テクノロジー

全力で取り組んだ国連でのサイバー安全保障に関する国際ルール作り

(いまい・おさむ)
1950年東京生まれ。横浜国立大学経済学部を卒業後、外務省に入省。在米国大使館勤務などを経て経済協力局国際機構課長、在韓大使館公使、在南アフリカ大使館公使、ミラノ総領事、在エクアドル大使などを歴任。2012年10月から国際テロ対策・組織犯罪対策協力担当兼サイバー政策担当大使。13年2月からは国連安保理非常任理事国選挙および安保理改革担当大使も兼務し、同年9月に退官した。この間、06年から3年間、大分県別府市にある立命館大学アジア太平洋大学アジア太平洋学部教授(国際機構論・外交)を務めた。現在は別府市に在住。

 サイバー空間の安全保障問題が国際社会での新たな課題になって久しい。国家の関与が疑われるサイバー攻撃が各地で明らかになっていることもあり、国連の場でサイバー空間での紛争を防止するための規範やルール作りに関する議論が進められている。しかし、日米欧の先進国と、ロシアや中国さらに開発途上国との間の主張には隔たりがあり、その行方はまだ不透明だ。

 今回は、国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障担当)が事務総長に設置させたサイバーセキュリティーに関する政府専門家会合(GGE=Group of GovernmentalExperts)のメンバーを務めたことのある今井治・前外務省サイバー政策担当大使に登場いただいた。

 GGEは日本を含む世界各地域の15カ国で構成し、2013年6月にサイバー安全保障の国際ルールに関する報告書をまとめた。その報告書作りに尽力した今井さんに、報告書が作成されるまでの議論の経過や裏話、報告書が目指しているものなどについて聞いた。

「サイバー空間に関するブダペスト会議」に出席

-- 今井さんは12年10月にサイバー政策担当大使に就任しましたね。

今井 在エクアドル大使から帰国した直後に任命され、すぐにハンガリーのブダペストで開かれた「サイバー空間に関するブダペスト会議」に日本政府代表として出席しました。

 この会議の前身は、11年11月に英国のヘイグ外相がインターネットの経済的・社会的恩恵を維持する一方、サイバー空間における犯罪や安全保障上の脅威からいかに身を護るべきかを議論しようと開催を呼び掛け、ロンドンで開かれた会議です。国連とは関係はなく、官民がオープンに議論して世論喚起を進めようというのが目的です。

 ブダペスト会議は、ロンドン会議のフォローアップをするためのもので、マルトニ・ハンガリー外相(当時)が主催し、60カ国の政府機関と20の国際機関のほか学者や、NGO代表など600人が参加しました。

-- ロンドンの次にブダペストで開いたのはなぜ?

今井 旧東欧諸国のハンガリーとしては、2度と旧ソ連、現在のロシアの支配を受けたくないという思いがあるからですよ。それを避けるためには、インターネットの自由な情報流通が有効な武器になるというわけです。もしロシアがハンガリーに何かを仕掛けてきた場合、インターネットを通じて世界の同情を集めれば、それを押し返せると考えているようです。

 こういう思いを持っているのは旧東欧諸国だけではありません。過去に旧ソ連やナチス・ドイツの脅威にさらされた北欧諸国も同じです。ですからスウェーデンのビルト外相(当時)などは「自由なインターネットのお蔭で『アラブの春』が実現し、独裁者が倒され、人権が擁護された」と演説したほどでした。

 続いて演説した中国外務省の局長が、まず冒頭で原稿から離れて「サイバー空間に関する会議だと思って参加したが、ここは国連の人権理事会かと思った」と嫌味を言う場面もありました。

-- 「人権擁護ばかり言うのはおかしい」と?

今井 中国やロシアなどは「インターネットは経済発展のためには有効だ」「しかし、テロや犯罪、安全保障上の脅威に対抗するためにインターネットに関する政治的自由や人権の規制、強い国家主権を認めるべきだ」という考え方です。これには矛盾があります。インターネットでは国境を越えて自由に情報が流通するインターオペラビリティー(コンピューターシステムなどの相互互換性)や自発的な参加・発信・交流が確保されているからこそ経済発展に寄与するわけですから。

インドが恐れる隣国からのサイバー攻撃やテロ

-- 12年11月にインドとの間で初の「サイバー協議」を東京で開催しましたね。

今井 これはインドのほうから「やりたい」と言ってきたものです。サイバーセキュリティーに関して日本がバイ(2国間)で協議するケースは少ないのですが、インドはそのうちの珍しい例です。

-- インド側にはどういう事情があったのでしょうか。

今井 インド側は絶対に固有名詞は出しませんが、インドの安全保障にとって重要な国を意識しているようでした。その国とは、これまで国境紛争を繰り返してきた国です。

-- 中国ですか?

今井 中国からインドに、大手通信機器メーカー「華為技術(ファーウェイ)」などの単純な通信機器から基幹的な通信設備までがどんどん入ってくるのをインド側は非常に心配しているようでした。また隣国パキスタンから入ってきたテロリストによるテロ事件も時々起きています。インドにとって外国からのサイバー攻撃やテロは現実の問題なのです。

-- 米国には「ファーウェイは中国のスパイだ」と指摘する人もおり、米政府はファーウェイの製品を政府調達から排除しているとか。

今井 インドとしては、それらをどうチェックし、阻止するかについて技術や制度の先進国である日本と協力できないかということでしょう。

-- そうした会議や協議をこなしながらGGEの報告書作りへと向かうわけですね。その点は次回、伺いましょう。

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

電力業界のイノベーション

[連載] エネルギーフォーカス

10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

[連載] エネルギーフォーカス

日本は再生エネルギーで世界トップとなる決断を

テクノロジー潮流

一覧へ

アジア大会とノーベル賞

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

水素社会へのステップ

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル   不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。  かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。  この登…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界11月号
[特集]
運の科学

  • ・北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
  • ・江口克彦(江口オフィス社長)
  • ・畑村洋太郎(畑村創造工学研究所代表)
  • ・藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)
  • ・角居勝彦(日本中央競馬会調教師)
  • ・桜井章一(雀鬼会会長)

[Interview]

 安永竜夫(三井物産社長)

 「やるべきことは2つ。方向性を指し示し、トップ同士の関係を構築する」

[NEWS REPORT]

◆東芝メモリ買収の影の主役 産業革新機構の収支決算

◆電気自動車がガソリン車を駆逐するまであと10年

◆60代を迎えた孫正義 ソフトバンク300年の計への足固め

◆出版不況の風向きは変わるか!? 常識を覆すオンリーワン作戦!

[政知巡礼]

 若狭 勝(衆議院議員)

 「自民党のしがらみ政治をぶった斬りたい」

ページ上部へ戻る