政治・経済

医師個人や医療機関に対する資金提供について、情報公開の動きが進んでいる。一方、製薬企業側は及び腰の姿勢が目立ち、世間の信頼を得るという当初の目的が達成されない懸念が依然残っている。 (ジャーナリスト/上島 剣)

 

臨床研究データ捏造疑惑問題で謝罪する東京慈恵医大の関係者ら

臨床研究データ捏造疑惑問題で謝罪する東京慈恵医大の関係者ら(写真:時事)

医師と製薬企業の癒着への批判に対応

 

 「今後はもう、引き受けられないとメーカーにも伝えましたよ。痛くもない腹を探られたくないし」

 そう話すのは、関西のある大学病院の教授だ。専門とする医学分野ではオピニオンリーダーとして知られた存在である。

 その教授は2年前まで、製薬企業が一般開業医やマスコミ向けに開く勉強会や説明会の講演を、できる範囲で引き受けていた。だが去年から、そうした依頼はすべて断っているという。

 「報酬を受け取っていることが、色眼鏡で見られるのは困る」

 実は今年から、製薬企業が原稿執筆料や奨学寄付金などの名目で医師や大学病院などに支払った金額が、各社のウェブサイトを通じて情報公開されるようになった。

 9月までに、米系世界最大手のファイザーや国内最大手の武田薬品をはじめ、大半の製薬企業が、昨年1年間(事業年度)に支払った資金提供額の開示を済ませた。多いところで数百億円、小規模メーカーだと数億円程度と金額に開きはあるが、概ね年間売上高の数パーセントのレンジに収まっている。

 製薬企業によるこうした取り組みは、業界団体である日本製薬工業協会(製薬協)が11年に策定した「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」に準拠したもの。ただ、加盟する多くのメーカーにとってこの取り組みは、厄介事以外の何物でもないようだ。

 「研究開発型製薬企業」を標榜するメーカーは、新薬の臨床試験や医薬情報提供担当者(MR)を通じた販促活動で日常的に医療機関と接する機会があるため、必然的に経費として拠出する金額も大きくなる。

 日本の国家研究予算は米国などと比べると貧弱で、民間の寄付も期待できない。企業の資金提供がなければ、とても医学研究の発展など見込めないという側面もある。

 ただ、こうした業界事情を知らない一般人にとっては、製薬企業と病院の癒着のように映る支出があるかもしれない。そこで、積極的に情報公開することで、世の中の理解を促進しようというのが、製薬協ガイドラインの趣旨だ。

 背景には、米国などで企業からの資金の流れを透明化する法律が制定され、これに違反した企業には厳しい罰則が設けられるようになったという、世界的な流れもある。日本でも、医療機関とメーカーの癒着が報道を通じて白日の下にさらされ、副作用問題が薬害事件などのスキャンダルへと発展した苦い歴史がある。

 こうした世論の不信感は、過去の話ではない。奇しくも今年、スイス系製薬大手ノバルティスファーマが、自社のドル箱製品である血圧降下剤「ディオバン」(一般名=バルサルタン)の臨床研究データ捏造疑惑の渦中にある。

 ノバルティスはディオバンの社外臨床研究に携わった複数の大学病院に、多額の奨学寄付金を提供していた。同社は研究データの改竄には関与していないという立場を崩していないが、疑惑を大きくしている一因が、不透明な金の流れであることは事実だ。資金提供の自主的な開示は、時宜に適った措置と言える。

 

製薬企業による相次ぐ不適切開示と医師へのおもねり

 

 しかしこの夏、製薬協ガイドラインに則った初めての金額開示が実施に移され、メーカーの情報公開に対する姿勢が、極めて後ろ向きであることが露呈した。

 ガイドラインは、「学術研究助成費」「情報提供関連費」といった費目ごとに、各社ウェブサイトで合計金額や件数などを明らかにすることを定めているが、実態は、情報公開とは名ばかりの不適切な開示が相次いでいるのだ。

 例えば、ほとんどの企業は、金額データにアクセスするに当たって、具体的なリストは閲覧することはできても、データの保存やプリントアウトができないように制限を掛けている。大手でも、情報公開したことを、ウェブサイトの告知画面にすら掲載しない企業もある。こんなやり方では、一般人の目に触れる機会はまずないだろう。

 だが、こうした姿勢は本末転倒だろう。言行一致しない中途半端な「透明化」では、かえって世の中から不信感を持たれる機会が増加するだけで、ひとたび副作用問題などが発生すれば、世論の袋叩きに遭うのがオチだ。

 製薬企業が資金提供の情報公開に対して積極的になれない理由のひとつは、冒頭に紹介したように、医師が企業主導の金額開示に強い難色を示しているからでもある。

 実は今年、製薬協が透明性ガイドラインに基づく情報公開に踏み切るに当たって、日本医師会と日本医学会が、開示の一部延期を要求した。医療側はガイドラインが定めた開示方法に納得しておらず、製薬協のやり方は拙速であるというのが言い分だ。

 製薬協はこれを踏まえて一部譲歩し、開示項目のうち、講演料を含む「原稿執筆料等」の医師個人への支払額の公開を1年見送ったという事情がある。従って、医師に対する個別の謝礼を含めた金額開示が始まるのは、来年からだ。

 透明性ガイドラインの本意は、必然的に医師や医療機関への資金提供が伴う製薬企業の活動に対して、世の中の理解を得ることだったはず。

 このまま医師におもねるような不適切な開示が続くなら、「透明性」の建前は、それこそ世論の誤解や批判を生むだろう。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年5月号
[特集]
進化するチーム

  • ・総論 姿を変える日本の組織 個人とチームが互いに磨き合う時代へ
  • ・小笹芳央(リンクアンドモチベーション会長)
  • ・稲垣裕介(ユーザベース社長)
  • ・山田 理(サイボウズ副社長)
  • ・鈴木 良(オズビジョン社長)

[Special Interview]

 南場智子(ディー・エヌ・エー会長)

 「社会変革の今こそ、組織を開き、挑戦を加速する」

[NEWS REPORT]

◆社長になれなかった松下家3代目がパナソニック取締役を去る日

◆DeNAとSOMPOが提案する新たなクルマの使い方

◆ここまできたがん治療 日の丸製薬かく戦えり

◆ブレグジット目前!自動車各社は英国とどう向き合うか

[特集2]九州から未来へ

 九州一丸の取り組みで生まれる新しい産業

ページ上部へ戻る