テクノロジー

中国は「サイバー空間は人類未踏の世界。既存の国際法の適用は不可」と言い張った

今井治氏

今井治氏

 政府の「情報セキュリティ政策会議」(議長・菅義偉内閣官房長官)は今年3月をめどにサイバー攻撃や自然災害により「重要インフラ」がシステム障害を起こすのを防ぐための行動計画(第2弾)を打ち出す方針だ。

 同行動計画の第1弾は2005年に策定済みである。この時は、情報通信や金融、航空、鉄道、電力、ガス、医療、水道などを重要インフラと指定したが、第2弾では新たに信販(クレジット)や石油、化学の各産業を追加する。理由としては、サイバー攻撃による脅威が増大しつつあること、東日本大震災から得られた教訓が少なくなかったことなどが挙げられる。

 また政府は、サイバー事故などが起きた際、被害を最小化するための危機管理策に関して企業を支援することも第2弾の中に新たに盛り込む方針だ。

 他方、安全保障・防衛面で政府は今年3月、自衛隊内に「サイバー防衛隊」を設置し、防御態勢を強化する。と同時にサイバー攻撃を受けた場合、自衛権を発動して発信源にウイルスを送り込むといった反撃能力保有の可否についても検討する。具体的な反撃方法としては、大量のデータを相手国に送りつけて一時的にサーバーなどを使えないようにする「DDos攻撃」を仕掛け、相手側のサーバー機能を麻痺させるやり方などが考えられている。

 遅ればせながらだが、政府としてビジネスや安全保障・防衛に関する「備え」を本格的に整備し始めたことになる。

 今回は、国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障担当)が事務総長に設置させたサイバーセキュリティーに関する政府専門家会合(GGE=Group of Governmental Experts)のメンバーを務めたことのある今井治・前外務省サイバー政策担当大使の2

回目。GGEは13年6月、サイバー安全保障に関する報告書をまとめた。今井さんは、そのメンバーとして報告書の取りまとめに尽力した。

米国のサイバー戦能力を恐れて発議したロシア

-- GGEはどういう経緯で国連に設置されたのでしょうか。

今井 国連総会第1委員会の場でサイバー問題を取り上げ始めたのはロシアでした。1990年代末の頃です。ロシアは、米国のサイバー戦能力に恐れを持ち始めたのではないでしょうか。ロシアは米国だけと話し合うのではなく、非欧米諸国が多い国連総会の場を利用して米国のサイバー戦略に〝たが〟をはめようとしたのだと思います。ですからロシアは今でも毎年、決議案を提出したりしているほどです。米国はこうしたロシアの狙いを読み取って、ある時から強力に対応するようになりました。

 他方、中国は早い段階では関心を示さなかったのですが、10年の前回GGE報告書作成の最終段階になって突然、国際会議の専門家を投入して、米露間でまとめつつあった報告書案に対して〝だめ出し〟をして、内容を大幅に薄めたそうです。

最後は日米欧が中露などの〝抵抗〟を押し切った

-- 13年6月に出された報告書は2回目ということになるわけですね。その内容は①序論②平和的で安全かつ強靭でオープンなICT(情報通信技術)環境のための協力の構築③国家による責任ある行動についての規範やルール、原則に関する提言④CBM(信頼醸成措置)と情報交換についての提言⑤能力構築に関する提言⑥結論--という章立てになっていますが。

今井 1回目の報告書を受けて、それを深めたものが2回目の報告書です。その際、考えるべきはインターネットの特徴は何かということです。それは匿名性と瞬時性にあると思います。

 匿名性に関しては、ある国がサイバー攻撃を受けても、どの国から受けたかはっきりさせにくいという面があります。ミサイル攻撃なら「どの国から撃ってきたか」が分かりますが。

 瞬時性という点では、ミサイルなら発射から目標到達まで5分間あるいは10分間という時間を要することから相互に連絡して「誤発射だ」と確認して、報復を回避することが可能です。しかし、サイバーではそうはいきません。そういう中で「あの国からだ」と考えて反撃したとします。ところが、それがとんでもない間違いだったという事態が起きないとも限りません。そうした特徴を考えていくと、サイバー空間でもCBMを構築していかなければならないと書いたわけです。それが④のところです。そう書いたのは、疑心暗鬼からとんでもないことが起きかねないという思いからです。

-- ③の規範やルールの点についてですが、この内容と争点は?

今井 日米欧のメンバーが強力に主張したのは「全く新しいルールを作るのではなく、国連憲章を含めて既存の国際法を適用すべきだ」ということでした。つまり通信の自由、通信の秘密保持、報道や表現の自由を守るべきだということです。

 これに対してロシア、特に中国は「サイバー空間は、全く新しい空間だから従来とは違う新しいルールが必要だ」と主張しました。現代の国際法は欧米諸国が作ったものであり、その根幹には政治的な自由や人権擁護などを重視する思想がありますが、中国やロシアは世界人権宣言などにとらわれずに、国家がネットを規制できる新しい国際法を作るべきだという考えのようでした。「アラブの春」のように反政府勢力がインターネットを使って独裁政権を次々に倒すのを見てきたからでしょう。

 もっともロシアや中国も「国際人権規約」や「市民的および政治的権利に関する国際規約」を批准・署名していることから、これらを否定することができません。そこで「サイバー空間は人類未踏の世界だ。だから今までの国際法は通用しませんね」という論法をとってきました。

 最終的には「国連憲章を含む既存の国際法を適用すべきだ」というワンフレーズに押し込めることで落着しました。

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

電力業界のイノベーション

[連載] エネルギーフォーカス

10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

[連載] エネルギーフォーカス

日本は再生エネルギーで世界トップとなる決断を

テクノロジー潮流

一覧へ

アジア大会とノーベル賞

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

水素社会へのステップ

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。100年弱の歴史を持つ高砂香料工業── まず御社の特徴をお聞かせください。桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える香料の専門メーカーです。基本…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

不動産の現場から生産緑地の将来活用をサポートする――ホンダ商事

ホンダ商事は商業施設や宿泊施設の売買仲介、テナントリーシングを手掛けている。本田和之社長は顧客のニーズを探り最適な有効活用を提案。不動産の現場から、生産緑地の将来活用など社会問題の解決にも取り組む。── 事業の概要について。本田 当社は商業施設やホテル、旅館の売買・賃貸仲介(テナントリーシング)を…

企業eye

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年7月号
[特集]
社会課題で儲ける!

  • ・総論 グローバリズムとどう折り合いをつけるのか
  • ・なぜ、よしもとは社会課題と向き合うのか 大﨑 洋(吉本興業共同代表取締役CEO)
  • ・茶葉から茶殻までバリューチェーン全体で価値を創造する 笹谷秀光(伊藤園顧問)
  • ・持続可能な経営は、持続可能な地域が支えている キリンホールディングス
  • ・人生100年時代の健康問題に取り組む ファンケル
  • ・世の中に貢献する中で商売を広げていく ヤマト運輸
  • ・社会課題を解決する金融モデルは、懐かしい過去に学ぶべき 吉澤保幸 場所文化フォーラム名誉理事

[Special Interview]

 芳井敬一(大和ハウス工業社長)

 創業のDNAに立ち戻り、オーナーの教えを伝承・実践

[NEWS REPORT]

◆史上最高益でも原価低減 豊田章男の「原点回帰」

◆成長戦略再考を迫られた富士通の苦境

◆市場規模はバブル前に逆戻り 規模より知恵を問われるビール商戦

◆7兆円M&Aを仕掛けた武田薬品の野望とリスク

[特集2]

 オフィス革命 仕事場を変える、働き方が変わる

ページ上部へ戻る