テクノロジー

疑心暗鬼に陥り、報復攻撃につながることを阻止するためのサイバー版CBMが必要だ

今井治・前外務省サイバー政策担当大使

今井治・前外務省サイバー政策担当大使

 日米両政府の防衛当局者は2月3、4の両日、防衛省でサイバー防衛政策ワーキンググループの第1回会合を開いた。サイバー攻撃と武力攻撃の関係について議論を始め、年内に取りまとめる日米防衛協力の指針(ガイドライン)にサイバー攻撃への共同対処を盛り込む方針で一致した。またサイバー安全保障に関する「国際ルール」制定への関与などに取り組むことでも合意した。

 サイバー安全保障面でこうした日米協力が進めば、サイバー攻撃に対する抑止力の向上につながるのではと期待されている。

 今回は、国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障担当)が事務総長に設置させたサイバーセキュリティーに関する政府専門家会合(GGE=Group of Governmental Experts)のメンバーを務めたことのある今井治・前外務省サイバー政策担当大使の最終回。GGEは2013年6月、サイバー安全保障に関する報告書をまとめた。今井さんは、そのメンバーとして報告書の取りまとめに尽力した。

 今井氏は、サイバー空間でもCBM(信頼醸成措置)の必要性を強調するともに、日本として通常の安全保障問題と同様、サイバー空間の脅威についても真剣に向き合い、防御策をとっていくべきだと述べた。

サイバー空間での反撃権は簡単に決められない

 -- 前回、今井さんはサイバー空間に関する国際ルールについて「ロシアや中国の慎重論を振り切り、『国連憲章を含む既存の国際法を適用すべきだ』と勧告することで落着した」と言いました。それ自体は大きな前進だったと思いますが、一部にはまだ抽象論、原則論にとどまったままだという意見もあるようですが……。

今井 基本的な考え方が初めて採択されたところに意味があると思います。日米欧などは、国連憲章の具体的な条項や戦争法規・中立法規、ネットの自由などについてもっと具体的に書き込みたかったのですが、強力に反対する国があり、踏み込んだ議論は今後の課題となりました。なおロシアは数年前に国防省が「サイバー空間にも既存の国際法が適用される」との原則を公表したと聞いています。

 また、ではどのルールが適用されるのか、サイバー空間の今後の変化にどう合わせていくか、など詰めるべき点は多々あります。新しいGGEがつくられ、そこで議論することになったと聞いています。

-- 安全保障の観点から、サイバー攻撃を受けた場合、自衛のための反撃はできるのでしょうか。報告書はその点に触れていないようですが。

今井 そこは、自衛としての先制攻撃も含めてロシアや中国が非常に恐れていた点だったように思います。GGEの場で米国は「サイバー攻撃が行われるという逼迫した状況であれば、自衛として先制攻撃する」と明言しました。そのためロシアや中国は多分、米国の能力を恐れて、自衛権を認める既存の国際法や国連憲章を書き込むことに消極的だったのではないでしょうか。

 国連憲章第7条は、分かり易く言えば「自衛のための戦争以外は良くない戦争だ」と読めます。そういう考え方は第1次世界大戦と第2次世界大戦を経てようやく確立したものです。それまでに実に長い時間がかかりました。ですからサイバー空間における自衛権問題もそう簡単には決められないのではないでしょうか。

 国連でいきなり決めていく、ということにはならないと思います。この問題は2国間や地域間で詰めていき、最終的に国連でユニバーサルな取り決めを作るということになると思います。

-- 報告書はサイバー空間でもCBMが必要だと提言しました。CBMとはもともと、東西冷戦時代に緊張緩和・紛争予防のために発想された概念で、その目的は、敵対する国家・勢力間でコミュニケーション手段の開設や軍事情報の公開などを進めることにより、情報の不確かさによる誤解や不信を減少させることにありました。

 有名なのは1963年の全欧安保会議で採択されたヘルシンキ宣言です。同宣言では軍事演習や軍隊移動の事前通告と、軍事演習へのオブザーバーの相互招請などを提唱しました。そうしたCBMが積み重ねられた結果、東西冷戦終結に結び付いたと言われています。このCBMの取り組みをサイバー空間にも生かそうということですね。

 

CBMを書き込むことに猜疑心を示した中国

 

 今井 そうです。サイバー空間の特徴の1つは匿名性にあることは既に話したとおりです。匿名であるために攻撃があった場合、どの国か、どこの人物の仕業かを特定するのは非常に困難です。その結果、疑心暗鬼に陥り、報復攻撃や紛争拡大につながる恐れがあります。そこで何か起きた時にホットラインで連絡し、意図的な攻撃ではないと伝えられるような仕組みを作ることが重要だということです。

 -- CBMについてロシアや中国はどういう姿勢をとったのでしょうか。

 今井 ロシアは全欧安保会議の一員だったこと、米国と核兵器削減交渉などを進めてきた経緯があったことなどからCBMには精通しています。サイバー空間でのCBMの推進に関しても米露首脳会談の場で合意したほどです。

 しかし、中国はCBMには慣れていないようでした。中国は、米国と核ミサイル削減交渉をやったこともありませんしね。ですからCBMに対する猜疑心が強く、報告書の文面作りの過程ではあちこちを削ったりしました。

 -- CBMとしてどういう具体策が考えられますか。

 今井 各国に「サイバー防衛白書」を作ってもらい、さらにはサイバーに関する事業計画の公表、破壊的なサイバー事件・事故の防止法に関する情報交換制度などが考えられます。

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年5月号
[特集] 巻き込む力
  • ・高岡浩三(ネスレ日本社長兼CEO)
  • ・唐池恒二(九州旅客鉄道会長)
  • ・河野 仁(防衛大学校教授)
  • ・入山章栄(早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)
  • ・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
  • ・中竹竜二(日本ラグビーフットボール協会理事)
  • ・時代も国境も超えた普遍のリーダーシップを学べるベストブックス
[Special Interview]

 小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)

 イノベーションを起こすために「人間とは何か」を問う

[NEWS REPORT]

◆零細企業でも活用できるインターネットM&A最前線

◆業界再編はあるのか 日本製鉄、巻き返しへの一手

◆技術研究所を解体してホンダは何を目指すのか

◆新型コロナウイルス治療薬 なぜ日本企業は創れないのか

[特集2]

 経営者に贈る「イロとカネの危機管理」

ページ上部へ戻る