政治・経済

長らく続いていた景気低迷の中で、外食産業の〝デフレの寵児〟としてもてはやされてきた牛丼チェーンの勢力図に変化の兆候が現われてきた。業界の草分け吉野家HDが仕掛ける最終戦争に注目が集まる。 (本誌/大和賢治)

100円値下げの衝撃

 4月18日、吉野家HDが牛丼の価格を380円から280円に引き下げた。これにより、ゼンショーHDの「すき家」、松屋フーズの「松屋」と牛丼価格(キャンペーンを除く)は横一線となり、今までの単なる価格競争から本来的な〝味の勝負〟が展開されることとなった。

 近年、牛丼チェーンはデフレが続く中、低価格を前面に打ち出し、収入減に頭を痛めてきた一般庶民の高い支持を受けてきた。単品勝負とも言える牛丼は業態的にも規模のメリットを享受しやすいことから、大手チェーンは、店舗網を急拡大することで、究極的とも言える低価格を実現してきた。

 2011年3月期の連結決算で、ゼンショーHDが、外食産業の売上高トップに上り詰めたことからもそれは認識できるだろう。

 急速に店舗網を拡大するゼンショーHDや松屋フーズを尻目に業績不振に陥ったのが、価格競争力に劣る吉野家HDだった。その要因となったのは、言うまでもなく04年に勃発したBSE騒動だ。BSEの要因とされたのは、飼料となる肉骨粉。それがため、肉骨粉を主な飼料として使用していた米国牛肉の輸入は、月齢20カ月以下と限定されたのだ。

 これにより米国産牛肉の流通量は減少、価格上昇を誘引し、米国産牛肉に絶対的なこだわりを持つ吉野家HDは一気に窮地に立たされる。競合が低価格を維持するために、牧草を餌とするオーストラリア産にシフトする中にあって吉野家HDは「本来の味を実現できない」と米国産牛肉の全面解禁まで我慢することを選択する。

 話が長くなるので割愛するが吉野家HDは過去に、安易な味覚政策から顧客離れを誘発、経営破綻をきたした苦い経験がある。米国産牛肉の使用にこだわったのは、同じ過ちを繰り返したくないという経営トップの強い信念が根本にある。

 そこで同社は、その代替商品として豚丼や焼鳥つくね丼、牛肉の量を減らした「牛鍋丼」など手を替え品を替え顧客離れに歯止めをかけるべく取り組んできた。しかし、言葉は悪いがこれら〝亜流商品〟では従来からの吉野家ファンを満足させることができず業績は低迷する。

 一方で、競合のゼンショーHDや松屋フーズは、ここぞとばかりに激しい値下げ合戦を仕掛け、吉野家HDは体力を消耗、〝一人負け〟が続いていた。

 今回、吉野家HDが牛丼値下げに踏み切ったのは、もはや尽くせる手は尽くしきった中で業績向上は見込めないという危機感からだ。

 その追い風になったのは、3月中旬から10年ぶりに米国産牛肉の輸入規制が緩和されたことだ。この緩和策では、月齢20カ月以下だったものが、30カ月以下の牛肉でも輸入が可能となり、吉野家HDでは、これまでよりは安価で原材料を確保することができるようになった。ここ数カ月間で加速した円安や飼料となる穀物相場の上昇から、必ずしもBSE騒動以前と同等な収益体質にはならないが、輸入緩和の流れは同社には吉報。さらには、競合のゼンショー、松屋フーズの既存店の対前年比売上高も前年割れが常態化、一頃の勢いは既になくなっている。こんな状況の中にあって、多少なりとも引き下げ余力が出たこの機に乗じ吉野家HDは、一気に勝負に出たという構図だ。

 「そもそも牛丼チェーンと言えば吉野家が草分けであり固定ファンも多かった。景気の低迷が続く中、仕方なく低価格の競合を利用していた人も多いのです。しかし、その価格も横一線となったことで〝吉野家回帰〟が加速されることは確実です。逆に言えば、価格勝負を挑んできた競合は一転、苦戦することが想定されます」(業界関係者)

上々のスタートダッシュ

 大手牛丼チェーン3社の4月の月次報告には、早くも前述、業界関係者の予想を裏付けるものとなった。「すき家」と「松屋」は対前年比の既存店売り上げは、それぞれ96・5%、92・2%と落とす中、「吉野家」は111・1%と唯一売り上げを伸ばしている。さらに客数でも同97・1%、94・1%だったのに対し、「吉野家」は13・66%と2ケタの伸びを見せた。この来店客数の増加は、まさに同社のポテンシャルの高さを証明したものであり、安部修仁社長の言う復活の前提である「来店客数の約3割、売り上げの約2割アップ」は、ほぼ視野に入ったと見てもいい。

 吉野家復活で一転、守勢に立たされることとなった競合は、価格以外での勝負を挑まざるを得ない。これまでもメニューのバリエーションが多岐にわたっていたゼンショーHDは、ここへきて「やきそば牛丼」の販売を期間限定で開始、価格を380円と100円高く設定し単価も取りに動く。

 また「松屋」は人気の定食メニュー「牛焼肉定食」「牛焼肉W定食」で肉を25%増量し、お得感を打ち出すほか、粗利の高いとんかつ業態「松乃家」等の出店を加速するなど、収益力の向上に躍起になっている。

 ある外食チェーンのトップは以前、本誌の取材に対し「ゼンショーの売上高が国内外食業界でトップになったと言っても所詮は価格だけのこと。多くのトッピング商品の開発などで目先を変えたところで、レギュラーメニューの収益補完には絶対にならない」と切り捨てたことが嫌でも思い出される。

 低価格だけが唯一差別化につながってきた牛丼チェーンの戦い。今回、吉野家HDが仕掛けた値引きにより、その勢力図が入れ替わるのか大いに注目したいところだ。

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