文化・ライフ

 行灯とは、木枠などに和紙を貼りその中でイワシの油を使って灯りをともす江戸時代の一般的な照明器具です。夜明け前、薄日が差して明るくなり始めてからの照明は意味をなさず、あってもなくてもいい存在。これにたとえて、役に立たないどうでもいいものを江戸では「夜明けの行灯」と呼んだそうです。

 日頃より心のつながりを大切にし、商いでは相手の気持ちを第一に考えたという江戸商人たちが〝どうでもいい〟としていたもの。それは、一時的な「怒りの感情」でした。

 取引先やお客さん、上司や部下、同僚など、仕事上の相手と意見が合わないときや自分の思いどおりに事が進まないとき、その苛立ちから怒りの感情が込み上げてくることは誰にでもありますよね。家族や友人などプライベートでも同じことが言えるでしょう。

 しかし、その気持ちをすぐに相手にぶつけるのはトラブルのもと。私たちは自然と、言い争う前に呼吸を整え、言葉を選んでは人間関係を円満に保つ努力をしています。

「感情を飲み込んでも消化不良にはならない」という言葉をある本で読んだことがありますが、いったん心にしまっておくことは、どの時代でも大切なことですね。間違っていることや、疑問に思うことを感情のままに口に出しても解決につながらないことも多いのが現実です。時にはズバッと言うことも必要ですが、口にしたときのすっきり感よりも後味の悪さに後悔することのほうが多くありませんか?

 腹が立ったら冷静に、夜明けになるまで待ってみる。しばらくして思い返すと、「どうしてあんなにムキになっていたのだろう?」と〝どうでもいい〟ことに思えることもけっこうあるのです。

 例えば、知人から自分の意にそぐわない感情的なメールが届いたとき。怒りにまかせてすぐに返信するのではなく、いったん、その気持ちと共に〝下書きフォルダ〟に寝かせてみる。少し時間を置いてからそのメールを読み返すと、感情的に返信メールを「送らなくてよかった」と思うことになるでしょう。

 緊急な要件でなければ、気持ちを整えてから冷静に対応するほうが円満です。自分の怒りが収まる頃、相手もじつは言い過ぎたことを気にしているかもしれませんよ。感情というのは一時的なもの。それだけでは、前向きな議論には向かず、その後もいい関係は築けません。

 夜明けの行灯が伝える「冷静になるまで待ちましょう」という江戸からの知恵は、怒りも辛さも感情は一刻(2時間)。何があっても動じないしたたかな優しさは、人の上に立つ者に必要な強さであると学ぶのでした。

 

*本連載は今回を持ちまして終了となります。ご愛読ありがとうございました。

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