文化・ライフ

坪田一男(つぼた・かずお)慶応義塾大学医学部教授。1955年東京都生まれ。慶応義塾大学医学部卒業後、日米の医師免許取得。米ハーバード大学にて角膜フェローシップ修了。角膜移植、ドライアイ、屈折矯正手術における世界的権威。再生角膜移植のほか、近視・乱視・遠視・老眼などの最先端の治療に取り組む。近年は研究領域を抗加齢医学=アンチエイジング医学に広げ精力的に活動。日本抗加齢医学会理事、日本再生医療学会理事など。著書に『老けるな!』(幻冬舎)、『長寿遺伝子を鍛える』(新潮社)、『ごきげんな人は10年長生きできる ポジティブ心理学入門』(文春新書)ほか多数。

 

遺伝子検査で分かる乳がんの生涯発生率

 米女優アンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんの予防のため、両乳房を切除したというニュースは、日本にもさまざまな議論を巻き起こしている。

 報道によれば、彼女の母親は乳がんのために57歳で亡くなっており、遺伝子検査の結果、彼女自身も87%の確率で乳がんになることが分かったため、今回の手術に踏み切ったのだそうだ。その結果、乳がんになる確率は5%未満に低下したという。

 現在、乳がんは世界的に増加傾向にある。日本でも近年増加し続けており、今や1年間で新たに乳がんと診断される女性の数は約6万人。患者数では女性のがんの第1位(2008年国立がん研究センター調べ)だ。日本人女性が生涯で乳がんにかかる確率は16人に1人ともいわれている。そんな中、注目されているのが遺伝子検査だ。

 両親や兄弟姉妹などの血縁者内で多く発生しているがんは「家族性がん」「遺伝性がん」と呼ばれる。

 乳がんや卵巣がんの場合、それぞれ全体の5~10%、10~15%が遺伝的なものといわれており、近年の研究で、乳がんや卵巣がんの遺伝性がんには、「BRCA1」「BRCA2」と呼ばれる2種類の遺伝子の変異と深い関係があることが分かっている。この遺伝子変異の有無を血液で検査するのが「BRCA1/2遺伝子検査」だ。

 アンジェリーナさんの場合、検査の結果乳がんになる確率は87%、卵巣がんになる確率は50%と非常に高い確率だったと報道されているが、米国立がん研究所(NCI)などの調査によれば、BRCA1あるいはBRCA2のどちらか一方、あるいは両方に変異のある女性が一生のうちに乳がんを発症するリスクは約60%。一方、変異がなかった人が乳がんを発症するリスクは12%だそうだ。

 また、米スタンフォード大の研究報告では、BRCA1に変異がある女性の場合、将来乳がんになる可能性は65%、卵巣がんになる可能性は39%。BRCA2の変異がある場合、それぞれ45%、11%の可能性があるという。

 ただ、遺伝子検査でBRCA1やBRCA2に変異が見つかったとしても、必ず発症するというわけではない。そのため、まだがんを発症していない健康な乳房を切除することに関しては、遺伝子検査先進国の米国でも賛否両論ある。実際、遺伝子検査で変異が見つかった人の多くは、こまめな定期検診で対応しているそうだ。

日本でも実施への動きが始まっている乳がんの遺伝子検査

 日本でも、乳がんの遺伝子検査は09年から実施されている。また、聖路加国際病院では、既に遺伝子変異が見つかった人を対象とする乳房の切除・再建手術が院内の倫理委員会に承認されている。また、がん研有明病院でも院内倫理委員会への申請を表明しており(5月20日現在)、乳がんの新たな予防法として注目されている。

 米国では、遺伝子検査でBRCAに変異がなかった人が乳房切除手術を受けたり、病巣の摘出だけですむ初期段階で乳房切除するケースも増えているそうだが、恐らく日本では、まだ健康な乳房にメスを入れることに抵抗感を持つ人のほうが圧倒的に多いだろう。

 今回のニュースを聞いて、僕は眼科のレーシック手術のことを思った。レーシックもまた、近視や遠視を治すために健康な角膜にメスを入れる術法のため、その是非をめぐっては16年前の日本導入当初からさまざまな議論があった。だが、今では需要も高まり、特に珍しい手術ではなくなっている。乳房切除も、将来は乳がん予防の一般的な選択肢のひとつになるのだろうか? もし僕が女性だったらどうだろう?

 もちろん、医療が進歩して選択肢が増えるということは非常に喜ばしいことだと思う。ただ、身体にメスを入れるということ自体、決してノーリスクとは言えない。

 また、たとえ全く同じ遺伝子を持って生まれた一卵性双生児でも、生活習慣や環境によって遺伝子の発現状況は異なってくるわけだから、定期的に検診を受けつつ、食事や運動に気を遣い、乳がん遺伝子が発現しないように管理するという選択肢もアリだな、と個人的には思う。さて、もしあなたならどんな選択をするだろう?

 ちなみに、遺伝子検査や予防目的の乳房切除・再建手術は基本的に保険の適用外で、決して少額とは言えない。ともかく、女性の皆さんには、ぜひ毎年乳がん検診を受けていただきたい。愛する娘や奥さんにも検診を勧めよう!

★今月のテイクホームメッセージ★

 乳がんは増加傾向にある。女性のみなさんは、ぜひ毎年乳がん検診を!

筆者の記事一覧はこちら

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

「消費者が電力の供給者を自由に選択できる時代へ」―― 再エネ主体の「顔の見えるでんき」をコンセプトに掲げるみんな電力が目指すのは、富が一部の人々に独占されないフェアな世界だ。法人顧客を中心に、同社への支持が集まっている理由を大石英司社長に聞いた。(吉田浩)大石英司・みんな電力社長プロフィール 消費者が発電事業…

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る