国際

タイの新たな投資奨励策の影響は?

タイのGDP成長率(需要項目別寄与度)の推移

 外資系企業にとってタイの魅力は、工業団地や空港、道路交通網などのインフラがしっかりしていること、熟練労働者などの人的資源が豊富なこと、地理的条件から周辺のASEAN諸国へのアクセスが容易なこと等々、さまざまな要素が挙げられる。度々発生する国内の政治的混乱も、今のところ経済成長そのものの大きな障害にはなっていない。

 直近のタイのGDP成長率の推移をみると、2013年第1四半期は季節調整済み前期比で1・7%のマイナス、第2四半期は同じく0・3%のマイナスと2期連続マイナスとなり、踊り場に差し掛かってはいるものの、今後も安定的な成長が見込まれている。タイのGDPの7割は外需に依存しており、輸出入の最大のパートナーは日本。輸出構成を見ると、中国、日本、米国、EU27カ国が10%前後とバランスが取れており、一極依存になっていないのも強みだ。

 タイと言えば、11年7月に発生した大洪水が記憶に新しい。当時は製造業を中心にサプライチェーンが寸断され、地場企業のみならず現地進出していた外資系企業も大打撃を受けた。これにより同国への新規投資が鈍ることも懸念されたが、その後は急ピッチで回復が進み、翌年には海外からの投資金額で11年比97%の伸びとなる5490億バーツ(約1・7兆円)を達成。企業によっては、工場などの立地面積を洪水前よりさらに拡大した例もあるという。

 後述するようにリスクヘッジとしてタイプラス1の投資先を模索する動きも活発化しているが、基本的にタイへの信頼感は非常に大きい。

 日系をはじめとする外資系企業のタイへの投資戦略に大きな影響を与えているのが、タイ投資委員会(BOI)の打ち出す投資奨励政策だ。これまでは地域間格差を解消するため、経済発展のレベルに応じて国内を3つの区域に分け、税制や雇用等の優遇策に差をつけるゾーン制が採用されてきた。

 今後はこの制度を廃止して、環境対応や高度技術の導入に積極的な企業をより優遇する方向に転換する。分野別では再生可能エネルギー、ソフトウエア、観光、物流、医療といった知識集約型産業が対象となる。

 BOIのウドム・ウォンウィワットチャイ長官は、

「もともとゾーン制度の主旨は、タイ全土に外資系企業から投資してもらうことだった。しかし、新しい政策では、国内に付加価値の高い産業を育成し、労働集約型産業を減らす構造的な改革を狙っている。その一方で、タイ企業の海外への投資も奨励していく」

 と言う。

 新政策は15年から有効になるため、それまでは企業が新たな制度に適応するための調整期間となる。ウォンウィワットチャイ長官によれば、新政策に対する海外投資家の姿勢は概ね好意的だという。

 また、バンコク日本人商工会議所の釆野進会頭は、

「タイ政府には産業クラスターをつくろうという狙いがあるので、ゾーン制に比べて分かりにくくなったかもしれないが、都市と地方の格差を解消する狙いは同じ。今まではあまり細かなスクリーニングをせずに投資してくれるところには恩典を与えていたが、今後は将来有望な産業に絞っていこうという意図がある」

 と、説明する。

 

タイの自動車産業界に根を張る日系メーカー

 

 外資系の中でも、日系企業のタイへのかかわりはとりわけ深い。過去数十年間にわたり、タイに投資する外資系企業の中では、日系企業の比率が最も高くなっている。12年は日系企業によって投資申請されたプロジェクトが872件、金額が3740億バーツ(約1兆2千億円)と過去最高を記録した。現在、約7800社の日系企業が現地進出している。

 その中でも、最も積極的に投資を行ってきたのが自動車メーカーだ。12年のタイの自動車販売台数は143万6千台。このうち、日系メーカーのシェアは9割近くに達する。

 タイの自動車産業全体の規模はASEANの中でトップ。タイにおける国内消費と輸出はおおよそ半々の比率で、エンジンやトランスミッションといった基幹部品の現地生産も増加し、周辺諸国への輸出基地としての存在感も高まっている。ASEANの中で自動車生産2番手のインドネシアや3番目のマレーシアなどはタイから自動車部品を数多く購入し、主に国内向けの製品に採用している。

 タイ工業大臣のプラスート・ブンチャイスック氏は、

「タイの自動車産業の優れている点は、1次下請け(ティア1)をはじめとして部品メーカーが2400社もあること。12年は生産台数が240万台を超え、17年には300万台の目標を掲げているが、恐らく達成は前倒しできるだろう。自動車産業がこれだけ発展したのは日系メーカーのお陰」

 と、語る。

 高付加価値産業中心の構造へ転換を目指すタイが高い関心を寄せるのが、日本車メーカーが持つエコカーのノウハウだ。06年11月に導入されたエコカーの投資奨励策では、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、スズキ、三菱自動車の5社が認可を取得。タイにおける全エコカーの生産能力は年間58万5千台に拡大した。12年の実績で生産台数は約26万台、13年は約36万台となった。

 スペックの条件がさらに厳しくなる第2弾の奨励策(フェーズ2)については、14年3月末まで申請受付を行っており、認可を得たメーカーは6年間にわたり法人所得税免除の恩典が受けられる。フェーズ1で認可を得た日系メーカー5社に加え、マツダ、フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォルクスワーゲン(VW)、さらに中国メーカーも興味を示しているという。

「フェーズ2に関しては、部品メーカーも含めると投資金額は300億バーツ(約950億円)程度になるだろう。18年までにフェーズ1と2を合わせて年間のエコカー生産台数は90万台になる予定だ。タイではトランスミッションやエンジンになどエコカーの基幹部品が作られることになると思う」

 と、ブンチャイスック大臣は言う。

 

タイへの中小企業、サービス産業の進出も加速

 

 最近では、自動車関連以外の産業の進出も目立ってきた。ジェトロバンコク事務所次長の田中一史氏は、こう語る。

「中小企業や零細企業の進出が増えている関係で、信用金庫のバンコク駐在員事務所が増えてきた。日本の地方銀行も、バンコク銀行やカシコン銀行などタイの商業銀行にトレーニーという形で行員を派遣して、自分たちの顧客サポートや情報収集・提供を行っている。こうした活動をしている地銀は既に40行くらいある」

 地方自治体のトップセールスも増えているという。12年は10人、13年はそれを上回る数の知事が訪れた。県産物の輸出や地元への観光誘致が主な目的だ。13年7月にタイやマレーシアから日本への短期ビザが免除になったため、それを狙って観光誘致をしていく動きが活発化している。

 外国のサービス産業がタイに進出する際には、50%以上の出資が規制されているため現地パートナーと組む必要があるが、それでも飲食店やドラッグストア、さらには結婚相談やメイドカフェなども最近では進出しているという。

 AECの誕生に伴い出資規制の緩和も期待されるところだが、

「大企業同士だと外資と現地企業でのパートナーシップを組みやすいが、小さい会社が現地企業と組む場合は苦労する。そのため単に現地の知り合いから名義だけ借りるケースも問題になっているので、規制は厳しくなっている」

 と、田中氏は説明する。

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

習近平政権下の中国経済と新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

津山恵子のニューヨークレポート

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第16回)

米中間選挙で共和党が圧勝 16年大統領選はどうなる!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

グローバル化が進む中、多くのビジネスパーソンにとって英語力の向上は大きな関心事の1つ。日本人が相変わらず英語を苦手とする理由と解決策について、英語学習アプリで展開するポリグロッツの山口隼也社長を取材すると共に、同社が提供するサービスについても聞いた。(取材・文=吉田浩)日本でますます高まる英語学習熱  201…

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年12月号
[特集]
平成 ランキングで振り返る“時代”の経営者

  • ・バブル破裂で顔ぶれ一新 平成人気経営者の系譜
  • ・次の時代を創るリーダーとは?

[Special Interview]

 榊原定征(2025日本万国博覧会誘致委員会会長)

 「誘致決定まで1カ月 大阪万博を日本経済の起爆剤に」

[NEWS REPORT]

◆コンビニ軽減税率適用で激化する「外食VS中食」の戦い

◆「液晶のシャープ」が有機ELスマホを発売 初の国産パネルで攻勢をかける

◆「世界一高い」と認定された日本の携帯料金のこれから

◆チャネル政策を見直すトヨタ自動車の危機感

[特集2]

 北海道・新時代の幕開け

ページ上部へ戻る