テクノロジー

2020年東京五輪に向けたITの利活用とサイバー攻撃対策を策定へ

 当コラムを開始したのは2013年5月だった。この年の3月下旬、韓国の主要な放送局や一部の金融機関、農協などが大規模なサイバー攻撃を受けたことが明らかになった。この時の攻撃の方法は、大量の通信を集中させることによってサーバーなどを一時的に使えないようにする「DDoS(ディードス=分散型サービス拒否)攻撃」で、のちに韓国政府は北朝鮮の〝犯行〟だったと表明した。

 コンピューター・プログラムを盗み出す「標的型電子メール攻撃」と合わせ、サイバー攻撃は07年ごろから世界各地で頻発するようになり、日本国内では10年ごろから政府機関や衆参両院、防衛産業、メディアなどが攻撃された。

 こうした攻撃が表面化した際、日本国内のメディアはそのつど報道したが、その内容は事実関係を伝えるだけの表面的なもので、深く掘り下げたものは少なかったように思う。

 そこでサイバーテロ、あるいはサイバー攻撃は一体どういう実態にあるのか分かりやすく掘り下げてみよう、という狙いで始めたのが当コラムだった。

専門家8人があるべきサイバーテロ対策を披瀝

 この約1年間、サイバーテロ問題に詳しい計8人の専門家に登場いただき、①国家の安全保障・防衛政策への影響②企業の防御策の在り方③サイバー犯罪の実態④国連や国際機関を舞台にしたサイバー・セキュリティー対策構築に向けた努力--などを紹介した。

 その主な内容は以下のとおりだった。

①の「国家の安全保障・防衛政策への影響」に関しては山内康英・多摩大学教授が「警戒すべきことは、敵対国家がハクティビズム(ハッキングとポリティカル・アクティビズムを合わせた造語)を装いながら、実際は軍事進攻の前段階としてサイバー攻撃を仕掛けてくることだ」と指摘した。

②の「企業の防御策の在り方」に関してはNTTデータ品質保証部情報セキュリティ推進室の宮本久仁夫氏が「情報セキュリティーに携わっている人材を多数、育成する必要がある。なぜなら悪いハッカーに対抗できるだけの飛び抜けた力を持つ『ホワイト・ハッカー(正義の技術者)』が不可欠だからだ」と強調した。また土屋大洋・慶応大学教授は「欧米諸国のように、企業がサイバー攻撃を受けた場合、政府への報告を義務付ける法律の制定が必要だ。それが次の防御に役立つからだ」と提唱した。

③の「サイバー犯罪の実態」では前田雅英・首都大学東京教授が「欧州諸国のように、攻撃した側を突き止められるようにログの保存を通信業者に義務付けるべきだ」と提案した。

④の「国連や国際機関を舞台にしたサイバー・セキュリティー対策構築に向けた努力」に関しては今井治・前外務省サイバー政策大使が、「サイバー安全保障に関する国際ルールを国連の場で急ぎ策定すべきだ。中でもサイバー版の信頼醸成措置(CBM)の導入が必要だ」と訴えた。

 8人に共通していたことは、「政府機関であれ、一般企業であれ、いつサイバーテロに遭い、防御網を破られるか分からない事態を迎えている。それに対応するため政府機関、国民とも高い意識を持って備えなければならない」ということだった。

 事実、日本の政府機関に対する12年度のサイバー攻撃は、感知できたものだけで約108万件に上った(内閣官房情報セキュリティセンター調べ)。1分間に2件の割合で攻撃を受けた計算になり、それでもこれは氷山の一角でしかないというのだから驚くばかりである。

期待したい攻撃防御に向けた政府有識者会議の役割

 こうした事態について「日本は既に『見えない戦争』の中にいる」と言う専門家もいるほどだ。そのことを思い知らされる事件が今年2月、日本で起きた。ネット上で流通する仮想通貨ビットコインの私設取引所「マウント・ゴックス社」が、ハッカーによるサイバー攻撃を受け、顧客から預かったコインや現金など計約500億円分を盗まれ、経営破綻したのだ。それだけではない。3月に入ってからカナダの同コイン取引所「フレックスコイン社」と「ポロニエックス社」が、やはりサイバー攻撃を受け、大量のコインが盗まれた。

 いずれの取引所も高度な防衛プログラムを設置していたと見られるが、それが破られたのだから、まさに「見えない戦争」で敗北したということになる。

 これを受け、日本政府はビットコインの取引に課税などの規制をかけることを検討し始めた。しかし、規制強化には慎重であるべきだという意見もあり、先行きはまだ不透明だ。

 当コラムの1回目で私は「インターネットなどサイバー技術を利用するようになり私たちの生活は便利になった。しかし、その半面、サイバーにかかわるシステムが目に見えないところで巨大化・複雑化し、その結果として社会自体の脆弱性が逆に増しているように見える」と書いた。

 そうした憂慮は、コラムを終える今も変わらないが、これに関連して政府が2月下旬に初会合を開いた「企業や政府機関などへのサイバー攻撃に対処するための有識者会議」(座長=徳田英幸・慶応大学教授)には、大きな意味があるように思う。

 会議の正式名称は「IT利活用セキュリティ総合戦略推進部会」で、その狙いは「ITの利活用を進めながら、同時にサイバー・セキュリティーを確保していくためにどうすればいいかを考える」ことにあるという。この時期に会議を立ち上げたのは「2020年の東京五輪に向けて画期的なITサービスの向上が期待される半面、これまで以上のリスクが懸念される」(菅義偉内閣官房長官)からだそうだ。事実、12年夏のロンドン五輪の際は期間中、2億件のサイバー攻撃を受けたといわれている。

 今夏には提言をまとめる予定で、その柱は、サイバー・セキュリティーの技術研究開発や、コンピューター・サイエンスを身に付けた人材の育成などになる見通しだという。「ITの利活用の促進」と「安全確保」を車の両輪にした体系的な提言を期待したい。

 最後に、ご愛読ありがとうございました。

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

電力業界のイノベーション

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

[連載] エネルギーフォーカス

日本は再生エネルギーで世界トップとなる決断を

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る