文化・ライフ

いつの時代も、何かを成し遂げる人は〝パッショニスタ〟だ。まだ見ぬ明日をわがものにしようと、情熱を原動力に、未来に向かって果敢に挑んでいく。今回インタビューしたのは、日本の男子三段跳界のトップにいる全日本空輸(以下、ANA)所属の山下航平選手です。山下選手は、男子三段跳の日本記録保持者である偉大な父の背中を超えようと、挑戦を続けています。(聞き手=唐島明子 Photo=山内信也)『経済界』2020年6月号より加筆の上転載】

 

山下航平氏プロフィール

山下航平

やました・こうへい 1994年生まれ、福島県出身。筑波大学卒業。ANA所属の陸上競技・男子三段跳選手。高校から三段跳びを始め、2016年のリオデジャネイロ五輪、18年のアジア大会に日本代表として出場。2019年の日本選手権は16メートル45センチで優勝した。自己記録は16メートル85センチ。

 

 日本記録更新と東京五輪出場を目指し、日々トレーニングを積んでいるのは、陸上競技・男子三段跳の山下航平選手だ。

 山下選手は、日本オリンピック委員会(JOC)による現役トップアスリート向けの就職支援制度「アスナビ」を介し、社員アスリートとしてANAに就職した。ほぼ毎日、三段跳のトレーニングをする競技中心の生活を送りながら、業務もこなしているという。

 人財戦略室人事部のANAʼs Way推進チームに在籍する山下選手の同社でのミッションは、ANAのグループ行動指針「ANAʼs Way」の一つである「努力と挑戦」を体現することにある。では、山下選手は三段跳を通じて何に挑戦していて、どんな努力を続けているのだろうか。

 

山下航平選手が三段跳びを始めた経緯

 

―― 山下選手が三段跳を始めたきっかけは何ですか。

山下 中学校では走り幅跳をしていましたが、父(訓史さん)の影響で、高校生から三段跳を始めました。

 父は男子三段跳の日本記録保持者で、私が生まれる前に出した17メートル15センチの日本記録は、もう30年以上破られていません。子どもの頃から「父の日本記録を自分が更新したら面白そうだな」とか、「超えたら父が喜ぶかもしれない」「周りはどんな反応するかな」などと考えていました。

 私の自己ベスト記録は16メートル85センチです。今でも「父の記録を超えたい」という思いで三段跳をしています。

―― 日本記録との差は30センチです。三段跳での1センチの重みとは、どれくらいのものですか。

山下 けっこう重たいですね。見た目では靴1足分しかありませんが、30センチは大きな差です。

 ただ、三段跳は少しの違いでグンと記録が伸びるという特徴があります。私が16メートル85センチを出したときは、自己ベストを一気に79センチも更新しました。

 

三段跳びで記録を左右するポイント

 

―― 記録を大きく左右する少しの違いは、具体的にはどのようなものですか。

山下 跳躍する時の、ほんのちょっとした足の接地のタイミングとかですね。例えば野球では、バットの芯でボールをとらえると、バットを持つ手に衝撃は感じないけれども、ボールはすごく遠くに飛びます。芯にあたるか、あるいはほんの少しだけでも芯からズレてしまうかは、バットでボールをとらえるタイミングのわずかな差によるもので、それだけで手や腕にかかる衝撃は異なり、飛距離も全く変わります。

 三段跳でもそれと同じような感覚があります。三段跳はホップ・ステップ・ジャンプの3歩で遠くに跳ぶ競技で、そのホップ・ステップ・ジャンプでは体重の8〜12倍の衝撃が片足にかかります。しかし、いい跳躍ができた時にはまるで衝撃を感じず、記録も出るんです。

 東京五輪の出場参加標準記録は17メートル14センチですし、世界と戦う上では17メートルを超える跳躍が求められます。五輪前までには大きく自己記録を更新し、五輪の出場権を獲得したいと考えています。

 

山下航平選手のトレーニング手法

 

―― 記録更新に向け、どのようなトレーニングを積んでいますか。

山下 高校で三段跳を始めてから大学を卒業するまでの間はかなり順調で、普通に練習しているだけで毎年のように自己記録を伸ばすことができ、大学4年生の時にはリオ五輪にも出場しました。ところが大学4年生で記録を出してから2年ほど停滞していて……、しかしこれからが一つの勝負所だと考えています。今までやってきたことでは通用しませんので、新たな挑戦で殻を破っていきたいです。

 そのために今は技術改善に取り組んでいます。三段跳は助走から始まり、最後に着地するまでが1つのパフォーマンスになりますが、その中で自分にとって何が重要なのかを抜き出し、そこを徹底的に改良していっています。

 あと筋力を強化するために、ウエートトレーニングのやり方から勉強しました。学生時代は鍛え方が分かっていなかったというのもありますが、積極的に筋力を鍛えることはしていなくて、自分の弱点の1つでした。それを克服するためにも、今は積極的にウエートトレーニングにも力を入れています。

―― 三段跳ではどこの筋力が重要になりますか。

山下 具体的な部位としては、太ももとお尻がメインのエンジンになります。重量挙げの「クリーン」というスクワットのような動作は、自分で重量をコントロールしながら下半身を鍛えられるので、非常に有効なトレーニングです。

―― では山下選手は、お尻と太ももには自信があるということですね。

山下 そうですね(笑)。ただ、見た目というよりも、ホップ・ステップ・ジャンプで足が接地するわずかな瞬間に、爆発的な筋力を発揮できるように鍛えています。

 

山下航平選手の強みとは

 

―― 今後の大会では、その努力の成果が出ます。「ここを見てほしい」というポイントを教えてください。

山下 〝助走〟を見ていただきたいです。三段跳はホップ・ステップ・ジャンプに目が行きがちです。しかし遠くに跳ぶためには、助走がとても大事だと私は考えています。

 もともと走るスピードが速いことは私の強みで、助走に関しては世界のトップレベルだと自負しています。地面を押す力強さとともに速度が上がっていくスピード感は、見た目でも分かっていただけると思います。その助走のトップスピードが、踏切後にうまくつながったときに、とてもいい跳躍ができるはずです。

―― 助走が大事であると意識したのはいつ頃ですか。

山下 私が大学4年生の頃です。世界歴代2位の18メートル21センチという記録を持つ米国のクリスチャン・テイラー選手に会う機会があり、その時に、「助走のポイントは何ですか」と聞きました。

 同じ質問を日本人選手にすると、「リラックスして」というような答えが返ってくることが多く、自分自身も以前はそのような意識を持っていました。しかし、テイラー選手は、「全力疾走」と即答でした。それで助走に対する考え方がガラッと変わりました。

 三段跳の助走距離はたったの50メートル弱です。その短い距離の中で自分のトップスピードを出し、そのスピードを跳躍に生かさなければなりません。「リラックスなんて言っている場合ではない」と気づかされました。

―― 助走を跳躍に生かすとは、どのようなイメージですか。

山下 スピードを生かす「スピード型」の跳躍では、助走で出したトップスピードを、いかにホップ・ステップ・ジャンプにつなげるかが大切です。高く跳びあがってしまうとスピードを殺してしまいますので、川で平たい石を投げて遊ぶ〝水切り〟の石のように、ポンポンポーンと、低く遠くに跳ぶイメージです。

 それに対して、以前は「プレス型」という跳び方をする選手がたくさんいました。プレス型の跳躍では、比較的長い接地で、弧を描くように弾みながらホップ・ステップ・ジャンプをきざみます。

 ただ、私もそうですしテイラー選手もそうですが、今の主流はスピード型で、その先駆けが25年ほど前に現在の世界記録を出した英国のジョナサン・エドワーズ選手です。私はエドワーズ選手を生で見たことはありませんが、実際に助走が速かったと聞いています。

―― 陸上シーズンが始まります。試合の日のルーティンはありますか。

山下 ルーティンは特にありませんが、毎回、試合当日の〝行動予定〟というのを作っています。A4の紙1枚に、その日のタイムスケジュール、例えば朝は何時に起きて、試合会場には何時に着いて、アップは何時から何時までやって、そして助走の距離は何メートルにして、助走の練習は何回するとかを書きます。

 行動予定を作る理由は、試合当日にバタバタしたくないからです。予定を立てておくと当日はそのとおりに行動するだけので、心の余裕ができて集中できる状態を作れますし、お守りのような感じです。

 試合中も、跳躍と跳躍の間にいろいろと書き込んでいます。1回目の跳躍では何メートル跳び、風は何メートルだったか。あとは「助走ではこれくらいズレてしまった」など、良かった点・悪かった点を跳躍ごとにメモしています。みなさんが競技場やテレビで三段跳を観ているときに、もし私が一生懸命何かを書き込んでいたら、そういうことです。他の選手はやっていませんので、「また何を書いているんですか。真面目っすね」と他の選手から言われることもあります(笑)。

山下航平選手

跳躍ごとにメモを取り分析する

 

山下航平選手のライバルと東京五輪の目標

 

―― ライバルの選手はいますか

山下 国内のライバルは、私の1つ年下の山本凌雅選手です。彼の自己ベストは16メートル87センチで、私より2センチ遠く跳んでいますが、国内の現役選手の中では私と山本選手がトップ2です。

―― 日本記録保持者であるお父さんの存在はいかがですか。

山下 大きいですね。年齢を重ねるごとに、父の存在は大きくなっています。高校生の頃は、父の日本記録は現実的な数字ではありませんでしたが、今は明確なターゲットになっています。父は現在、技術やトレーニングについて口を出すことはなく、「気楽にやれよ」くらいの感じですが、本当に存在の大きさを感じています。

―― 先日、東京五輪の1年延期が決まりましたが、山下選手にとって東京五輪は一つの大きなターゲットになりますか。

山下 延期が決まっても、東京五輪は変わらず私にとって大きなターゲットです。これから父が持つ17メートル15センチの日本記録を更新し、五輪本番の舞台で17メートル40センチの記録を出すという目標に向け、しっかり準備を積んでいくつもりです。

 

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