政治・経済

三菱重工業が開発中の国産ジェット旅客機「スペースジェット」。初飛行から4年が経過し、来年にはANAに第1号機を納入する予定だが、この納期が延期される可能性が出てきた。これまでにも延期を繰り返しており、事業として成り立つか暗雲が漂う。なぜスペースジェットは離陸できないのか。文=関 慎夫(『経済界』2020年1月号より転載

 

YS-11のリベンジを図る

 

 「スケジュールを今見直しているのでコメントは避ける」

 三菱重工業が10月31日に開いた中間決算会見で、泉澤清次社長は、同社が開発中の小型ジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」の開発スケジュールについてこう語った。これまでに5回、納入スケジュールを見直してきたが、10月に6回目の延期報道が出たことを踏まえての発言で、納入延期を否定しなかった。

 スペースジェットは、三菱重工の社運を懸けた純国産旅客機プロジェクトだ。

 戦後、飛行機製造がGHQに禁止されたため、日本の航空機産業は大きく出遅れた。そのため、これまで開発・製造された国産旅客機(ビジネスジェットを除く)は1962年に初就航した「YS-11」のみだった。

 YS-11の開発も三菱重工が中心に行ったが、製造が半官半民会社だったこともあり、販売拡大ができなかった。その結果、生産はわずか182機にとどまり、100億円以上の赤字となった。三菱重工にとってスペースジェットは、それ以来のチャレンジであり、リベンジでもある。

 

低燃費の優位性をアピール

 

 プロジェクトが動き始めたのは2000年代初めのことだった。最初は経産省の主導によるもので、03年に三菱重工が開発することが決定、具体化に向け進み始める。07年には飛行機の名称がMRJ(三菱リージョナルジェット)に決まり、08年にはANAがローンチカスタマーとして25機を正式発注。三菱重工は事業化のための完全子会社、三菱航空機を設立し、11年に初飛行、13年に納入すると発表した。しかし順調だったのはここまで、以降スペースジェットは苦難の道をたどる。

 どんなプロジェクトであれ、達成までには紆余曲折があり、計画の見直しを迫られることは珍しくない。しかもそれが未経験の分野ならなおさらだ。

 スペースジェットも設計変更などがあり、09年には一度目の初飛行および納入計画の延期を発表するが、その後も4度延期され、結局、初飛行が行われたのは15年11月11日だった。

 当初計画から4年遅れだったが、それまでの売り込みは順調で、初飛行時点で400機以上の受注があった。当初、三菱重工では、750機の納入で投資回収できるとみており、その半分以上を確保することができていた。

 MRJは70~100席の小型ジェット航空機。LCCの需要の急増もあり、このクラスの航空機の需要は今後さらに高まると予測されていた。競合相手には、カナダのボンバルディア、ブラジルのエンブラエルがいる。

 しかしMRJは機体素材に炭素繊維を使用するとともに空気抵抗の少ないデザインを採用して燃費を向上させることで、ライバルより優位にあることを積極的にアピールしていた。

 原油価格は05年頃から上がり始め、08年には1バレル=100ドルを突破、一時147ドルの高値をつけた。その後リーマンショックにより価格は急落するが、今後どうなるかは予断を許さない。加えて、地球環境問題もあり、世界の航空会社の低燃費航空機への需要は根強い。開発に遅れが出ながらも、MRJの受注が好調だったのはこうした背景があった。

 しかも初飛行後は、各国で開かれる航空ショーに出展し、そこで受注活動ができる。あとは各種試験を行い、型式証明(TC)をとり、17年4~6月に1号機をANAに納入するのを待つのみと誰もがそう考えた。

スペースジェット

初飛行から4年が経ったMRJ(現スペースジェット)だが、就航はいつの日か

 

米航空会社が100機の発注をキャンセル

 

 ところが初飛行から1カ月後の12月24日、納入を18年中頃へと、1年以上先送りすると発表、4度目の納入延期が明らかになった。さらに17年1月、納入開始が20年半ばになると、2年の延期を発表した。

 延期の理由はさまざまだが、試験を進めるうちに主翼の強度不足、空調設備の不具合などが判明。そのたびに設計変更などを迫られ、それがスケジュールを狂わせていった。

 それでも、19年5月に開いた決算会見で泉澤社長は、TC取得が前提としつつも「順調」であることを強調していた。また機体名をスペースジェットへと変更することも同時期に発表された。

 しかし、10月19日に日本経済新聞が「納入6度目延期で調整」との記事を掲載、納入予定から1年を切っても、開発がうまく進んでいないとの懸念が浮き彫りになった。

 それを受けて三菱重工では、「型式証明取得に向けて全力で取り組んでいる」との声明を発表したが、その後の決算発表では、冒頭に紹介したように泉澤社長が「ノーコメント」と否定も肯定もせず、納入延期の可能性を強くにじませた。

 悪いニュースはそれだけではなかった。中間決算発表と同じ10月31日、三菱飛行機は傘下に3社の航空会社を持つトランス・ステーツ・ホールディングス(TSH)が、100機の発注をキャンセルしたことを発表した。 

 TSHのキャンセルは、アメリカ国内の規制によるもので、スペースジェットの開発の遅ればかりが原因ではない。実際、今後は違う機種で新たな交渉を行うことになっている。しかし、再交渉ということは、競合会社にもチャンスが回ったということで、スペースジェットが受注できる保証はない。

 

開発遅れでかさむコストと低下する信頼性

 

 航空会社は運航計画に従って機体を発注する。つまり納期が延期されれば運航計画を見直す必要も出てくるため、経営の根幹に関わる重要な問題だ。

 そのため、今後さらなる納期延長となれば、発注をキャンセルするか、違約金の支払いを求められる可能性がある。既にローンチカスタマーであるANAが補償交渉を行っているともいわれている。

 当然、スペースジェットの開発の遅れは、三菱重工の経営にも影響を与える。

 先にスペースジェットの損益分岐は750機と書いたが、納入が遅れれば、開発費は膨らみその数字は大きくなる。

 その一方で、開発の遅れは機体への信頼性を失わせる。そのためかスペースジェットの受注数は、TSHのキャンセルもあって伸びておらず、15年時点で400機を超えていたのに、現在は400機を切っている。12年に三菱重工は今後20年の受注目標を従来の1千機から1500機へと引き上げたが、その目標に対しても黄信号が灯る。下手をすれば、大赤字を出したYS-11の悪夢再びという事態になりかねない。

 三菱重工がこれまでスペースジェットに投資した金額は6千億円を超えるともいわれている。事業会社の三菱飛行機は、納期の遅れにより債務超過に陥ったため、三菱重工は18年12月、1700億円の増資を含む2200億円の資金支援を行った。

 さらには19年6月には、ライバルでもあるボンバルディアの小型機事業を買収した。同事業の買収により三菱重工は、部品の供給やメンテナンスを行うサービス拠点のネットワークを手に入れた。

 

スペースジェットは新・三菱重工の象徴

 

 このように、三菱重工は、スペースジェットのための準備を、長い時間と多額のコストをかけて進めてきた。それだけに、何が何でも成功させなければならないプロジェクトだ。

 三菱重工は、明治維新以降、社会インフラや防衛などの分野で日本とともに歩んできた企業だ。日本経済が成長すれば、三菱重工の規模も大きくなった。

 しかし日本の高度成長が終わった結果、三菱重工の売り上げも伸び悩み、社会インフラのライバルだった米GEや独シーメンスとは大きな差がついた。今後、再成長をするには、従来にないビジネスの進め方をしなければならない。

 その象徴がスペースジェットだ。現在は産みの苦しみの真っ最中にある。この苦しみを経て、新しい三菱重工が生まれるか。今が正念場だ。

 
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