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世界最大の中国エンタメ市場を日本は攻略できるのか

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従来のビジネス構造が崩れ、未来への生き残りをかけた海外進出を迫られている日本のエンタテインメント業界。この先のビジネスを現実的に考えると見逃すわけにはいかないのが、エンタメにおいても世界最大の市場を抱える中国への進出事情だ。その現状と課題を掘り下げ、厳しい情勢が続くコロナ禍のあとの行方を考えてみる。(文=ジャーナリスト/武井保之)『経済界』2020年7・8月合併号より加筆の上転載】

 

変化する中国のエンタメ業界と日本の関わり方

中国エンタメのキーワードは「盗る」「買う」「作る」

 急速に拡大を続ける中国エンタメ市場のキーワードは「盗る」「買う」「作る」だ。

 2000年前後の中国エンタメは、アメリカや日本の海賊版が跋扈した「盗る」の時代だった。しかし、12年に数億ものアクティブユーザーを獲得する動画配信サイトが台頭。世界中の出資が集まり始めると、日本の主要なアニメの権利争奪戦が始まる「買う」時代に入った。この10年代初頭から、中国においてコンテンツビジネスの土壌が生まれた。

 その後、この3~5年ほどは「作る」動きが生まれている。産業発展の速い中国では、消費者ニーズも瞬く間に変化し、中国人向けのコンテンツが人気を得るようになっている。

 そうはいっても、中国人クリエーターだけで質の高い作品を作れるかと言えば、そんなに甘いものではない。そこで、日本やアメリカのコンテンツ先進国と一緒に作る、共同制作が増えているのが最近の動きだ。

 具体的には、ドラマや映画におけるリメイクだ。オリジナルから漫画や小説の原作のあるものまで、豊富な日本作品をベースに中国向けにローカライズされている。

 アニメでは、中国の脚本をベースにして、監督は中国人が務め、日本のアニメスタジオがクリエーティブを担う共同制作のスタイルが多い。

 また、ここ1年ほどは、テレビバラエティの中国進出が目立っている。中国のテレビには日本のようなバラエティや情報番組はなかった。しかし、中国で知名度が高い日本人クリエーター・山下智博氏によるビリビリ動画の旅バラエティ「窮豪旅遊記」シリーズが大ヒットしてから、バラエティの共同制作が急増している。

中国のコンテンツ市場規模

日本のエンタメが中国にとって不要になる時代 

 今はまだ、日本エンタメのコンテンツ力が生かせている。しかし、次に来るのは、日本企業が中国にとって不要になる時代。実際、既に大手動画配信サイトによる日本アニメの買付は減っている。

 一方、中国の動画配信サイトの3トップ(IQIYI、YOUKU、テンセントビデオ)および、続く2強(ビリビリ動画、マンゴーTV)の制作レベルは著しく上昇しており、いまや日本から買うのは『ONE PIECE』や『NARUTO』などスーパーコンテンツの続編に絞っている。これまでのやり方では日本は取り残されていく。

 では、日本はどう動くべきか。まず、真剣に中国市場を狙っていくならば、今までのように、〝日本市場向けに作ったついでに中国でも展開する〟のではなく、当初より現地の消費者が欲するコンテンツを制作していくことが肝要になる。

 また「作る人を作る」のも重要だ。日本人が 〝作る〟のではなく、中国人クリエーターを育成し、日本のノウハウを有する彼らが制作する作品から収益配分を受ける。この方式が、エンタメビジネスに権利の上流階層から入り込む、次の時代の権利ビジネスの一方式になろう。

 これは既に漫画分野が先行しており、集英社やKADOKAWA、JC FORWARDなどは、オーディションを行い、漫画家育成に乗り出している。

 また、音楽ではエイベックスが北京にオフィスを構えて本格的に中国人アーティストの発掘、育成を始めているほか、81プロデュースなど声優オーディションを実施しているプロダクションもある。

今後の中国エンタメ市場で日本は何をすべきか

ビジネススキーム確立の必要性

 これからの中国ビジネスで重要になるのは、IPを産み出すクリエーターなどの人材育成から、マネタイズにつながる知的財産権にどう絡んでいけるのか。収益の源泉を抑えるビジネススキームの確立だ。

 中国は、知的財産制度はあるが、エンタメコンテンツにおけるビジネス法整備が未熟な面もある。こうした分野を専門とする弁護士「エンタテインメント・ロイヤー」がほとんどいない状況下で、コンテンツを作ってからの権利の所在、収益配分、売り方など、複雑な権利の契約設定の仕方がカギになってくるのだ。

 日中エンタテインメント・ロイヤーであり、中国コンテンツビジネスの第一線で活躍する分部悠介氏(弁護士・弁理士・IP FORWARDグループ総代表/CEO)は、この先の中国エンタメビジネスにおける日本企業のチャンスをこう語る。

 「中国は良くも悪くもエンタメビジネスの歴史が浅いので、〝業界慣行がない=自由〟なんです。日本と違うのは、これから作ることができること。合理的な提案は受け入れられますので、いろいろな新しいスキームが作れます。例えば、ある日本の漫画リメイク作品の共同制作において、日本側の制作サポート労務をベースに日本側会社の同リメイク作品著作権の持ち分を決定する契約を結びましたが、日本のコンテンツ業界からするとあまり見ない方式であり、『中国ではそんなことができるのか』と驚かれました」

 ほかにも、中国におけるコンテンツビジネスの特徴として、映像作品の検閲等、中国政府の権限が強い点に注意が必要だ。

 今後、インターネット上の外国映像作品への規制も強まっていくなか、こうした規制をうまくかいくぐるスキームの確立も急務となる。分部氏は

 「中国政府が国産化を推進しようとするなか、日本のエンタメ企業はしたたかにコンテンツ制作の上流域へ入り込むべき。中国企業の顔をしながら日本作品を作る、現地に溶け込みながら権利を持つ中国作品を作るなど、コンテンツビジネスシェアを取っていくことを目指していかなくては生き残れない」と警鐘を鳴らす。

中国人の求めるコンテンツを作り続ける

 今世界中のエンタメシーンがコロナ渦によって大きなダメージを受けており、中国も例外ではない。日本を含め世界中がより中国の巨大市場に頼らざるを得ない状況になるなか、懸念されるのは、中国が独自にコンテンツ制作の道を進むことだ。

 そうした状況に対して分部氏は

 「行けないなかでも、中国市場をウォッチすることで攻めていく方法を考えないといけない。オンラインでコンテンツ関係者が交流できる仕組みもあります。いまやれることをがむしゃらにやって、市場に入り込み続けることです」とアドバイスする。

 最近とくに交流が活性化してきていた日本エンタメの中国進出は、コロナ騒動後には全く異なる状況に陥るかもしれない。しかし、どんな環境下においても変わらないのは、日本コンテンツの培ってきたベースと特性を生かし、日本リソースを有効活用しながら、いかに中国人の求めるコンテンツを作っていくかという根本的な姿勢だろう。

 日本エンタメの未来を考えれば、海外進出は不可欠であり、そのなかでも中国市場はあらゆるジャンルにおいて最重要と言っても過言ではない。先の見えない状況ではあるが、中国シフトは必要だ。

 これまで良好な関係を築いてきた中国エンタメ界との信頼関係を信じるしかない。この先のさらなる協業による、お互いの発展は可能だからだ。