政治・経済

炭素繊維世界最大手の東レが9月末に米・炭素繊維メーカーであるゾルテック社を買収した。今まで航空機などの先端分野に経営資源を集中していた東レだが、ゾルテック社が扱うのは汎用性が高い別のタイプ。あえて拡大していく狙いを追った。 (本誌/古賀寛明)

炭素繊維のメリットとは?

構造材の50%を炭素繊維複合材が占めるボーイング787

構造材の50%を炭素繊維複合材が占めるボーイング787(写真=ANA)

 「強くて軽い」炭素繊維が、近年注目を浴びるようになった要因の1つに、大幅な航空機への使用が挙げられる。

 エアバス社、ボーイング社のどちらの予測でも、今後20年間で、航空機は新たに3万機から3万5千機ほどつくられるようだ。金額に換算すれば500兆円に迫る。

 その背景には、東南アジアや南米がけん引する経済成長とLCCの世界的な活況がある。

 航空会社にとって燃料費の軽減は各社必須の課題である。環境問題に対する意識の高まりを考えれば、燃費効率の高い航空機に人気が集まるのは当然のことだ。

 鉄に比べ重さは4分の1、強さは10倍、硬さも7倍、おまけにさびないという夢の新素材の炭素繊維は、全日空がローンチカスタマーとしてボーイング社とともに開発にも携わったボーイング787でも目玉になった。機体の構造材の50%を炭素繊維複合材が占めるこの航空機は、3%ほどしか使っていない767という機材に比べ、大幅な軽量化を可能にし、20%もの燃費の向上に役立った。さらに、耐久性が増したことで、メンテナンスコストが減少するなどメリットは多い。

米企業を買収する東レの狙い

 東レは、エアバス社を傘下に収めるEADS社と炭素繊維の供給では2011年から15年間の長期契約を結ぶ一方、ボーイング社とも東レ独自の技術を導入したことで単独供給を行う。

048_20140107_08 今後新たに投入される新型機には必ずと言っていいほど、炭素繊維複合材が使用されるはずで今後の見通しは明るい。

 好調な航空機需要を押さえ、炭素繊維の中でも高機能、高品位のレギュラートウへの経営資源集中がうまくいっているといえる東レだが、今回、汎用性は高いが、単価の下がるラージトウ炭素繊維メーカーである米ゾルテック社をあえて買収する意味はどこにあるのだろうか。

 東レ広報は、「確かに航空機関連で利益を生み出していますし、需要の伸びは今後も楽しみですが、総量で考えれば影響は限定的です。現在、産業用途の伸びが飛躍的に拡大していますから、ゾルテック社のラージトウを手に入れたことでその分野に対して新たな手が打てますね」と語る。

 確かに、今後20年間で3万機製造されたとしても、年間1500機程度だ。小型機が中心である現状を考えれば、たとえ鉄の40倍の価格といえど、絶対量は限られ、売り上げも伸びない。

 一方、伸長著しい産業用途は、シェールガス運搬の圧力容器をはじめ、圧縮天然ガスや水素のタンク、風力発電のプロペラ、送電線の芯材など用途は幅広い。今回買収したゾルテック社の生産するラージトウは、ヨーロッパで最大の需要がある風車に使用される。また、送電線の芯材も軽さと硬い性能を利用すれば、たるみが抑えられ、広い国土を持つ国であれば、鉄塔間の距離を伸ばすことができる上、送電コストを減らせるなど可能性に満ちている。

炭素繊維の新たな有望市場で増す東レの存在感

 今でも、炭素繊維の将来性を疑う者はいないが、一方で継続の難しい事業だといわれている。欧米企業は軒並み撤退、もしくは事業縮小しており、生き残りは非常に難しい。そんな中、東レを筆頭に帝人系の東邦レーヨン、三菱レイヨンの日系3社が長く業界を引っ張ってきたのには、日系企業の培ってきたアクリル原糸の性能の良さが寄与しているそうだ。

 東レは、1971年の事業開始より赤字を出しながらも技術開発を進め事業を継続してきた40年以上の歴史がある。ついに航空宇宙関連などの高機能用途にめどをつけ、年率15%の伸びを示す市場を背景に汎用性の高い分野への新たな一歩を踏み出したといえる。

 新たな有望市場としては、自動車向けの用途が挙げられる。

 今はまだ高級車の一部分に使用されているにすぎないが、車体に炭素繊維を使用することになれば、今後飛躍的に拡大する分野になるはずだ。

 しかし、まだ導入されないのには当然理由もある。現在のラインでは部品同士を溶接して完成させていくが、炭素繊維を使用する場合は、一度に成形する必要が出てくる。衝突安全性の向上や組立工数の削減に寄与するのだが、新たにラインをつくらなければならないため、自動車メーカーの英断が求められる。

 無論、東レも黙っていない。11年には、自らEV(電気自動車)コンセプトカーをつくり、次世代型の戦略を提案、各自動車メーカーを刺激している。

 既存の納入先に対しても、炭素繊維での納入ではなくプレプレグという樹脂を染み込ませたシート状の中間基材や成形品にするなど付加価値を高めて単価をあげている。前出のボーイング社への供給でも、機体に鳥などの物体が衝突した場合、金属に比べ衝撃を吸収する力が弱かった。しかし、プレプレグの層に粒子を混ぜることによって従来の金属よりも強度を持たせることに成功している。

 東レの総売上高の中でも、炭素繊維事業は、まだ15%前後だが、「技術者は、まだ炭素繊維の能力の10%〜20%の能力しか引き出せていないと言っています」(同広報)

 待ちに待った夜明けは、もうすぐかもしれない。

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年5月号
[特集] 巻き込む力
  • ・高岡浩三(ネスレ日本社長兼CEO)
  • ・唐池恒二(九州旅客鉄道会長)
  • ・河野 仁(防衛大学校教授)
  • ・入山章栄(早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)
  • ・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
  • ・中竹竜二(日本ラグビーフットボール協会理事)
  • ・時代も国境も超えた普遍のリーダーシップを学べるベストブックス
[Special Interview]

 小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)

 イノベーションを起こすために「人間とは何か」を問う

[NEWS REPORT]

◆零細企業でも活用できるインターネットM&A最前線

◆業界再編はあるのか 日本製鉄、巻き返しへの一手

◆技術研究所を解体してホンダは何を目指すのか

◆新型コロナウイルス治療薬 なぜ日本企業は創れないのか

[特集2]

 経営者に贈る「イロとカネの危機管理」

ページ上部へ戻る