マネジメント

2020年の東京オリンピック、パラリンピック(以下、東京五輪)は、スポーツの祭典であるとともに、新たな技術や取り組みが披露される場でもある。この世紀のビッグイベントを日本の成長の起爆剤にしようと政府も考えているが、五輪を契機に日本の未来は変わるのだろうか。これまで、「キットカット」の受験生応援キャンペーンや「ネスカフェ アンバサダー」のサービスなど、世の中の変化に合わせて新たな需要を生み出してきたネスレ日本の高岡浩三社長に五輪を契機とした日本の未来について聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=山内信也(『経済界』2019年9月号より転載

 

高岡浩三・ネスレ日本社長プロフィール

高岡浩三氏

たかおか・こうぞう 1960年、大阪府生まれ。83年神戸大学経営学部を卒業後、ネスレ日本に入社。2001年、ネスレコンフェクショナリー、マーケティング本部長、05年、同社社長。10年、ネスレ日本副社長、飲料事業本部長を経て、同年11月社長兼CEOに就任。

 

新興国の体制のまま先進国になった日本

 

日本で健全なガバナンスが生まれない理由

―― 五輪開催まであと1年ですが、五輪を契機に日本の経済成長や世の中の変化は起こると考えていますか。

高岡 残念ながら変化は起きないでしょうね。変わらないといけないとは思っているんですけどね。

 1964年のオリンピックの場合は敗戦からの復興と新興国から先進国へ移行するためのビッグイベントでした。五輪があることによって新幹線や首都高速などのインフラ整備が進み、経済成長へとつながったのです。その結果、日本は先進国の仲間入りを果たしましたが、その後、失われた30年間を過ごします。

―― その失われた30年を取り戻す必要がありますね。

高岡 私見ですが、平成の30年は戦後の歴史の中で、もっとも暗く、失敗した時代だったと思っています。その理由は、先進国にはなったけれど、国家や経済の仕組み、それから企業経営の在り方も含めて、新興国時代のやり方から脱皮できなかったからです。その証拠にバブル期には、時価総額の世界トップ50社の中に日本企業は30社ほどいましたが、今はトヨタ自動車1社だけです。

 平成の時代にはデフレも起こっています。その結果、大卒給与も生涯賃金も、バブルの頃と変わっていません。しかし、他の先進国の給与はものすごく上がっています。日本は稼げない国に成り下がってしまっているのです。

 「ニッポン株式会社モデル」と私は呼んでいるのですが、戦後の発展を支えてきたのは国家の力でも、経済界のトップのリーダーシップでもなく、戦後50年の間に、人口が100万人ずつ増えてきたということでした。しかも、労働コストは安く、労働力の質は世界一高かった。

 さらにいえば、敗戦後、その時の政府は外国の資本が入ってくるのをよしとせず、メインバンクシステムを作り上げ、銀行を大株主にしました。今そのメインバンクシステムが、日本にガバナンスを生まない原因のひとつになっています。要するに株主総会が機能してこなかったのです。それが、企業を新興国の体制のままにとどめてしまったのです。

―― ガバナンスが生まれないことによるいちばんの弊害は何ですか。

高岡 海外の企業であれば、経営者は業績が悪ければ株主総会でクビになります。それはガバナンスが機能しているからです。一方、日本は任期を内規で決め、内部から社長を決めるサラリーマン経営者。その時代がもう半世紀以上続いています。

 ニッポン株式会社モデルは新興国の時代には勝てる戦略でした。しかし、先進国に入った途端に勝利の法則ではなくなったのです。もちろん、プロの経営者が育つ土壌もありませんでした。

 バブルがはじけ平成となっても企業が変わることはありませんでした。その証拠に、いまだに採用は新卒一括ですし、雇用も終身雇用が基準ですからね。

平成の時