文化・ライフ

7度目のオリンピック出場で銀メダルを獲得した葛西紀明選手(写真:時事)

〝レジェンド〟葛西紀明氏の進化

 冬季五輪では日本人最年長メダリストの誕生だ。ソチ五輪スキージャンプ男子ラージヒルで葛西紀明が41歳254日にして銀メダルを獲得した。続く団体でも銅メダルを手にした。

 今季、W杯で4回表彰台に上がっている葛西は海外の選手からも「レジェンド」(伝説)と呼ばれている。

 オリンピックはアルベールビルからソチまで7大会連続出場。リレハンメルで団体銀メダリストとなったが、個人でのメダルはなかった。

 だから、会心の笑みを浮かべて、葛西はこう語ったのである。

 「自分の力で取ったメダルなので(団体戦の)20年前とは比べものにならないくらいうれしい。自分で自分を褒めたいと思っていますけど、完璧なジャンプをして金メダルを獲りたい気持ちが強い」

 レジェンドは、既に4年後のピョンチャン(韓国)を見据えているようだ。

 「もちろん狙っています。次の五輪では45歳、その次は49歳。でも自分の体力と技術は、もっと向上すると思っている。あきらめないでいけるところまでいきたい」

 ソチでの葛西の空中姿勢は、素人目にも「完璧」に映った。低い飛び出しから両足を大きく開き、まるでムササビのように風を切る。両手は指まで開いて風をワシづかみにする。

 長野五輪個人ラージヒル、団体金メダリスト船木和喜の解説が腑に落ちた。

 〈踏み切りで上半身を使わないため、スキーと上半身の位置が最初から近い。ここから前傾を深めていくため、他の選手に比べスキーと体の位置が近く、スキーのぶれにつながる横風の影響を受けない。〉(スポーツニッポン2月17日付)

 聞けば、葛西は立ち幅跳びで3㍍以上を記録する跳躍力の持ち主だという。それがスキー板の安定につながっているわけだが、それだけではあるまい。腹筋、背筋が強くなければ、あの低い空中姿勢を維持することはできないだろう。

 つまり41歳での銀メダルは節制と人並みはずれたトレーニングの成果だと考えることができる。レジェンドは1日にして成らず、である。

 振り返れば、ジャンプはイノベーションの歴史でもある。

 あまり知られていないが1955年頃までは空中で腕をグルグル回していた。1㍍でも距離を稼ぎたいと考えたのだろう。

 その後はスキー板を並行に揃え、腕を太ももにピタリと付けるスタイルが主流となった。

 私たちの世代にとって忘れられないのは笠谷幸生、金野昭次、青地清二の〝日の丸飛行隊〟が金、銀、銅を独占した72年の札幌五輪だ。

 2枚のスキー板を丁寧に揃え、まるで空中で〝気を付け〟をしているような笠谷の飛型は〝ジャンプの教科書〟とされた。着地の瞬間は、ヒザをくの字に折り、両腕を水平にピンと伸ばした。文句の付けようのないテレマークだった。

 ところが80年代後半になってV字ジャンプが台頭する。スウェーデンのヤン・ボークレフという選手が発案者だったといわれている。

 ボークレフは、この独特のスタイルで89年にW杯総合優勝を果たした。スキー板をV字に開くことで、揚力を得る面積が広くなった。距離にすると従来の飛び方よりも6、7㍍は伸びたといわれている。

 日本が団体で銀メダルを獲得した94年のリレハンメル、金メダルを獲得した98年の長野はV字ジャンプ全盛の頃である。

 とりわけ個人と団体で2冠となった船木のジャンプは、当時の完成型だった。低い飛び出し、微動だにしないフォーム。船木は時折、スキー板の間から顔をのぞかせながら風の中を滑走した。

 羽ばたくのではなく、オオワシのように大気を切り裂き、そして滑るのだ。天気のいい日には、グライダーのように見えた。

 この頃、著名なジャンプのコーチに聞いたことがある。

 「ジャンプの技術改良は、いったいどこまで進みますか?」

 「いや、もうV字が最後でしょう。これ以上はないと思います」

 ところが、である。41歳の葛西のジャンプを見ていると、明らかに進化を遂げている。空中姿勢はV字というより、H字に近い。以前に比べて、揚力を得る面積は、さらに広くなっているように映る。風洞実験を重ねた成果だと言えよう。

 ジャンプの技術は、いったいどこまで進化するのか。それを体現できるジャンパーがいるとするなら、8大会連続五輪出場を視野に入れる葛西を措いてほかにはいない。体に刻み込まれたイノベーションの歴史こそが、彼の最大の強みなのだろう。

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

家族葬のファミーユは家族や親族など故人の近親者だけで施設を貸し切って行う「家族葬」のパイオニアだ。創業者・高見信光氏は異端児と言われながらも旧態依然とした業界を変えてきた。その思いに共感し、異業種のリクルートから転じて社長を引き継いだ中道康彰氏も業界の常識を打ち破るため奮闘している。文=榎本正義(『経済界』2…

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年10月号
[特集] 進撃のスタートアップ
  • ・スタートアップ・エコシステムの活性化
  • ・[スパイバー]2万5千円のTシャツは完売 実用化が迫った人工クモの糸
  • ・[Rhelixa]エピゲノム関連の研究・開発で人類の役に立つ
  • ・[チャレナジー]台風発電でエジソンになる ビジネス展開は「島」から
  • ・[エイシング]エッジで動く超軽量AIでリアルタイムに予測制御
  • ・[キャディ]製造業に調達革命! 町工場は赤字から脱出へ
  • ・[Clear]目指すは日本酒産業のリーディングカンパニー
  • ・[空]「値付け」の悩みを解決するホテル業界待望のサービス
  • ・宇宙ビジネスに民間の力 地球観測衛星やロボット開発
  • ・71歳で環境スタートアップを立ち上げた「プロ経営者」
[Special Interview]

 荻田敏宏(ホテルオークラ社長)

 「The Okura Tokyo」をショーケースに海外展開を進めていく

[NEWS REPORT]

◆戴正呉会長兼社長を直撃! なぜ、シャープは復活できたのか?

◆アスクル創業社長を退陣させた筆頭株主・ヤフーの焦り

◆サービス開始から3カ月で撤退 セブンペイ事件の背景にあるもの

◆絶滅危惧種ウナギの危機 イオンが挑むトレーサビリティ

[特集2]

 富裕層は知っている

・富裕層の最大の使い道は商品ではなく次代への投資

・シンガポールからケイマン諸島まで 資産フライトはここまで進化した

・年間授業料100万円超は当たり前 教育投資はローリスクハイリターン

・最先端の人間ドックは究極のリスクマネジメント

・家事代行サービスで家族との時間を有効活用

ページ上部へ戻る