政治・経済

 世界市場で日本が圧倒的強さを誇るのが炭素繊維で、そのシェアは優に5割を超える。炭素繊維は日本が市場を開拓し、飛行機などへの用途を広げてきた素材だ。技術で他国のメーカーを圧倒するが、中国勢などの追い上げも激しい。いかにして優位を保ち続けるか。

 

炭素繊維の誕生と日本メーカーの開発競争

 

ボーイングの東レとエアバスの帝人

 炭素繊維――今では飛行機などの部材として不可欠な素材が誕生したのは、今から60年前のことだ。アメリカの化学メーカーが、レーヨンを原料につくったのが最初だった。その後、1961年に、大阪技術研究所の教授がポリアクリロニトリル(PAN)繊維という有機繊維から炭素繊維がつくられると発表。このPAN系が、後に炭素繊維の主流になっていく。

 炭素繊維の特徴は、何といっても軽くて強いこと。比重が鉄の4分の1、引っ張り強度は鉄の10倍もある。鉄に代わって炭素繊維を使えば、軽量で強い自動車や飛行機がつくられるとあって、多くの化学メーカーが研究開発に取り組んだ。

 その中の一人が、前経団連会長で、東レで社長、会長を歴任した榊原定征氏だった。榊原氏は67年に東レに入社、中央研究所の配属となった。

 ここで最初に手掛けたのが炭素繊維の研究で、その時研究員同士の合言葉が「炭素を使った黒い飛行機をつくろう」というものだった。それが今は現実のものとなっている。

 東レが炭素繊維の糸「トレカ」を発売したのは71年。72年にはそれを使った釣り竿が、翌年にはテニスラケットがそれぞれ発売された。その後、ボーイング機の機内など、構造とは関係のないところで使われるようになり、95年に就航したB777で尾翼などの一次構造材として採用され、2011年に就航したB787では、主翼や尾翼、胴体の構造材として使われ、その比率は機体重量の50%に達している。まさに「黒い飛行機」が飛ぶ時代が到来した。

 東レの炭素繊維はエアバスにも採用されているが、東レ以上にエアバスでの実績があるのが帝人で、30年以上にわたり炭素繊維を納入している。

 これまでにA320、A330、A340に使われたほか、先日、全日空に納入した超大型旅客機A380にも一次構造材として使用されている。また最新のA350には機体重量の53%で炭素繊維が使われており、その大半が帝人製だ。このA350はB787のライバルと目されており、東レVS帝人の代理戦争でもある。

熱可塑性CFRPでは帝人がリード

 まさに航空機業界では、東レと帝人の一騎打ちの様相を呈しているが、熱可塑性CFRPでは、帝人が東レをリードする。

 CFRPとは炭素繊維に樹脂を混ぜた複合材料、炭素繊維強化プラスチックのこと。このCFRPを積層し成型、焼き固めると部品として完成する(熱硬化性)。ところが、技術革新により熱可塑性CFRPが注目を集めるようになった。

 熱可塑性とは、熱を加えると柔らかくなり、冷めると硬くなる性質のこと。その最大の特徴は、プレス成型できることだ。熱を加えた熱可塑性CFRPをプレス、数分後、冷めた時には成型が終わっている。熱硬化性CFRPに比べ大幅に時間が短縮できるため、今後の主流となると見られている。

 またプレス成型できるため、自動車への用途も広がる。既にGMは帝人製の炭素繊維を使用している。価格面などから、すべての鉄が炭素繊維に置き換えられることはないが、高級車などでは、採用するケースが増えてくる。

炭素繊維

エアバス350には帝人製炭素繊維が使われている

 

日本メーカーは炭素繊維で技術的優位性をキープできるか

 

炭素繊維関連会社を次々と買収する狙い

 そこで東レは昨年、オランダのテンカーテ社を1230億円で買収した。テンカーテは売上高が300億円に満たない中堅企業だが、熱可塑性CFRPの技術を持つ。東レはこれまでにもM&Aを繰り返してきたが、テンカーテの買収金額は過去最高。それだけ熱可塑性CFRPの技術が欲しかったことの証である。

 こうしたM&Aは東レの専売特許ではない。帝人は昨年8月、自動車向け複合材料成型メーカー、イナパル・プラスティコの全株を取得した。イナパルは北米最大の自動車向け複合材料メーカーも傘下に収めており、相乗効果を狙ったものだ。また今年2月にはアメリカの航空機向けの炭素繊維部材メーカー、レネゲード社を買収した。同社の部材は熱に強く、エンジン回りにも使えるのが特徴だ。

 また、三菱レイヨンもドイツの炭素繊維メーカー、TKインダストリーズを買収、自動車向け部材を開発するなど、炭素繊維メーカーは積極的にM&Aを繰り返している。その背景には、市場における圧倒的リードをこのまま維持したいとの狙いがある。

 現時点で炭素繊維のシェアでは、日本勢が圧倒的に強く、東レが30%、帝人15%、三菱レイヨン10%。しかし最近では、韓国や中国のメーカーが追い上げている。

 中国メーカーの強みは国の全面的なバックアップ。炭素繊維の原料であるアクリロニトリルは、ここ数年高値が続いている。

 ところが中国は価格を統制し、市場価格より安くメーカーは原料を仕入れることができる。これはそのまま価格競争力に直結する。この追撃を振り切るためには、価格競争ではなく、付加価値で勝負する以外にない。それができなければ、かつての半導体や液晶と同じ道をたどってしまいかねない。

広がる市場と追いかけてくるライバル

 それだけに各社とも研究開発に力が入る。そして実際に成果も出ている。例えば先に挙げた熱可塑性CFRPは、少し前まで、強度では熱硬化性CFRPに劣ると言われていた。

 しかし今では航空機の主要一次部材に使われるまで信頼性は高まった。また、以前であればプレスから取り出しまで数分かかっていたものが、最近は1分で取り出せるまでになっている。

 「このように、技術的には日本メーカーとそれ以外のメーカーには大きな差があります。そしてこれをずっと続けていくしか、日本企業に生きる道はない」(証券アナリスト)

 炭素繊維市場は、日本企業が市場を開拓してきた。それが航空機や自動車など新たな需要を生み、画期的な製品につながった。

 例えばANAは2017年から成田―メキシコシティ直行便を毎日飛ばしているが、1万1千キロを超えるフライトが可能になったのは炭素繊維を大量に使ったB787が就航したおかげだ。

 新しい素材が誕生することで、新しい商品・サービスが可能になる。これこそ、日本の素材メーカーの目指すべきところ。炭素繊維の成型の自由度が増せば、自動車の主要部材に使われる可能性は大きい。

 今後EVの普及は必至だが、その最大のネックが電池の容量からくる航続距離。炭素繊維で軽量化できれば航続距離も伸び、その普及にさらに拍車がかかる。

 また、再生可能エネルギーの中でもっとも伸びている風力発電の羽根にも、炭素繊維は不可欠だ。市場は大きく広がっていく。しかし追いかけてくるライバルも多い。

 どこまで優位性を保てるか。立ち止まっている暇はない。

 

炭素繊維 関連記事一覧はこちら

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

南谷真鈴

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る