島工場の再開も大きな決断でした。福島工場はアサヒビールの全生産量の14%をつくっていました。それが東日本大震災で大きな被害を受けて製造できなくなりました。震災のあった2011年は消費がシュリンクしたので、他工場の生産で間に合った。

 しかし翌年から消費が盛り返せば、他工場だけでは賄えないことは分かっていました。そうすると品切れが起こり、アサヒビールの製品がユーザーから忘れられてしまう。とはいえ急いで再開して品質が維持できるのか。非常に迷いました。それでも決断し、震災から半年後には生産を再開することができました。

小路明善氏

固定観念を打ち破る手法でスーパードライのブランド価値を高めた小路氏

 

企業価値を向上させる経営とリーダーシップ

 

スーパードライのブランド価値をいかに高めたのか

―― 周囲が反対する中、どうやって説得し納得させたのですか。

小路 スーパードライの場合なら、スーパードライの将来ビジョンを描く。スーパードライというのはビッグブランドですが、そのブランド資産をさらに高めていく必要があります。

 黒ビールもスーパードライも好きだけど、黒のスーパードライがないから黒は他ブランドを飲むという人もたくさんいた。この人たちは黒のスーパードライがあれば当然飲んでくれる。桜のラベルも、女性はなかなかビールを消費しない。でも桜の花見の季節にはピンクの可愛い缶を出したら手に取ってくれるのではないか。

 そうやってスーパードライの良さを知ってもらい、ユーザーの幅を広げていく。それがブランド資産を高めることであって、銀色ラベルしかスーパードライではないと言っていたのでは、いずれ縮小してしまう。そういう将来ビジョンを描いて理解してもらいました。

 1兆2千億円投資の場合は、先ほど言ったグローバルなプレミアムビールメーカーというビジョンです。アサヒビールは日本でこそトップメーカーですが、マーケットはボーダレスになり、全世界がマーケットになっている。

 そうであるならそこに足を踏み出すべきですが、日本にいたまま輸出やライセンス生産しているだけでは、ハイネケンなど巨大なビールメーカーとは戦えない。そこで欧州に拠点をかまえてプレミアムビール市場で勝負する。それには独自で進出したのでは時間がかかるのでM&Aを行う。

 その結果、スーパードライ、イタリアのペローニ、チェコのピルスナーウルケルの3つのグローバルブランドを揃えることができました。ペローニやピルスナーウルケルが入っている場所にはスーパードライも入っていける。今ではスーパードライをペローニの工場で生産し欧州市場で飲まれています。

 このように将来ビジョンを示し、どう近づけていくか、それにより企業価値やブランド資産がどう高まるかしっかり説明し納得してもらいます。

小路氏が考える事業売却、撤退の基準

―― 巨額買収の一方で、中国の青島ビールなどは売却しています。売却や撤退の基準はどこにあるのですか。

小路 私はこれまで2千億円の資産を売却してきました。その基準は、第一に酒類・飲料・食品以外のカテゴリーのビジネスはやらない。ですからイギリスのゴルフ場や、中国の農業事業を売却しました。

 次にマジョリティのないアセット投資はやらない。青島ビールは19.9%のマイノリティ出資で、われわれの経営の意思が反映されていませんでした。ということはこれは純投資です。われわれは投資会社ではないので売却した。

 3つ目は採算の改善が5年たっても見込めないものはやらない。インドネシアやインド事業も採算が改善されないので手を引きました。このように一定の基準と方針をつくってそれに沿わないのはすべて売却していきました。

―― 過去のしがらみなどがあって一筋縄でいかないことも多いのではないですか。

小路 一刀両断的なことはしません。一つ一つ先方の経営者と十分話し合って、売却によって先方の価値が落ちないよう配慮しています。売却先も先方のオーナーにふさわしいところを探します。

 しがらみはそれほどないですし、あまり気にしませんでした。それぞれ過去の経営者が決断したものですが、時代の変化とともにグループのあるべき姿からはずれたら、負の遺産にならないようにするのが私の務めです。

 ですから私のやったことでも、次代の経営者は私には遠慮なく、売却するならしろと言っています。

 

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