マネジメント

日本初の乳酸菌飲料として人々の健康を見守り続けたカルピスは、今年で100周年を迎える。その長い年月の中で創業者の三島海雲氏の思いはどう伝わり、どう変化していったのか。カルピスを発売するアサヒ飲料の岸上克彦社長に話を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=佐々木 伸 (『経済界』2019年8月号より転載

 

岸上克彦・アサヒ飲料社長プロフィール

アサヒ飲料社長

きしがみ・かつひこ 1954年、京都府出身。76年立教大学経済学部を卒業後、カルピス食品工業入社。91年初代「カルピスウォーター」のブランドマネジャーに就任、大ヒットにつなげる。2005年執行役員、08年常務執行役員。13年にアサヒ飲料とカルピスの国内飲料部門統合に伴い、アサヒ飲料常務取締役カルピス営業本部長。15年社長就任。

 

カルピスが守ってきた4つの本質価値

 

―― 旧カルピス社に入社された時には三島さんの雰囲気はまだ残っていましたか。

岸上 私は三島海雲が亡くなってから1年半後の入社になりますから、直接薫陶を受けてはいませんが、当時の旧カルピス社には三島イズムみたいなものがプンプンしていましたね。

 三島が生涯、座右の銘というか好きだった言葉が、中国古典の「天行健(てんこうけんなり)」というもので、意味は宇宙や天空は非常に規則正しく、朝が来て、夜が来て、それをずっと繰り返す。だから繁栄しているのだ、というもの。会社も自分の生活も規則正しくなければならないと三島は解釈し、それを生涯貫いた人でした。

―― カルピスができるまでは紆余曲折あったようですね。

岸上 もともとお寺の生まれで、中国に教師として渡って、今の内モンゴルで現地の方が飲んでいる発酵乳と出合い、日本に戻って来ます。三島には国が豊かになってこそ、人々も幸せになるという「国利民福」という思いがありましたので、何か事業を起こそうと考え、乳酸菌をもとにおいしくて健康なものを作りたいという思いに至ったのです。

 1917年に会社を起こしましたが、カルピスができるのは2年後の19年ですから、その間に試行錯誤がいろいろあったみたいですね。言い方を変えれば、その2年間はあまりうまくいってないわけです。

―― 誕生から100年、今も変わらないのはどんなところですか。

岸上 三島の思いが込められたカルピスという商品には4つの本質価値があって、今のマーケティングだとキーコンセプトですが、それを今もしっかり守っています。

 その1番目はおいしいこと。それから2番目に滋養があるということです。今の言葉で考えるとおいしさと健康で、当時の言葉では美味滋養といっています。

 そして3番目が安心安全であることで、4番目がコンク飲料で、薄めて飲むので経済的であるということになります。この4つがカルピスの最大の特徴であり、ずっと守られてきたものです。

 カルピスという会社は山あり谷ありで、紆余曲折あるわけですが、それでもこの考え方は100年たった今でも全く変わりません。そして、この10年くらいカルピスブランドがずっと伸びてきているのは、この4つの思いにもう一度立ち返って、きちんとお客さまにお伝えしてきたことが要因だと私たちは思っています。

 

経営に反映されたカルピス創業者の思い

 

―― ここ10年ほどで随分伸びていますね。

岸上 2008年から18年までに液量ベースで1・5倍、150%伸びています。それまでも会社自体は発展していましたし、業績も上がってはいましたが、肝心要のカルピスブランドが今一つ伸び悩んでいたのです。それで、カルピスブランドをもう一度整理しよう、という動きが自然発生的に起こり、社内でプロジェクトができました。

 それで、まず消費者にカルピスってどんな飲み物ですかとリサーチしたころ、「甘くて、白くて、おいしい」と。そこから先はなにもでてこないのです。

 でもカルピスは乳酸菌でつくられていて、健康で、自然で、安心なのに。その大事なことをお客さまにお伝えしていなかったと反省して、本質価値をしっかりと伝えるようになりました。それが功を奏したのではないかと思っています。

―― 昔から子ども向けの活動に力を入れていますね。

岸上 創業から考えれば随分後になりますが、63年からひな祭りの時に全国の保育園・幼稚園の園児さんたちにカルピスを配って、白酒や甘酒のかわりに飲んでもらうキャンペーンを始めており、それがもう56年間続いています。当時はまだまだ子どもたちの発育や食育といった発想は乏しい時代でしたが、三島の「健康になってほしい」という強い思いもあって配り始めたようです。

―― 僧侶出身だからか三島さんは経営者という感じがしませんね。

岸上 まさに利他の精神を貫いた人ですからね。今われわれは、財務的価値と社会的価値をどう共存させるかということで企業経営していますが、そういう意味では三島は、自社の財務的価値より社会的価値を優先していたのかもしれません。だから50年代前半には会社の経営が行き詰まる時期もありました。

 三島は決して天性の優れた経営者ではなかったと思いますが、危機の後には一品主義でカルピスに集中する堅実経営を行い、無借金経営の超優良企業になりましたからね。そういう意味では三島海雲という人間は、優れた経営者になることよりも、自分の思いみたいなものをお客さま、世の中にどう伝えていくかを、第一義に考えていたのだと思います。

 

次の100年は健康を軸に世界へ

 

―― アサヒ飲料と一緒になって新しい発見はありましたか。

岸上 旧カルピス社と旧アサヒ飲料という会社は、企業文化、育ってきた歴史が全く違うものだったので、むしろ良かったと思っています。

 それは、アサヒ飲料が持っていた面の広さ、強さに、旧カルピス社が持っていたカルピスブランドや乳酸菌研究の深掘りする力が加わったので、平面が立体になることで全体が増えていったと思います。それが、ここ4、5年の伸びにもなっています。

―― これからの100年に向けてカルピスが向かうのは世界ですか。

岸上 今カルピスブランドは、30の国や地域で関わらせていただいていますが、海外展開はまだまだこれからだと思っています。中国あるいはモンゴルの発酵乳だけではなく、全世界どこへ行っても発酵乳やヨーグルト、ラッシーといった乳酸菌発酵物が必ずあります。そういう意味でカルピスをはじめとするものは、絶対にグローバルで受け止めていただけるはずです。

 そのためにも、その土地にあった味の研究も必要でしょうし、国が豊かになってくると、人々は健康を考えますから、健康を基軸にこの乳酸菌で発酵させたカルピス、あるいはカルピスから派生した健康飲料を飲んでもらい、もっと世界の人に健康になっていただきたい。これがわれわれの次の大事な仕事だと思っています。

 

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