政治・経済

日本郵政グループと米保険大手アメリカンファミリー生命保険(アフラック)が、がん保険で提携した。全国2万の郵便局でアフラックのがん保険を販売することが予定されているが、米国の真の狙いは環太平洋連携協定(TPP)交渉を餌にしたかんぽ生命、JA共済の乗っ取りである。 (ジャーナリスト/山下剛)

かんぽ売り渡しの出来レース

 日本郵政の西室泰三社長はアフラックとの提携会見で「2015年の上場を目指す中で、最も必要とされているのは経営を上向かせるためのスピードそのものだ」と語った。与党に復帰した自民党の要請で、今年6月に日本郵政社長に就任した西室社長は、今回の提携を機に株式上場を計画より半年早め、15年春とする方針を表明した。

 震災復興資金源を郵政上場に求める政府の意向を受け、上場時期を早める狙いもあった。しかし、政府の規制で新規の保険商品を発売することができないかんぽ生命の総資産額は民営化した07年度の115兆円から現在では100兆円の大台を割っている。

 かんぽ生命の生命保険限度額は最大1300万円に制限され、死亡補償額希望額の男性平均約4千万円、女性約2千万円の要求を満たせない上、日本市場で急成長するがん保険市場に参入できないからだ。

 一方で新規事業を認めさせるためかんぽ生命、ゆうちょ銀行2社を完全民営化すれば、代理店である2万4千の郵便局との関係を一気に失うジレンマを抱えていた。日本のがん保険市場で7割を超えるシェアを持つアフラックは、郵便局ネットワークを独占できれば日本でのシェアをさらに拡大できる。

 アフラックのダニエル・P・エイモス最高経営責任者(CEO)が「郵政グループは全国津々浦々に拠点を持ち、地域に最も信頼される企業の1つ」と笑みをたたえたように、アフラックの政治力は日本でも抜きんでている。アフラックの日本代表であるチャールズ・D・レイク氏はかつて米通商代表部(USTR)日本部長を務めた人物だ。

 日米財界人会議議長の経験を持つ日本郵政の西室社長は、レイク日本代表とは家族ぐるみで付き合う仲である。西室氏の社長就任は、かんぽ売り渡しの出来レースだったのだ。

 日本郵政は08年10月から約1千の大型郵便局で試験的にアフラックのがん保険を取り扱ってきた。民営化されたかんぽ生命保険は同年2月に、日本生命保険と商品開発や事務・システム構築で業務提携を結んだ。がん保険など第三分野への参入を予定していたが、アフラックとの提携で「母屋」を売り渡したことになる。

 米保険業界は日本のTPP交渉参加をめぐり、政府の経営への関与が残る同グループが業務を拡大すれば「公正な競争にならない」と主張していた。今回の提携はかんぽ生命とアフラックとの提携ではない。持ち株会社・日本郵政との提携だ。かんぽ生命は郵便局と同様、単なる販売窓口である。

 資金量が減少している上、新規事業の道を断たれたかんぽ生命はこのままだとジリ貧だ。上場すれば、株式をアフラックに握られる。

コメではなかったTPP交渉のターゲット

 TPP交渉への日本の参加にあたり、オバマ米大統領は保険、自動車、牛肉の3分野が米国内の関心事項であることを、当時の野田佳彦首相との日米首脳会談で明言した。コメなど農業の危機ばかり騒がれているが、米国金融業界の最大の関心事は日本国民の金融資産だ。

 かんぽ生命の次のターゲットとなるのはJAグループのJA共済事業だ。生命総合共済(生命保険)保有契約160兆円、建物更正共済(住宅保険)保有契約150兆円、自動車共済(自動車保険)保有契約800万件の巨大総合保険会社である。

 JA共済は民間保険が不特定多数に対して営利事業として行っているのに対し、組合員同士の相互扶助を目的としている。非営利団体という建前で、組合員という身元が分かっている人たちを対象とするためリスク管理費用を安く抑えることができる。広告宣伝費も少なくて済み、掛け金は一般の生命保険よりも安い。米国はそのことを「民業圧迫」と批判し、JA側もTPP交渉のターゲットはコメと偽り、共済の闇の部分を国民の目から隠してきた。

 JA組合員の数は正組合員約470万人に対し、「准」組合員が480万と逆転している。准組合員は数千円の出資金を払えば、農家でなくても加入できる。准組合員にはJA貯金・共済加入者のほか、農協経営のガソリンスタンドを利用するだけのサラリーマンや主婦も多い。

 保険業界は1994年の日米保険協議から、米国の市場開放圧力にさらされた。開放で千代田生命、東邦生命といった中小生保会社が軒並み外資の傘下に入る一方、郵政のがん保険販売に関しては「公平競争条件を脅かす」として長い間、足かせがはめられた。簡保の100兆円資産のほか、JA共済保険の資産も米国保険業界が公平競争を名目に買収を狙う。

 簡保や共済は身内同士で助け合う相互扶助事業の色彩が強く、お隣の韓国でも共済組織として根付いて発達している。だが米国は米韓自由貿易協定(FTA)での金融サービス市場開放協議に従い、韓国の金融企業に対して自国で始めた新商品サービスはそのまま米国企業にも認めなければならず、「協同組合が実施する共済事業を同種の民間保険より優遇しない」と規定。さらに農協や漁協、信協共済、セマウル金庫などが行う共済事業は金融監督委員会(FSC)の監視下に置かれ、日本の郵政にあたる韓国ポストが顧客ニーズに合わせて既存商品を変更したり、保険商品の販売限度額を引き上げたりする場合もFSCの勧告に従うよう求めている。

 「TPP交渉で、日本へは米韓FTA以上の内容を求める」という米通商代表部の言葉に従うとすれば、TPPでもこの要求内容はそのまま踏襲されるばかりか、さらに厳しいものになることが予想される。

 「日本郵政が、がん保険に当面参入しない方針を決めたからといって、これで終わるとはとても考えられない」と言うのは全国農業協同組合中央会(JA全中)の関係者。TPP交渉の保険・金融サービス分野で、米国から二の矢、三の矢が続いて放たれるのだ。

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