文化・ライフ

傘かしげから見る思いやりと共生

 江戸しぐさは、2004年に公共広告機構(現ACジャパン)のCMや東京都内の駅のポスターなどで紹介されたことがきっかけとなり、現在は、小中学校の道徳教育や企業研修などさまざまな場面で取り入れられるようになりました。その中でも「傘かしげ」は、江戸しぐさの精神を分かりやすく示す代表的なしぐさで、現代の日常に役立つ心構えを伝えています。

 雨や雪の日、せまい路地で傘をさして人とすれ違うとき、傘の先が相手に当たったり落ちた滴で濡らさないよう、お互いの傘をサッと人のいない外側に傾けます。

 江戸では、この「傘かしげ」の心が身に付いている人は真の江戸っ子とみなされ、人々は日頃からこのしぐさを挨拶のように交わし合ったそうです。

 今でこそ、ビニール傘の出現で傘は消耗品として扱われがちですが、職人さんが油紙を貼って1本ずつ丁寧に仕上げたその時代の「番傘」や「蛇の目傘」は、庶民にとっては高価な貴重品だったため、骨の部分が折れてしまったときは、油紙をきれいに剥がして新しい骨に貼り直して再び使うなど、1本の傘を非常に大切に扱っていました。箕笠や遠出するとき用の合羽も出回っていたようですが、臨機応変に道を譲り合う心は同じでした。

 人口が密集した江戸の町方で生まれたこのような〝往来しぐさ〟は、どちらか一方ではなく、両者が共生の精神を持って気遣い合ってこそ成立するのです。その時代もやはり、できそうでできない努力目標でもあったのだと思います。

 さて、「傘かしげ」は、単に日本人らしい道徳心を伝えたり、傘のマナーを教えたいわけではありません。

 「傘かしげ」と命名された、すれ違いざまにお互いの傘を傾ける具体的なしぐさをとおして、江戸しぐさが伝えたい真意はその先にあります。それは、相手への〝思いやり〟と一対に無用なトラブルを未然に防ぐ〝危機管理〟への思いが暗に込められているということなのです。

 ちょっとした思いやりの心を自ら実践していけば、もめ事は減り、健全な人間関係のもと商いを円滑に行うことで個々の生活が潤えば、社会全体の経済も潤い、自然と争いのない豊かな社会を形成することができ、やがて国の平和につながるということを、江戸の商家のトップたちは悟っていたのです。

 ノブレスオブリージュにも匹敵すると言われる、人の上に立つ者の心得である江戸しぐさが伝える共生の精神の背景には、小さな思いやりが大きな平和につながる。そんな願いが託されているのです。

 大切なことは、ごく身近な日常の中にある当たり前を反復することから始まるのかもしれません。あらためて、あなたも「傘かしげ」を実践してみませんか?

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