文化・ライフ

 江戸の豪商の巨大店舗である大店(おおだな)では、上から主人、番頭、丁稚、小僧という順序の縦社会のなかで、目下の者はなかなか自分の意見が言えませんでした。

 ところが、有能な番頭は「苦しゅうない、お前はどう思うか言ってごらん」と、小僧たちの意見にも必ず耳を傾けたそうです。流行や売れ筋商品を予測したいとき、客の所に届け物をしたり、使い走りで出掛けたりすることが多い丁稚や小僧のほうが、町で直接お客さんの声を聞いていることから、消費者のニーズにつながる情報をつかんでいるだろうと判断したからです。

 江戸では、ひとりで100人もの部下を育て使いこなすことを「百人番頭」と呼び、高く評価したそうです。優秀な番頭は目下の者にも気を配り、誰の提案であってもまずは話をよく聞いて、すぐれた意見ならば即採用していたということ。部下の資質を見抜き、能力を引き出すことも上司の役目だと考えたようです。

 立場の強い者の意見や多数決だけで物事を決めず、目下の者や少数派の意見にも柔軟に対応し、〝異なる意見も尊重する〟心意気を、江戸しぐさでは「尊異論」といいます。

 また、「江戸の歴史は十当(とうあたり)」といって「江戸に暮らす人の数だけそれぞれ違った江戸がある」という徳川吉宗の言葉がありますが、江戸の町では考え方も十人十色。個性さまざまな異文化のるつぼでした。それにもかかわらず、異質なものを柔軟に受け入れ、センスある会話や振る舞いが身についている人を見習い、自分にとって良きもの、江戸にとって良きものをどんどん取り入れて実践する気風がありました。

 相手を尊重しながら共生を保つことのできる寛容さは、日本人らしい誇るべきアイデンティティーの1つでしょう。

 そうした環境の中で、人々の感性と創造力が養われ江戸全体の美意識が高まり、心が備わったことで経済も成長し、豊かな時代が築かれたのだと思います。

 現代にもその精神が垣間見えるお話があります。

 HONDAの創業者・本田宗一郎氏は、環境破壊を危惧した若い技術者たちによる冷却エンジンの開発に対し、複雑な思いがあったそうです。その新しい製品を採用することは、技術者として自身が開発したこれまでの技術を捨てることになるからです。しかし、時代に則した若者の意見をとり入れることを選択し、結果として会社の発展、国の産業の発展に貢献することとなり、「未来の子どもたちに青空を残す」というスローガンは、今も多くの人から指示を集めていますね。

 和を尊ぶ日本人の精神が根底にある、江戸しぐさ「尊異論」が伝えたい大切なことは、柔軟で寛容な心が物事を成すということ。人の上に立つリーダーに必要な心構えですね。

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