政治・経済

医療の分野において、国民が最も革新を期待しているのは再生医療だ。病気や事故で臓器を失っても、その臓器を再生できれば、元のような生活を送ることができQOL(クオリティー・オブ・ライフ)が向上する。また、アンチエイジングにもつながる。その中で今、注目を集めているのがES細胞、iPS細胞といった〝幹細胞〟だ。今回紹介するシームスは、その幹細胞の中でも最も高い可能性を秘めた〝脂肪由来幹細胞〟の培養を成功させ、製剤化による商業生産にめどを付けたことで話題を集めた。そこで同社の漆畑直樹社長に現状を聞いた。(聞き手/本誌編集委員・清水克久)

漆畑直樹(シームス代表取締役社長)

漆畑直樹(シームス代表取締役社長)

漆畑直樹氏の思い 「がんに特有の匂いがある」で起業

―― もともと御社は、「匂い」を事業として展開されていましたね。

漆畑 当社の登記日は2000年11月28日ですが、実はその半年前にある特許を申請しています。その内容は「生体由来の匂いでがんを発見する」というものです。そして、がんに特有の匂いがあるのであれば、当時急速に普及していた携帯電話を活用できるのではないだろうか、と考えたのです。その特許は8年かかって許可されましたが、その間、聴覚障害者向けに携帯電話の着信を匂いで知らせる機器などを開発してきました。

―― がんと匂いの関係に着目されていたわけですね。

漆畑 これは個人的な体験なのですが、姉をがんで亡くしています。その姉の看病をしているとき、姉の体臭の変化に気付いたのです。その経験があって「もしもがんに特有の匂いがあれば、早期発見につながり、姉も助かったのではないか」と思っていたのです。

 では、そもそも匂いとは何だろうか、という考えに至りました。人間の遺伝子の中で、例えば視覚や味覚に関係する遺伝子は数個といわれていますが、嗅覚に関係する遺伝子は、数百個もある。それだけ、人間にとって嗅覚は重要だということではないでしょうか。ところが、匂いとがんの関係を研究している研究者がなかなか見つからない。創業4年目に、ようやくペンシルバニア大学医学部の派生機関に研究者の先生がいることが分かりました。この先生は、匂いでがんが分かるはずと断言しています。そして、その原因となる遺伝子まで突き止めておられる。つまり、体系的な学問として成立しているということなんです。

―― 匂いとがんの関係をきっかけに、現在進めておられる研究はどのように発展していったのですか。

漆畑 匂いを研究するにも、当初は細胞の出すガスばかりを観察していました。ただし、1つの細胞から出る匂いは少ないので、どうしても培養して増やす必要があります。そこで目的の細胞だけを増やす培養の考えが蓄積されていったのです。その先に、体性幹細胞というヒトを治すことができる細胞の培養技術に行き着きました。匂いと再生医療と聞くと、全く関係がなさそうに見えますが、このようにつながっているのです。

動物由来のものを一切使わない培養技術を自負する漆畑直樹氏

―― 体性幹細胞による再生医療には、安全性などの面で不安視する向きもあります。

20130604_56_01漆畑 日本の厚生労働省の皆さんはこの新しい治療方法につき、考え得る限りの安全性を確保するために多々思考してくださっております。ですから、他国で承認された細胞製剤で著名なジャーナルから「検証が不十分?」という評価をされるようなことが、日本の製薬で起こらないであろうことを感謝しております。今国会で可決承認された「再生医療推進法」はそのいい例だと思います。

 実は、薬として諸外国では既に認可されているところも多いのですが、生体由来の幹細胞による治療は、FDA(米国食品医薬品局)が10年以上も前から治験においてヒト投与を認可しています。もちろん、厳しい基準をクリアして薬品の承認も行われていますので、既に安全性は高いとされているんです。

―― 幹細胞を使った医療と従来の医療の違いはどのような点ですか。

漆畑 従来の医療では、根治治療ができない病気もあります。そうなると対処療法といわれる、症状の緩和、あるいは延命治療が行われる。これは続ける治療ですから、非常にコストが掛かる。また、悪くなった臓器を切除すると、それだけQOLが下がってしまいがちだと思います。再生医療では、臓器が再生しますので、QOLは下がらない。例えば、ウイルス性の肝炎の患者さんが再生医療の治療後にウイルスが検出されず、肝炎の改善が報告されています。また、幹細胞による治療では、がんや難病が寛解や根治する可能性さえ示唆されています。継続した治療が必要ないので、医療費が飛躍的に削減できるのです。

―― ES細胞やiPS細胞はがん化する恐れもあるとか。

漆畑 人間は数百種類の細胞でできていますが、元はたった1つの受精卵なのです。この受精卵が細胞分裂を繰り返す中で、さまざまな細胞に変化していく。通常の細胞は同じ細胞にしか分裂できませんが、違う細胞に分裂できるのが幹細胞です。ただ幹細胞を体内に入れるとさまざまな病気に効果があることが分かる一方、がん細胞にもなるのではないかという疑いはありました。ところが、ES細胞、iPS細胞と違い、体性幹細胞はがんになりにくいことが分かってきたのです。このことは何よりも大切なことの1つですから、腫瘍化テストには、NOGマウスというがんになりやすい動物を使って高額な試験を何度もやりました。試験場の方々には、「勇気がありますね」とほめていただきました。確かに1匹でもがん化したらこの事業からの撤退さえも考えていましたので、試験期間中は毎朝目覚めると成功を祈っていました。

漆畑直樹氏の展望 安価で効果が高い医療の実現に向けて

―― 幹細胞を扱う企業は多いですが、御社の特徴は。

20130604_56_02漆畑 体性幹細胞を体外で培養しようとすると、そのままではすぐに細胞が死んでしまいます。そこで、血清を使うと培養しやすいことが分かったのですが、よく使われるのはFBSという牛の胎児血清です。実はここに問題があります。牛の胎児血清には未知のウイルスが入っている可能性があるので、これでは絶対に安全だと言い切れません。そこで、当社では、無血清培養を実現しています。他社には、血清は使わないものの「血清から抽出した物質」を使っているところがありますが、当社は動物由来のものは一切使用していません。

 また当社では倫理委員会の承諾を得た医療機関さまで、何らかの理由で採取された脂肪細胞から幹細胞を抽出、培養する工程を開発してきました。この全工程を行っているという点は当社の特徴です。ヒトの細胞は千差万別ですが、誰のどの細胞からでも幹細胞の培養ができる、この技術が確立できたので、製薬会社さまからも評価が頂けたと考えております。

―― 商業化へのめどが立ったということでしょうか。

漆畑 当社の目的は、筋道を示してくださった国・厚生労働省のご指導に従い、早期に、薬として世に送り出すことです。そうすることで多くの方の役に立ち、医療費削減にもつながると思っています。海外にも輸出して国益にも貢献したいですね。そのためには、安全な幹細胞を大量にバンキングすることが必要です。このシステムを確立できるよう、会社一丸となって努力していきます。高額な医療費を負担しなくても、この薬を使うことで若さが保てる、難病が治る、さらに病気の予防につながる、こういったことが実現できるようにしたいと思っています。

再生医療Q&A

Q. そもそも「脂肪由来幹細胞」とは、どのようなものですか。

A. 再生医療の分野ではさまざまな細胞が話題に挙がってきました。ES細胞(胚性幹細胞)、iPS細胞(人工多能性幹細胞)は有名です。その中で、人体から採取できるものを、体性幹細胞と呼びますが、中でも最も多くの細胞に変わる可能性があり、かつ医療に用いやすいものが「間葉系幹細胞」です。当社が扱う脂肪性幹細胞は、この間葉系幹細胞なのですが、脂肪細胞から抽出したものです。骨髄から抽出する間葉系幹細胞もあるのですが、こちらですと抽出時に全身麻酔が必要など、患者さんのリスクが大きくなります。

Q. 再生医療の分野では、倫理面での問題など、法整備上の遅れが指摘されています。

A. 関係者が優れた見識と知恵を絞ってくださり、今国会で法改正が実現し、幹細胞を使用した治療に対するルールが明らかになりますので、私たちは感謝でいっぱいです。これまでは罰則規定のない指針が定められているだけでしたから、今後、再生医療関係者すべてがのぞむ、患者さんにとっての最良な法整備が進んでいくでしょう。

 

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