文化・ライフ

時泥棒は弁済不能の10年の罪

 江戸の町も年の瀬となると商家は書き入れ時でした。嫁いだ娘は実家の前を通りかかっても親の商売の多忙さを気遣って、立ち寄らなかったとか。

 商売相手に対しても「ちょっと近くまで来たから」という気軽な訪問は遠慮するのが当たり前。事前に一筆、書面でことわりを入れてから出向くのが礼儀だったと言います。

 「時泥棒は弁済不能の10両の罪。借りたお金は返せるけれど奪われた時間は取り戻せない-。」

 これは、人や物と同じくらい〝時間〟を大事にしていた江戸町方に暮らす人たちの心構えです。10両は現代の金額でおよそ100万円に当たります。江戸で10両を盗む大泥棒は死罪にも値するといわれ、相手の都合も考えず一方的に自分の用件を押し付けて貴重な時間を奪ってしまうことは、それほどの重罪だとみなされていました。

 江戸も現代も、人付き合いにおける相手への心遣いを大事にするのは変わりませんが、ではなぜ、江戸の人たちはそこまで時間を大切にしたのでしょう?

 江戸時代の人々は現代と比べて、より自然の法則に則った生活をしていました。1日は日の出から始まり、日の入りまでを6等分に区切ったおよそ2時間ごとを「一刻」と数え、日照時間の長さによって季節ごとに時間の長さが異なっていました。

 また、お城には時間を調整する「お時計係」が配属され、彼らの計測はとても正確だったといい、江戸に出入りする商人たちもそれに合わせて時間に敏感に生活する習慣が出来上がっていたのです。

 冬は日の入りが早く職業によっては労働時間が短いため、機敏に効率良く作業をしなくては売り上げに影響が出てしまいます。時間にルーズなことは、商売相手やお客に迷惑をかけるのはもちろん、何よりも自分の店の信用にかかわる一大事だったのです。

親しい相手にこそ「時泥棒」に注意

 商売の仕方がそのままその人の生き方を表すと考え、江戸でひと旗あげて暮らしを立てる商人たちにとっては、〝信用なくして商売成り立たず〝というわけです。生計が立たずやむなく江戸を出ていく苦悩は、時泥棒が死罪に値するほど言われる所以に納得がいきます。

 アポなしの訪問や遅刻。場違いの長いスピーチ。読みづらい長文メールやメルマガ。説明不足で相手に手間隙かけさせてしまった……などなど。現代の何気ない日常にも「時泥棒」はたびたび出没しています。

〝悪気はなかった〟と言い訳せずに、親しい相手にこそ気を付けたいのもこの「時泥棒」です。後悔するも時既に遅し。取り戻せない大事なことほど、後から気づかされるのがやっかいなところですね。

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