マネジメント

イノベーション創出に影響を与える規制

 

 国レベルあるいは、産業レベルでイノベーションの創出を促進しようと思ったら、あなたならどうするだろう。研究開発に資金を投じるだろうか。設備投資を促進することも考えられる。あるいは、人材の育成を急ぐだろうか。

 ある地域でのイノベーションの創出に大きな影響を与えるものの1つが規制である。成長戦略の一環として、京浜臨海部ではライフイノベーションを、福岡や北九州ではグリーンイノベーションの促進を目指し特区が設立されている。そこでは規制緩和がなされるとともに、さまざまな実証実験が行われている。

 しかし、特区では都市部のマンションの容積率の緩和などであり、大胆な規制緩和が進んでいるとは言えない。政府による規制は企業にとっては、重要な環境要因である。ノーベル経済学賞を受賞しているダグラス・ノースなどの制度の重要性を説く経済学者は、規制などの制度をゲームの構造としてとらえており、経済のパフォーマンスに大きな影響を与えるものと考えている。

 規制緩和はイノベーションに大きな影響をあたえる。例えば、米国における1984年のAT&Tの分割は大きなインパクトがあった。AT&Tはグラハム・ベルのベル電話会社が前身である伝統のある会社であり、米国の電信電話通信において支配的な企業であった。これが反独占訴訟の結果、解体され、米国の通信産業は自由競争へとオープンになった。多くの新規参入企業が現れ、競争が促進された結果、米国における通信料金は大幅に低下。これが米国におけるICT産業の興隆を大きく後押しした。現在のLCCのビジネスモデルを構築したサウスウエスト航空も、米国の民間航空産業が78年に規制緩和された時に新規参入した企業であった。

 もちろん、規制緩和を行えばすぐにイノベーションが生まれるわけではない。競争にさらされた既存企業の競争力が大きく減じることも考えられる。

 また、規制を強化する方向でもイノベーションは誘発される。ホンダの低公害エンジンであるCVCCは規制の強化がイノベーションを生み出した良い事例である。70年のアメリカの排ガス規制(マスキー法)は、当時としてはかなり厳しい環境規制であると考えられていた。米国のGMやフォード、クライスラーなどは、この規制をクリアーするのは技術的に困難であるため、と主張していた。しかし、ホンダはいち早くこの環境規制をパスするCVCCエンジンを開発し、米国市場において大きくそのシェアを伸ばしたのである。

 

イノベーション生成における新規参入企業の役割

 

 規制を単純に緩和したり、あるいは強化したりすればイノベーションが生み出されるわけではない。ポイントは、新規参入企業へのチャンスである。イノベーションの生成には新規参入企業が大きな役割を果たしている。コロンビア大学(現在は、ハーバード大学)のマイケル・タッシュマンとコーネル大学(現在は、インシアード)のフィリップ・アンダーソンは、ミニコンピューター、セメント、そして飛行機産業を分析し、どのようなイノベーションがどのような企業によって生み出されているかを明らかにした研究で大きな注目を集めた。

 彼らはイノベーションを次の2つに分類している。

 1つ目はインクリメンタルな変化を通じて、既存の企業の強みをさらに強化するようなイノベーションである。内燃機関で競争力を築いてきた自動車メーカーにとっては、ハイブリッド・エンジンはこのタイプのイノベーションである。

 もう1つのイノベーションは、既存企業の競争力を大きく破壊するようなインパクトのあるものである。例えば、電気自動車(あるいは電気スクーター)、グーグルによる自動運転などはこれにあたる。これらはわれわれの生活を大きく変えるインパクトを持ち得るイノベーションであり、業界地図も大きく変わる可能性がある。

 タッシュマンとアンダーソンは、1つ目のイノベーションは既存企業によって生み出されている一方で、後者のイノベーションを生み出しているのは新規参入企業であるということを明らかにした。既存企業は自社の競争力を強化するイノベーションには力を入れるものの、業界地図を大きく変える可能性のあるイノベーションをわざわざ自ら起こそうとはしないわけである。

 インパクトの大きなイノベーションは、新規参入企業によって生み出される。規制緩和をしたとしても、新規参入企業が現れなければイノベーションの創出への効果は小さいものとなる。日本にはインクリメンタルなイノベーションは多いが、ラディカルなイノベーションは少ない。この理由のひとつは、新規参入の少なさにある。10年前、あるいは20年前から業界の顔触れが変わらないところでは大きなイノベーションは期待できない。

 イノベーションという側面から規制を考えるとき、新規参入の可能性を広げるという観点は重要になる。日本が本当に成長しようとする時、そこで主役となるメーンプレーヤーは必ず新規参入企業であるはずだ。

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