マネジメント

システム開発で顧客のベンダーへの協力は義務

 東京高等裁判所は2013年7月、東京証券取引所がみずほ証券による誤発注の取消処理を適切に行うことができるシステムを提供できなかったとして、107億1200万円あまりの損害賠償の支払いを命じました。また、同年9月には、顧客であるスルガ銀行のシステムに関して、システム開発ベンダーのIBMのプロジェクト・マネジメント義務違反を認め、41億7200万円あまりの損害賠償の支払いを命じました。

 今や会社の業務は、コンピューターシステムの力なくしてはなし得ませんが、コンピューターシステムは、一般的なモノづくり以上に顧客の関与が必要になり、ベンダーの力だけで完成することはできません。そして裁判所もシステム開発に関して、これまで顧客のベンダーへの協力義務を、一定程度、法的な義務として認めています。

 コンピューターシステムの開発プロジェクトの成功には、ベンダーと顧客との間で適切で明確な協力・コミュニケーション体制を構築することが重要になってきます。双方の協力・コミュニケーション体制の構築の一例としては、双方の役割分担、合意事項、合意形成方法、合意(仕様)変更ルールの明確化などを挙げることができます。

 一般的な取引であれば、当事者の合意事項は契約書のみで規定されることが通常でしょうが、システム開発の実務では、これらが契約書のみで規定されることはむしろ少なく、提案書、議事録、議事録添付の説明資料などで合意され、明確化されるケースも多くあります。

 また、裁判所は、コンピューターシステムはベンダーの力だけで完成できないという認識を大前提とし、顧客の協力義務を認めながらも一貫してベンダー側に「プロジェクト・マネジメント義務」を認めてきました。裁判所は、その具体的な内容を示すことによって、ベンダー側がシステム開発でなすべき指針を与えているようにも思われます。

 この2事件のうちスルガ銀行事件では、まさにこの「プロジェクト・マネジメント義務」の存否と内容が争われたのですが、両事件ではほかに、議事録の位置付けや契約書における責任制限条項の適用範囲について非常に興味深く、今後の実務にも大きな影響を与えると思われる判断が示されています。今回と次回の2回に分けて、これらの2点について裁判所がどのように考えているのかを紹介しつつ、顧客(ユーザー)側、ベンダー側の双方が留意すべき点についても併せて示します。

「プロジェクト・マネジメント義務」を認定

 システム開発は、要件定義、基本設計、詳細設計、開発(単体・結合、システムテストを含む)、受入(運用)テストなどの段階(フェーズ)を経て完成に至ります。これらの段階(フェーズ)の中で、基本設計以降、開発フェーズまでに関する契約の法的性質は、一般的に請負契約であると言われています。民法の条文に照らしてみますと、請負契約上、ベンダーが果たすべきは「仕事の完成」(民法632条)、言い換えれば、注文を受けたコンピューターシステムの開発を完成させること、ということができます。しかしその完成には顧客側の関与と作業が必要不可欠です。

 このため裁判所は、ベンダー側に「プロジェクト・マネジメント義務」なるものを認め、義務違反があった場合にベンダーの債務不履行を認めることとしてきました。そして、裁判所は顧客側の関与と作業を得ることを前提に、「プロジェクト・マネジメント義務」の内容として、「合意された納入期限までにシステムを完成させるよう、顧客とベンダーで合意され、あるいは通常利用される開発手法などにしたがって開発を進めるとともに、常に進ちょくを管理し、開発を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処する義務」を求めてきました。この考え方はスルガ銀行事件の第一審判決でも踏襲されました。そして控訴審の東京高裁は、これを一歩進めて、段階別の「プロジェクト・マネジメント義務」の存在を認めました。

 まず、東京高裁は、同義務が契約締結前のベンダーによる企画・提案段階にも存在するとして、ベンダーには自らの提案内容を検証し、その時点で合理的に期待し得る予測可能性を基準として提案上のリスクを顧客に説明する義務があることを認めました。一方、東京高裁はそのような企画・提案段階では、顧客側にもベンダーからの説明を踏まえ、システム開発について自らリスク分析をすることが求められる可能性があることを指摘しました。また、システム開発構想などに一定の修正があることは当然想定されるものであるから、企画・提案段階の計画通りにシステム開発が進行しないことなどをもって直ちに企画・提案段階でのベンダーのプロジェクト・マネジメントに関する義務違反があったとは言えない、と判断しました。

 スルガ銀行事件で東京高裁が示したこの基準が他の事例にも同様に当てはまるかどうか、またこの判示自体の当否については、立場の違いなどからさまざまな評価があり得ますが、システム開発の実情から考えれば、より実態に近い公平な判断がなされたと評価することができ、この点では相当程度の先例的価値があると言えます。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

金利固定化の方法を知る

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メーン銀行との付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

金利引き上げの口実とその対処法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

コミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

所得税の節税ポイント

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

固定資産税の取り戻し方

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

人を育てる「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手に育成するコツ

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

部下の感情とどうつきあうか

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

“将来有望”な社員の育て方

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル  不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。 かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。 この登記簿図書館を…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界9月号
[特集]
人材恐慌 この危機をどう乗り切るか

  • ・企業が脅える人材恐慌最前線
  • ・人材不足の処方箋 働き方改革でどう変わる?
  • ・加藤勝信(働き方改革担当大臣)
  • ・神津里季生(日本労働組合総連合会会長)
  • ・中田誠司(大和証券グループ本社社長)
  • ・若山陽一(UTグループ社長)

[Interview]

 松本正義(関西経済連合会会長)

 2025大阪万博で関西、日本は飛躍する

[NEWS REPORT]

◆第4次産業革命に走る中国、遅れる日本 松山徳之

◆格安スマホに対抗しauが値下げ これから始まるスマホ最終戦争

◆減収続くも利益率は向上 富士通・田中社長の改革は本物か

◆破綻からわずか2年 スカイマークが好調な理由

[政知巡礼]

 野田 毅(衆議院議員)

 「社会保障の安定した財源は消費税しかない」

ページ上部へ戻る