マネジメント

「人間学」をテーマにした月刊誌『致知(ちち)』は、2020年に創刊41周年を迎える。定期購読のみの販売形態ながら根強いファンに支えられ、発行部数は約11万部を誇る。その発行元である致知出版社から、子育て中の女性に向けた別冊『母』が、2019年6月に誕生した。指揮を執ったのは、現社長の娘であり取締役の藤尾佳子氏。同族企業に入社したがゆえの葛藤と、女性ならではの視点から生まれた『母』創刊のエピソードについて語ってもらった。(聞き手=吉田浩)

 

藤尾佳子氏プロフィール

(ふじお・けいこ)致知出版社取締役。大学卒業後、食品メーカー勤務を経て、父親の藤尾秀昭氏が代表を務める致知出版社に経理担当として入社。経営管理室室長として活躍する傍ら、子育て中の女性をターゲットにした雑誌『母』を企画、創刊。月刊誌『致知』がテーマに掲げる人間学と、一児の母として得た経験を活かして、新たな媒体づくりに意欲を燃やしている。

『母』創刊の経緯と雑誌のコンセプト

 

―― まずは、『母』創刊の経緯から。

藤尾 致知出版社に入社してからずっと、同世代の女性たちにも『致知』を勧めたいと思っていたんですが、雑誌の性質上、いきなりお渡しするのは難しいなと感じていました。

 でも、『致知』には子育てに役立つ記事や女性から反響のある記事もあったので、お母さんたち自身が人間学に触れることによって、視座を高く持てるようになればいいなと。 そこで、自分のママ友にも渡しやすい本であれば手に取っていただけるのではないかと考え、プロジェクトチームをつくってスタートしました。

―― プロジェクトチームのメンバーは女性中心ですか?

藤尾 編集者として男性にも入ってもらいましたが、PRチームは全員女性です。子育て中のメンバーが多く、自分たちの経験を踏まえて話し合いながら、方向性を決めていきました。

―― 雑誌のコンセプトでこだわった部分はありますか。

藤尾 どの年代に向けてPRすれば良いかという部分は、かなり話し合いました。お母さん向けと言っても、お子さんが小学生ぐらいなのか、まだ赤ちゃんなのかによっても変わります。最終的に、5歳ぐらいのお子さんを持つ女性で、お仕事をしながら子育てもしていて、自分自身の人生も豊かになるように頑張っている、というような方を仮想読者として設定しました。

 「発刊に寄せて」のページにも書かせていただきましたが、あらためて思うのは、出産を通じて女性は精神性がすごく高まるのではないかということです。自分自身の経験からも言えますが、子どもを生んだ時を思い出すことによって、目の前でいろんなことがあっても、子どもが今ここにいてくれることだけでもすごい奇跡だと思えるんです。

 読者の方々にも、そんなところに気付いていただけたら良いなという思いがあります。自分の出産経験を記録していたので、それをもとに母子の変化について書かせていただいたところ、ご反響をいただけたのでありがたく感じています。

―― 創刊の狙い通り、読者層は5歳ぐらいの子持ちの女性が多いのですか。

藤尾 フタを開けてみると、中学生くらいのお子さんを持つお母さんが感動してくださるケースが多かったですね。お子さんが反抗期になって、いろんな葛藤を抱えているような方から「涙なしには読めなかった」といった感想をいただきました。

母

育児中の女性に「人間学」を学ぶ機会を提供する雑誌『母』

 

意外な層からの反響があった『母』

 

―― 新しい雑誌媒体を立ち上げるにあたって、どんな苦労がありましたか。

藤尾 『致知』から『母』を出したいという企画を最初に出したのは3~4年前ですが、社内では「冗談でしょ?」みたいな感じで、あまり本気で受け止められませんでした。ただ、子どもの虐待事件などを耳にすることが多くなり、社外から共感してくれる人が増えたこともあって、ようやく企画が実現しました。

 やると決まってしまえば社内メンバーも協力して動いてくれるようになりましたが、そこまでが大変でした。

―― 読者へのPRはどのように行ったのですか。

藤尾 まず、社外の協力者とチームを組んで一緒にやっていこうということで、お母さんたちに影響力のある方々を何人かピックアップして、一人ずつ面談させていただきました。私たちの思いに共感していただけるか、考え方が合うかどうかという部分を重視しました。

―― 協力者にはどういう方がいらっしゃるんですか。

藤尾 個人事業主の女性が多いのですが、たとえばお子さんを生まれてから精神科医の資格を取られた方や、幼稚園を経営されている方など、世の中のお母さんたちとのつながりがある女性起業家の方たちです。

 『致知』の読者層にもアプローチして広げていきました。致知の読者は60代、70代くらいの方が多いのですが、みなさん、大事なことを後世に伝えたいという思いが強くあって、「『致知』から『母』誕生」というチラシを作ったりしたところ、多数のお申し込みをいただきました。

 おかげさまで、発売前に6千冊の予約をいただき、発売後1カ月で1万部を突破することができました。現在の発行部数は1万3千部で、増刷を掛けようとしているところです。

―― 特に反響の大きかったコンテンツは何ですか。

藤尾 有名な方の取材記事も評判が良かったのですが、例えば、アンガーマネジメントの講師をされている島田妙子さんの記事などは特に反響が大きかったですね。

 島田さんは幼少期に、実の父親と継母に6年間にも及ぶ壮絶な虐待を受けた経験があり、何回も施設に保護された経験のある方です。そうしたバックボーンありながら、本当に救ってあげなければならなかったのは父と継母だったという主張をされています。 幼い子の虐待のニュースをよく耳にするので、島田さんの言葉は5歳ぐらいのお子さんを持つ母親に響くかなと考えたのですが、お子さんの反抗期に差し掛かり、怒りの感情が沸いてくることが増えたお母さんたちから、想像以上の反響をいただきました。

 また、これはアンケートを取ってみてわかったのですが、桜美林大学教授である山口創先生の記事「スキンシップが子どもの脳と心を育てる」の記事の人気が非常に高かったです。添い寝やおんぶ、だっこや肩車など、すぐにできるスキンシップが、科学的見地から有用なものであった、という記事は、すぐ取り入れやすく身近なコンテンツのために人気がありました。 お父さんとお母さんのスキンシップで、子供に与える影響がそれぞれ違う、というところも、非常に面白い視点でよかったようです。私自身も勉強になりましたし、

 記事を執筆した男性社員も、家庭で意識するようになって子育てに変化が生まれているようです。

―― 2冊目以降で改善したい点はありますか。

藤尾 創刊号では対談やインタビュー記事を多く掲載したのですが、コラム欄にも意外と多くの反響を頂きました。短い記事の方がお母さん方は読みやすいのかなとも思ったので、そちらをもう少し増やすかもしれません。創刊号では心に訴えるような記事が多かったのですが、次回はお料理など、日々の子育てや生活の中で実践できるような要素も入れていきたいと思います。

藤尾桂子・笹木郁乃

本のPRには社外のインフルエンサーたちの協力を得た(写真右は藤尾氏と共にプロジェクトを推進した株式会社LITAの笹木郁乃代表)

 

藤尾佳子氏が致知出版社に入社した経緯

 

―― 致知出版社の創業者で現社長はお父様の藤尾秀昭氏ですが、入社は既定路線だったのでしょうか。

藤尾 父は仕事が忙しくてあまり家にもいませんでしたし、あまり家族を大事に思っていないんじゃないかとも思っていた時期もありました。子供の頃は致知出版社の本で子どもでも読めそうなものを手渡され、感想文を提出させられたりしていましたね。

 就職活動の時に致知出版社に入れという話もされなかったですし、大学でスポーツ栄養学を専攻したので食品メーカーに就職しました。仕事を始めて1年ほどした頃、父親から渡されたのが、SBIホールディングスの北尾吉孝会長が書かれた『何のために働くのか』という本でした。 それを読んで正直、自分は何をしているのかなと思いましたね。勤めていたのは良い会社でしたが、5時半にチャイムが鳴って終業後は毎日飲みに行くような生活で、このままでいいのかなと悩んでいたところでした。

 それから一カ月くらいたった時に、致知出版社の社外監査役を務めている兄から急に電話が掛かってきて、会社に呼び出されました。当時、ずっと経理の仕事をしてきた方が退職することになったので後釜を探していると。松下幸之助さんと一緒に仕事をされていた顧問の先生がいらっしゃって、ずっと辞めない人に松下流の経理を引き継いでほしいという理由で、私を推薦してくださったとのことでした。

 経理のことは全く分からなかったのですが、兄から「お前ならできると思うよ」と言われて嬉しかったのと、この先ずっと今の会社にいても仕方がないと思ったので、転職を決断しました。

 

出産、育児を経験して起きた心の変化

 

―― 親族の会社に入るのは、良いところも悪いところもあると思いますが。

藤尾 当時は創刊29年で読者も7万人くらいいて、社員たちも社長のことをすごく尊敬している中で、私が入社することによって社長が培ってきた信頼を壊してはいけないなとは思っていました。だから、自分のダメなところは一切見せられない、一生ここでは友人は作らずに、鉄の仮面を被って生きるんだと思っていましたね。

―― 実際に入社していかがでしたか。

藤尾 結構苦しかったし、上手く行かないこともたくさんありました。社長が日曜日も書斎にこもって仕事をしている姿をずっと見てきたので、社員が少しでも真剣にやっていないと感じたらすごく腹が立ってしまって。それで社員とぶつかったりして、辛い時期がありました。

―― その状況を乗り越えるきっかけは何だったのでしょうか。

藤尾 子どもを産んだことですね。

―― 出産して、どんな感情が芽生えたんですか。

藤尾 自分が子どもを大事に思っているのと同じように、社員の皆さんにも親御さんがいて、大事に育ててこられたんだなと思うようになりました。命の尊厳と言うと大袈裟ですが、社員の人たちを一人の存在として尊重していただろうか、と反省しました。

 子供ができて仕事ができる時間が限られるようになったことで、社員はみんな家庭を持っているという当たり前のことにも気付かされましたし、家族の支えがあってこそ会社に来てくれているんだと気付きました。自分も限られた時間で成果を上げるには、仲間の協力を得られる人間にならなくてはいけないし、それができなければ会社のお荷物になってしまいます。そう考えるようになって、人に対するスタンスが変わっていきました。

―― 母親になったことで、仕事への相乗効果はありますか。

藤尾 以前は自分が寝なければいくらでも仕事できると思っていましたが、時間が限られることで仕事の密度が上がりました。それは社内でも伝えていて、仕事の密度を上げる意識が浸透してきたと感じています。

 もともと仕事が大好きだったんですが、子どもができるまでは知らなかった喜びも感じられるようになりました。仕事をすることで子育てには使っていない脳の刺激があったり、社会の役に立てているという気持ちが生まれてて、心から仕事が楽しいと思えるようになりました。子供を通じていろんな人に出会ったことで、視野も広がった気がします。

藤尾桂子3

出産を通じて、社員とのかかわり方も変わった

『致知』創刊100年に向けた藤尾佳子氏の想い

 

―― 今は取締役という立場ですが、会社で変えいきたい部分はありますか。

藤尾 月刊『致知』は活字文化を守っているという誇りがあるので、ここは変えたくありません。そこを大事にしつつ、若い世代にも読んでもらうためにデジタルのサービスも提供していきたいと考えています。

 『母』の創刊も、致知出版社の存在を若い世代に伝えていくための切り口の1つと捉えています。

―― 今後の会社の展望について。

藤尾 人生の目標は『致知』の創刊100周年記念式典を見届けることです。今年、創刊41年で私が36歳ですから、95歳の時に見届けて死にたいという思いがあります。

 『致知』を100年続く雑誌に育てて、日本人の代表的な読み物なるような社会になって欲しい。まずは20万部を目指し、次に30万部になれば日本一の月刊誌になります。 今、雑誌の副編集長をしている弟と共に社長の思いを伝承して、若い社員たちと次の時代の致知出版社を作っていきたいです。

 
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