マネジメント

筆者プロフィール

松嶋洋(まつしま・よう) 元国税調査官・税理士。2002年東京大学卒業後、金融機関勤務を経て東京国税局に入局。07年退官後は税理士として活動する傍ら、国税調査官の経験を生かし、税務調査対策のコンサルタントや執筆活動も行う。

 

税務調査における「一筆」と「聴取書」の違い

 第16回の連載で申し上げた一筆(リスクヘッジのためあらかじめ納税者に提出を求める反省文)について、近年非常に興味深い資料が出されているので、紹介します。

 この資料は、去る平成23年12月、大阪国税局が行った税務調査が「威圧誘導」という強権的なもので違法、と判断された事例を受けて作られ、税務調査官が税務調査先から一筆などの書面の提出を要請する場合に守るべき業務処理マニュアルです。ここでは、提出を強制したと判断されないように、税務職員に慎重な処理が求められています。

 非常に目を引く記述は、「(一筆は)調査関係者が自主的に提出するものであるから、調査担当者等が強要し作成したと疑われないように言動、文言の記載等には注意する。」というものです。一筆は納税者が任意に提出するものとされていますが、納税者の思うように文章を書いてもいい、となると、法律的に税務署に有利な内容が記載されるとは限りません。

 このため、一筆は「隠ぺい」や「仮装」という、税務署に都合のいい税法の専門用語を紛れ込ませ、税務調査官が文章の下書きをした上で、(半ば強制的に)その通りに書かせて署名押印させることが通例でした。

 しかし、「隠ぺい」や「仮装」という用語は、税法の専門用語で、一般人はあまり使わない言葉です。仮に一筆にこのような用語が書かれていれば、多くのケースで税務調査官が強制した、という判断がなされる可能性が高い、と言えます。

税務調査における聴取書は一筆より証拠能力が高い

 次に、このマニュアルでは、一筆を「確認書」というタイトルで表現しています。

 事実関係の確認を行うために、納税者から提出するものだから確認書、という趣旨なのですが、こうなると反省文としての一筆は不適正、という判断がなされることになります。結果として、このマニュアルの内容を税務調査官がきちんと理解していれば、一筆に係わるトラブルは相当程度減ることになる、と考えられます。

 このマニュアルには、一筆に代えて今後増えると見込まれる、「聴取書」と言われる文書の作成についても記載されています。「聴取書」は、税務調査官が納税者などにヒアリングをしながら作成される、質疑応答録をいいます。

 インターネットで「聴取書」を検索していただくと、「犯罪の捜査に当たり、検察官・司法警察職員などが被疑者・証人・参考人などの供述を記録した書面」という説明が見られます。税務調査は犯罪捜査ではありませんので、税務調査官が作成する「聴取書」は同一のものではありませんが、イメージとしてはほぼ同じです。

 事実、裁判における証拠能力、という観点からは、税務署の「聴取書」と検察官等の「聴取書」は大きく異なるものではないとされています。語弊がありますが、一筆の証拠性を強化させたものが「聴取書」です。

 実務上、このような「聴取書」は従来、極めて悪質で、金額の大きな不正取引を発見した場合に限り作成される、とされていました。「聴取書」はヒアリング内容を正確にボールペンで手書きするなど、作成に非常に大きな手間がかかりますので、多くの場合、税務調査官の手間がかからない一筆で代用していたからです。

 しかしながら、一筆の内容に大きな制限がかかり、リスクヘッジの効果が期待しにくくなることもあって、今後はこの「聴取書」を作成する局面が増えざるをえないのでは、と思われます。

「聴取書」の作成が行われる場合に注意しておくべき点は、税務調査官が作成した後に、その内容のチェックと署名押印を求められることです。一筆と同様、聴取書の署名押印を拒否しても問題はありませんが、本人がチェックをしたことは聴取書に明記されることとされています。結果、異議を申し出なければ、書かれている内容は正しいことになるのです。

 一筆とは異なり、聴取書の証拠能力は極めて大きいので、事実との相違はないか、不利な文言が書かれていないかじっくり確認する必要があります。

 

筆者の記事一覧はこちら

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

高校中退、ITスキルなしの17歳の青年が立ち上げた会社が、わずか2年で利用企業約500社、ユーザー約6万人のアプリを運営するまでに成長している。「世の中を変えたい」という思いを原動力に突っ走る谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長に話を聞いた。(取材・文=吉田浩)谷口怜央氏プロフィール…

Wakrak(ワクラク)社長 谷口怜央氏

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る