政治・経済

米アップルが新型iPhoneを発表した。アップルとして新たな展開を図る製品であり、また日本ではNTTドコモが販売に加わった。各キャリアが同じ条件でビジネスを展開することになり、日本の携帯電話市場は大きな転換点を迎える。 (本誌/村田晋一郎)

スマホ拡大を意識した新型iPhone

iPhone 5s

iPhone 5c

 米アップルはスマートフォン「iPhone」の新製品として「iPhone 5s」と「iPhone 5c」の2機種を発表、9月20日より発売を開始した。

 iPhone 5sは高機能品との位置付けで、従来の「iPhone 5」よりも高性能のプロセッサを採用し処理能力に優れるほか、カメラ性能を向上。さらに指紋認証機能を搭載し、セキュリティーを高めた。アプリケーションのインストールの際にもパスワード入力でなく、指紋認証で対応できるため使い勝手も良くなっている。

 一方、iPhone 5cは標準品との位置付けで、基本性能はiPhone 5を踏襲。発表前の予想では、iPhone 5cは新興市場向けの廉価版との見方もあった。韓国サムスン電子との激しいグローバル競争を続けるアップルにとって、新興市場への展開は課題の1つとされているからだ。

 しかしiPhone 5cの日本での販売価格で考えると、iPhone 5sよりも概ね1万~1万5千円程度安価なだけで、決して新興市場製品とは言える価格ではない。むしろiPhone 5c最大の特徴は、ポリカーボネート製の外装で、なおかつホワイト、ピンク、イエロー、ブルー、グリーンの5色の筐体を揃えたことにある。このカラーバリエーションで親しみやすさを強調し、新興国の富裕層および先進国でスマホ乗り換えを考えている層を狙った製品と見ることができる。

 両機種を比較すると、iPhone 5sは従来からiPhoneを使っているコアなユーザー向け、iPhone 5cは新規顧客向けと考えられる。スマホ市場が成熟に向かう中、アップルが本当に売りたいのはiPhone 5cだろう。それは実際に発売前後のプロモーションにも表れている。アップルのホームページでも最初に表示されるのはiPhone 5cである。ソフトバンクモバイル(SBM)やauの販売店の店頭では、iPhone 5cのカラーバリエーションを強調したデコレーションが目立っている。

 また、iPhone 5cは発売前の予約を受け付けたが、iPhone 5sは発売日の店頭販売および発売日以降に予約が可能になるなど、対応に差が見られる。発売当初の在庫もiPhone 5cを多く用意しているようで、iPhone 5cへの傾倒が見て取れる。

 アップルはiPhone 5cでさらにスマホ市場の拡大を進めようとしている。

ドコモの新型iPhone取り扱い開始の背景―アップルとサムスンとの競争激化

孫社長不在のソフトバンクの発売イベント

孫社長不在のソフトバンクの発売イベント

 今回のiPhone 5s/cでは、NTTドコモが取り扱いを開始した。これで日本では、SBM、au、ドコモの3大キャリアすべてがiPhoneを扱うことになる。

 これまでもiPhoneの新製品が発表されるたびにドコモが扱うのではないかとの観測は流れたが、話が流れ続けてきた。

 その足枷になったのが、アップルの要求とドコモの資産だ。アップルはキャリアに販売ノルマを課すことで知られており、一般的にキャリアが扱う携帯電話の総販売台数の5割をiPhoneで占めることを要求している。それゆえに、SBMにせよ、auにせよ、iPhoneの「ワントップ」とでも言うべき販売戦略を展開することになり、結果として、日本の携帯電話メーカーのシェア低下を招いている。

 また、ドコモはiモードをはじめ、独自のインターネットサービスを展開しているが、それらの多くはiPhoneのプラットフォームに対応できない。このため、iPhoneを導入した場合、ドコモは自社がこれまで培ってきた資産を捨てることになる。iPhone 5s/cの販売開始にあたっても独自サービスへの対応には時間を要しており、一部のメールサービスの対応は10月になるという。

 しかし、iPhoneを扱ってこなかった結果として、2008年のiPhoneの日本上陸以降、ドコモは苦境に立たされ、年々、シェアを低下させることになった。ドコモとしては、「iPhoneは扱えるものなら扱いたい」というのが本音で、決算発表の場などで、経営陣は幾度となくiPhone導入の可能性を匂わせてきたが、前述の事情によりアップルとの交渉が折り合わなかった。

 この間、ドコモは、サムスンとソニーの2機種を強烈にプッシュする「ツートップ戦略」などで巻き返しを図ったが、業績回復の決定打とはならなかった。

 一方のアップルもサムスン電子との熾烈なグローバル競争を考慮すると、シェアを低下させているとはいえ、スマホの一大市場である日本市場トップのドコモは魅力的なキャリアだ。しかもドコモユーザーのうち約半数が従来型のガラケーを利用している。それだけ潜在的な市場は大きいと見ている。スマホへの乗り換えを促すという意味では、今回のiPhone 5cの販売戦略とドコモへの提供は合致する。ここに来て、両者の思惑が一致した格好で、ドコモのiPhone販売が実現した。

新型iPhoneの発売日に姿を見せなかった孫正義社長

 9月20日の発売日当日は、東京・銀座のアップルストアや各キャリアの旗艦店で、発売開始のセレモニーが華々しく行われた。その中の1つ、ソフトバンク銀座店はこれまでのiPhone発売とは様相を異にしていた。

 孫正義社長の姿がなかったのである。これまでの製品発表時には孫社長が新機種の性能を自らアピールする姿が恒例だった。さらに言えば、9月10日のアップル本社での製品発表会の会場にも孫社長の姿はなかった。

 米スプリントの買収で、ソフトバンクはシリコンバレーに米国拠点を新設。孫社長は月の半分を米国で過ごすことを明言している。今回の孫社長の不在も、米カンザスシティーで行われるスプリントとの会議に出席するためだという。今月末に予定しているスマホの冬春モデルの発表会には、孫社長は出席を予定しており、単にスケジュールが合わなかっただけと取るのが妥当かもしれない。

 しかし、ソフトバンクグループの戦略にとって、iPhoneは機軸となる製品であり、スプリントとの提携でもiPhoneが果たす役割は大きいはずだ。そのiPhoneの新製品の発表会に孫社長が顔を見せないことに違和感がある。

 また、孫社長はツイッターで自ら情報発信することで知られるが、そのツイッターも8月30日のツイートを最後にiPhone発売当日の9月20日までの間にツイートは全く見られない。9月11日の新製品発表にも言及していない。発売イベントに孫社長に代わって出席した副社長兼COOの宮内謙氏は否定したが、「孫社長はiPhoneへの関心を失ったのではないか」と囁かれる始末だ。

 もう1つ不可解な点として、ソフトバンクの販売戦略がある。ドコモの参入で3キャリア揃い踏みとなり、同じ条件下で基本的にはいかに顧客を囲いこむかになる。各社ともに他社からの乗り換え割引や、既存機種からの変更での割引サービスなどを実施。ただし、その内容は特に突出した印象は受けず、現時点では各社横並びの格好だ。

 特に、これまで割引の面では突出したサービスを展開してきたSBMも今回に関しては、サプライズはない。9月11日の製品発表後に各社が料金プランを発表する中、3社の中ではSBMが最後の発表となった。

 従来の同社なら「後出しジャンケン」的なサプライズがあったものだが、今回に関しては、SBMの割引サービスも他社と遜色ない内容で落ち着いた。

 ソフトバンクの発売イベントにおいて宮内副社長は、「われわれにはiPhoneを5年間扱ってきた実績がある」とノウハウの蓄積をアピール。パケ詰まりの解消でも優位に立っているとした。その結果として言及したのが、アップルストア銀座店でのiPhone 5s/cの契約数で、SBMが他社を上回っていることに自信を見せた。先行者の余裕すらうかがえるが、横並びとなる中でSBMも決して安泰ではないだろう。

 業界関係者は次のように語る。

 「iPhoneはもともとが高価な端末だけに、今以上に安値合戦をすることは各社の首を絞めることになる。こうした判断が各社に働いて、今回に関しては、過剰な価格競争には発展しないのではないか」

 孫社長の不在をはじめとするSBMの静か過ぎる動きは、過剰に競争を煽らない作戦かもしれない。

主戦場はプラチナバンドのLTEに

auはプラチナバンドで攻勢をかける

auはプラチナバンドで攻勢をかける

 今回のiPhone 5s/cで日本の携帯電話市場は転換点を迎える。

 これまではiPhoneを扱っていないドコモから、iPhoneを扱うSBMやauへの乗り換えが進んでいた状況だったが、その流れは止まるとみられる。現状で割引サービスに大差がない以上は、最後は通信インフラの差が差別化の大きな比重を占めることになる。それが高速通信規格のLTEだ。iPhone 5からLTEに対応しているが、iPhone 5s/cでの戦いは、LTEへの対応の勝負となる。

 iPhone 5s/cは13種類の周波数帯に対応する。その中にはiPhone 5がLTEで対応する2・1GHzや1・7GHzに加え、プラチナバンドと言われる800~900MHz前後の周波数帯も含まれる。プラチナバンドは障害物があっても電波が回りこみやすいため、都心のビル街や室内、山間部でも電波が届きやすいとされている。SBMでは過去に3G回線でのつながりやすさを向上させるために900MHzのプラチナバンドを導入した。

 iPhone 5s/cの販売競争では、LTEのプラチナバンドへの対応が勝負となってくる。ここで優位に立つとみられているのがauだ。auは既にアンドロイドのスマートフォン向けに800MHzのLTEを使用。3万2千カ所の基地局の免許を取得済みで、日本におけるLTEのプラチナバンドのLTEサービスでは先行している。auではiPhone 5s/cの発売に際して、このプラチナバンドのLTEへの展開をアピールしており、攻勢をかける構えだ。

 ドコモも800MHzのLTEを提供しているが、基地局数はauの10分の1以下という状況。今後、地方を中心にプラチナバンドのLTEを拡大していく方針という。

 ドコモ以上に厳しいのがSBMだ。SBMは900MHzのプラチナバンドを有しているが、現在は3G回線に利用。これをLTEに使用するには回線の入れ替えが必要となる。

 SBMは2・1GHzと1・7GHzの2つのLTEを「ダブルLTE」として、LTEのつながりやすさをアピールしているが、本質的にはプラチナバンドに敵うものではない。しかも1・7GHzについては傘下のイー・アクセスの回線で、イー・アクセスユーザーの利用が少ない時に間借りする格好だ。

 こうした状況からSBMは当初予定を前倒しして、来年4月から900MHzでLTEを提供できるようにし、3つの周波数による「トリプルLTE」を展開するとしている。しかしスタートの半年の差はかなり大きいだろう。

日本の端末メーカーはグローバル展開に活路

 3キャリアが揃ってiPhoneを扱うようになった今、他の日本の携帯電話メーカーにとっては苦しい状況になる。これまでドコモの契約の障害にもなったアップルの販売ノルマを考えると、今後、日本市場におけるiPhoneのシェアはますます増加することが予想される。

 シャープの関係者からは「ドコモのiPhone販売は想定の範囲内」という声も聞こえてくるが、具体的な対抗策は見えてこない。

 むしろ独り気を吐いている印象を受けるのは、ドコモのツートップ戦略にも採用されていたソニーだ。ソニーはiPhone 5s/c発売に先立つ9月4日、ドイツ・ベルリンで開催された家電見本市「IFA 2013」において、新型スマートフォン「Xperia Z1」を発表。同社のデジタルスチルカメラ「サイバーショット」の技術を活用しカメラ機能を大幅に強化させた高機能品となっている。日本ではドコモとauから発売予定で、iPhoneと真っ向勝負していく構えだ。同製品はIFA 2013で発表されたことからも、日本市場にとどまらず世界市場で展開していく。

 日本メーカーから均等に採用していたドコモがiPhoneを扱うようになった以上、日本市場だけに固執しては日本の携帯電話メーカーは生き残れない状況となった。

 NECやパナソニックがスマホからの撤退を発表したが、それは当然の帰結と言える。これからはグローバルでいかに勝っていくかという戦略が求められる。

 

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