テクノロジー

サイバー攻撃からの防衛には多くの課題

 安倍晋三首相は10月23日の参院予算委員会でサイバー攻撃への対応について「サイバー攻撃は日本の安全保障にかかわる重要な課題だ。体制強化を積極的に進めていく」と述べた上で、サイバー攻撃と自衛権の関係について「武力攻撃の一環としてのサイバー攻撃には自衛権を発動して対処することが可能だ」と表明した。

 これは、武力攻撃と絡んだサイバー攻撃には自衛権発動による防衛出動を前提にして対応する、との考えを示したものだ。が、攻撃してきた相手を特定するには困難が伴うだけでなく、反撃する能力や技術もまだ確立されていない。武力攻撃は伴わず、経済的混乱などを狙ったサイバー攻撃に対して自衛権を発動できるかについても明確な法的整理はついていない。

 予算委員会で安倍首相が「サイバー攻撃と自衛権行使の関係は個別具体的な状況を踏まえて判断すべきもので、一概に述べることは困難だ」と付け加えたのも、サイバー防衛にはまだまだ多くの課題が残っている証左と言えよう。

 今回は、ネット社会での安全保障問題やサイバーテロリズム、ネットワーク・セキュリティー問題などを研究し、多くの著書や論文を発表し続けている多摩大学情報社会学研究所所長代理の山内康英教授の2回目。

サイバー空間での最大の脅威はテロリストではなく主権国家

 ーー 前回、山内さんは「1995年頃から米国で『デジタル・パールハーバー(真珠湾攻撃)』への懸念が出始めた」と言いましたが。

 山内 「デジタル・パールハーバー」という考え方は、国際テロリスト・グループが重要インフラをサイバー攻撃する可能性があるというものでした。これを受け、各国でネットワークインフラ防護がテーマになりました。

 しかし、2000年頃「それは違う」という分析が出てきました。この点を明確にしたひとりが米国の戦略国際問題研究所(CSIS)テクノロジー・公共政策部長兼上級研究員のジェームス・ルイス氏でした。彼は「サイバー空間での最大の脅威は国際テロリスト集団ではなく、主権国家だ」と明言しました。これは、インターネットにかかわる脅威認識が次の段階に移ったことを意味していました。

 この頃日本でも標的型電子メール攻撃が始まっていました。国家がインテリジェンス(情報/諜報)目的でサイバー空間を使い始めたということです。

 ーー 具体例は?

 山内 ある日本国内の民間研究機関の配布資料のPDFに、近隣諸国がマルウエア(悪意のある不正ソフトウエア)を仕込み、それを防衛関係機関の職員に送りつけるという事件がありました。職員がその資料を開くとパソコンが乗っ取られて情報が吸い取られる恐れがありました。相談を受け私たちは「ハニーポット(密壷)」というのを作り、攻撃した国を割り出そうとしました。「ハニーポット」はスパイの世界でよく使われる「ハニートラップ(甘い罠)」をもじったものです。オープンにしたサーバーをわざと用意し、相手国がどう攻撃してくるか調べる、そんな仕掛けをやったこともありました。

 ルイス氏の話に戻りますが、CSISで会った際、彼は①インターネットは、その国の社会状況を映す鏡みたいなものだ。それをじっと見ていれば、その国が動揺しているか、していないかなどが分かる。新しい形のインテリジェンス活動であり、インターネットはオープン・ソース(公開情報)そのものだ②サイバー攻撃が国レベルで起きるとしたら、それは全面戦争の前の後方攪乱や通信施設の破壊などに使われるだろう③またプロパガンダ(宣伝)のツールとして使う国も出てくるのではないか――といった点でした。

 要するにルイス氏が言いたかったことは「サイバー攻撃は、国家による軍事攻撃の一環として使われるようになるだろう」ということでした。

 そういう中、99年3月のコソボ紛争の際、在ベオグラードの中国大使館誤爆事件が起き、怒った中国のハッカーが米国などNATO(北大西洋条約機構)側に嫌がらせのサイバー攻撃を仕掛けました。

サイバー攻撃を検討し始めた中国のハクティビズム

 ーー その点については、本誌13年6月4日号の当欄で土屋大洋・慶応義塾大学大学院教授が「中国政府はそれを見ていて、これは使えるツールだと気付き、それ以降、サイバー攻撃の可能性を検討し始めたといわれている」と語ったことがあります。

 山内 そうです。従来なら米国の大使館の前に行って、国旗を燃やしたりしていた政治活動が、ネットの中で行われるように変わったということです。これらの活動を、ドロシー・E・デニング米海軍大学大学院教授(安全保障分析担当)が「ハクティビズム」と名付け、「ハクティビズムこそ当面の脅威だ」と論じました。

 ーー 聞きなれない言葉ですね。

 山内 「ハッキング」と「ポリティカル・アクティビズム(政治運動上の行動主義)」を合わせて造られた言葉です。

 これで有名なのは08年8月、北京オリンピックの開催直前、聖火リレーの際に中国政府がとった行動です。この聖火リレーではランナーの出走に合わせて、チベットの独立運動家たちが至るところで「中国は独裁国家であり、抑圧的だ」と主張しました。これに気付いた中国政府は国営メディアの大規模掲示板「強国論壇」で「聖火を防護せよ」と、世界各地の中国人留学生など華人コミュニティーに呼び掛けたのです。

 これを受け、世界中の華人が一斉の立ち上がって動き出し、中国国旗を掲げ、チベットの旗を取り囲んで外から見えないようにしました。よく考えて見ると、この中国政府の行動は潜在的にとんでもない意味を持っていました。

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年11月号
[特集] AIが知りたい!
  • ・IT未開の地に挑戦 産業構造をAIが変える!
  • ・AIは物理世界がまだ苦手 汎用ロボットの作り方
  • ・データ分析の起点は「何があれば経営に役立つか」
  • ・AI活用事例
  • ・ワトソン君は業務システムと連携する
  • ・米国で加熱する人工知能ブーム AIは21世紀最大のゲームチェンジャーか
[Special Interview]

 小川啓之(コマツ社長)

 「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来

[NEWS REPORT]

◆SBIが島根銀行への出資の先に見据える「第4メガバンク構想」

◆家電同士がデータを共有 クックパッドが描くキッチンの未来

◆新薬の薬価がたった60万円! 日の丸創薬ベンチャーは意気消沈

◆1で久々の優勝を果たすもホンダの4輪部門は五里霧中

[総力特集]

 人材育成企業21

 SBIホールディングス/サイボウズ/メルカリ/ティーケーピー/シニアライフクリエイト/イセ食品/センチュリオン/タカミヤ/中央建設/アドバンテック/合格の天使/明泉学園/オカフーズ

ページ上部へ戻る