政治・経済

政府と企業経営者、労働組合の3者が賃金や雇用問題を話し合う「政労使協議」がスタートした。賃上げを求める政府と、経済政策の実施が先と譲らぬ経営者、政治介入を警戒する組合と、立場の異なる者同士の議論はかみ合わず、先行きは不透明だ。 (ジャーナリスト/梨元勇俊)

米倉経団連会長は賃金引き上げの前に法人税引き下げや規制改革が必要と主張する

米倉経団連会長は賃金引き上げの前に法人税引き下げや規制改革が必要と主張する

経営側は慎重

 「日本経済はダイナミズムを取り戻す方向に向かっている。この動きを賃金や雇用の拡大を伴う好循環につなげられるかどうかが勝負どころだ」

 9月20日午後、首相官邸で開かれた「経済の好循環実現に向けた政労使会議」の初会合で安倍晋三首相は経団連の米倉弘昌会長や連合の古賀伸明会長ら労使関係者を前にこう檄を飛ばした。

 議長を務めた甘利明経済再生担当相は会議の狙いについて、「企業が収益の改善を果たし、賃金上昇と雇用の拡大、下請代金の上昇などを通じて消費や投資の拡大を促進し、企業収益の向上と経済の拡大をもたらすとともに、成長分野にスキルアップした人材を含めた経営資源が速やかに投入される好環境を実現するために、政労使がどう対応をすべきか共通認識を醸成することだ」と説明した。

 同日の会議では「賃上げ」という文言こそひと言も使われなかったが、会議が政府による事実上の賃上げ要求の場であることは明白だ。アベノミクスで株高円安が進み企業収益は好転してきた。

 だが一方、円安で輸入物価も上昇している。所得が追い付かないと物価だけが上がる〝悪いインフレ〟になり、景気回復に水をさす。そのため、できるだけ間をおかずに賃上げや雇用の拡大につなげるべきであり、デフレ脱却には企業の賃上げが不可欠というのが政府の本音だ。

 安倍首相は今春にも経済3団体のトップを官邸に呼び、「業績の改善した企業は賃上げをしてほしい」と要請している。

 賃上げに前のめり姿勢を示す政府に対し、経営側は慎重姿勢を崩さない。会議終了後、経団連の米倉会長は、「賃金や設備投資に回るためには企業がもうからなければならない。政府には企業がフルに力を発揮できる環境整備をお願いしたい」と述べ、法人税の引き下げや、経済連携協定の推進、規制改革などが先だと強調した。

日本商工会議所の岡村正会頭も、「成長抜きに収益は増えない。成長戦略を早期に実行することだ」と語り、日商中小企業の創業や海外展開、新規事業に対する支援を急ぐよう促した。

 中小・零細事業主で構成する全国中小企業団体中央会の鶴田欣也会長はさらに深刻な表情でこう訴えた。

 「景気回復の実感はない。10月から(企業が労働者に支払う賃金の下限を定めた)最低賃金も上がり、中小企業にとっては大変厳しい。もう少し時間がほしい」

 賃上げは個別の企業の支払い能力に応じて行うべきもので、政府に要請されたからといって一律に上げるわけにはいかないというのが経営側の共通認識だ。実際、今春の首相の賃上げ要請に応えて、ローソンやトヨタ自動車など一部の企業が賃上げを実施しており、大手製造業首脳は、「賃上げは余裕があるところから順次拡大していく。社会主義国じゃあるまいし、企業の内部留保をどう配分していくかはそれぞれの経営判断だ」と反発する。

労働側も警戒感

 労組も戸惑いを隠さない。連合の古賀会長は、「非正規労働者や中小で働く労働者の格差を改善し、将来に対する不安を解消するには所得の向上が必要だ」と語り、賃上げの重要性を説いた。来春の労使交渉で全トヨタ労働組合連合会が5年ぶりにベースアップ(ベア)を統一要求に掲げるなど久しぶりに賃上げ機運が高まっている。政府の〝賃上げ要求〟は組合側には追い風だ。

 だが、流通・サービスなど生活関連産業の労組で構成するUAゼンセンの逢見直人会長は「底上げとか、所得の再分配とか、社会保険を非正規に適用拡大するとか、政府としてやるべきことはまだある」と指摘し「賃金の議論は基本的に労使でやるものだ。政府が労使の実質的な交渉に介入することはあってはならない」と警戒感を示した。

会議後の会見で甘利担当相は、「規制改革、税制改正、金融政策などの環境整備は政府の責任としてやっていく。政・労・使3者が共有する目標に向かってお互いがなすべきことする、そういうことだ」と締めくくった。

 「政労使はお互いにつながっている。胸襟を開いて忌憚のない意見交換をすることはいいことだ」(岡村会頭)と、出席者は会議自体には理解を示すものの、3者の賃上げに対するスタンスは同床異夢。年末に向けたとりまとめは難航が予想される。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年3月号
[特集]
環境が経済を動かす

  • ・総論 災い転じて福となせるか 持続可能な社会の成長戦略
  • ・越智 仁(三菱ケミカルホールディングス社長)
  • ・100年後を考える 世界最大級の年金基金「GPIF」
  • ・金融業界はこう動く
  • ・脱炭素化の遅れがはらむ「座礁資産」の危険性
  • ・脱炭素化で移行する「地域循環共生圏」とはどういう社会なのか!?

[Special Interview]

 中田誠司(大和証券グループ本社社長)

 「SDGsを経営戦略の根幹に据えることで企業は成長する」

[NEWS REPORT]

◆稲盛哲学を学ぶ盛和塾解散を塾生たちはどう聞いたか

◆米中経済戦争の象徴となった「ファーウェイ」強さの秘密

◆EV時代にあえてガソリンエンジンにこだわるマツダのプライドと勝算

◆それは自由か幸福か——「信用スコア」で個人の信用が数値化された世界

[特集2]関西 飛躍への序章

 大阪万博開催で始まる関西経済の成長路線

ページ上部へ戻る