マネジメント

1970年代後半、オイルショックを乗り越えた日本は、新たに「円高」という問題に直面していた。「自信喪失する日本の経営者に元気を」と企画されたのが、戦後の日本経済をけん引してきた東西の両巨頭の対談であった。東からは日本商工会議所会頭の永野重雄氏が、対する西からは、松下電器産業(現・パナソニック)相談役の松下幸之助氏にご登場いただいた。既に、永野氏78歳、松下氏84歳になっていたが、年齢を感じさせない熱い対談となったようだ。司会は、当時50歳の脂の乗り切った弊誌主幹の佐藤正忠が務めた。(1978.11.28号から抜粋)

経営者が伸びるチャンスとは

-- 新日鉄の名誉会長である永野さんは、富士製鋼所という一中小企業からスタートされたわけですが、これは松下さんも同様ですね。そこで、経営の極意とは何か、お話願いたいんですが、永野さんいかがですか。

永野重雄
ながの・しげお──1900(明治33)年、島根県生まれ。新日本製鉄(現・新日鉄住金)会長などを歴任し、日本商工会議所会頭なども務めた。1984(昭和59)年没。

永野 私は、経営というのは簡単で一時的に相手の信頼を得たりするような便利な言葉を使っても、これは永い目で見ると押し通せるものではありません。やはり、永い時間に耐えるものは「真実」、「誠実」これにつきますね。

 もうひとつは、ロビンソン・クルーソーのように一人島で暮らす場合、せいぜい魚を何匹釣ったといった程度ですが、社会というのは人間の集団です。その人間の集団の中で仕事をしようとすれば、大勢の仲間が協力して初めて5倍、10倍の力になる。その原動力はともに心の通い合う人間の「友愛」なんですね。いまご紹介があったように、私が引き受けた会社は、第一次大戦で破産した会社ですからね。社員は13名。文字通りの中小企業なんですよ。

-- お互い人間同士ということですね。

永野 人間というのはお互いを知ることから始まるんですね。企業でも人間の集団ですから同じなんです。

 ただ、これが千人、万人になってくると、なかなか記憶できない。ところが、300人ぐらいだと、だいたい覚えられるんですよ。この社員は甘党か辛党か、家族構成はどうかとかね。社員の方も、親近感が出てくるんですよ。

 私は幸い、甘党、辛党の両刀使いですから、夕方5時に会社が引けると「おい○○君」と後ろから声をかける。相手に応じて一杯やったり、あんみつ食べたりする。そうすると、後ろから見ても名前がわかり、趣味まで知っているということで、百の訓言よりもはるかにいい。それを痛感しましたね。だから、昔はこの人間社会に特別な秘訣がありませんでしたね。自己をあるがままにさらけ出し、相互に信頼を勝ち取る。あとは各論の問題ですからね。

-- 8万人の人間集団、新日鉄などはとうてい不可能なことですね。

永野 やはり、人間同士を知るというのは、300人以下ですね。いまさら、軍隊の話もなんですが、例をとりますと、中隊単位です。隊長がおやじであとは家族、この範囲だと一人ひとりの気分までわかる。趣味から家族とか親戚を含めてね……。

 この範囲なら単位が固いからその単位を集めていけば、これが300倍になっても強いのです。

 従って、工場で言えば300人を知る、ところが次の段階で本部長になると、今度はそちらの付き合いが生じるし、取締役になれば銀行の頭取を知らねばならなくなる。付き合いの幅は広がっていきます。その場合でも理解し合える人間の範囲は300人の移動でしかない。一番必要なのは、人間の頭脳力の限界、つまり300人の力を活用することにあるのではないかというのが私の持論なんです。

-- 松下さんは「不況こそ経営者たちが伸びる時だ」と言っておられますが……。

松下幸之助
まつした・こうのすけ──1894(明治27)年、和歌山県生まれ。松下電器産業(現・パナソニック)創業者。松下電器産業を世界的企業にまで発展させたことで、「経営の神様」と言われた。1989(平成元)年没。

松下 それはね、たびたび不況にあってきた、私の経験談を言っているわけです。

 忙しい時には、どこの店も忙しいが、ヒマになるとお客さんは仕入れ先を吟味しますね。そうすると、日ごろ勉強している店から買おうということになるのです。忙しい時に勉強していれば、ヒマな時かえってお客さんが増えるわけですね。だから「景気によし、不況になおよし」ということになるのです。

 我田引水となりますが、私もしばらく悩んだことがあるんです。それは、業界の技術開発が激しく、何十年か前は小さいメーカーが競争をしていた。それで、こっちが伸びると相手がへこむわけです。といって、商売ですから手を緩めるわけにはいきません。これが7、8年前も続いたんです。

 それである時、宗教家に会ってお話を聞いたんです。そうしたら、もっと大きな立場に立たなければだめだと言われた。小さな悩みでなく、もっと大きな悩みを救うのだ、大きな使命が仕事の上にあるんだと。私はそれまでは遠慮しながら仕事をやってきたんだが、今度は使命感に立って競争するんだと理解したわけです。その使命とは、広い社会の繁栄ということですね。

 それからは、小さな悩みがなくなって仕事も堂々とできるようになったんです。

永野 私もね、不況を望むものではないし、いま痛い目にあっているが、(昭和)47、8年頃までの有頂天な状態が続いていたら日本は英国病にかかっていたでしょうね。米国もそうなんですが、やはり次の大きな抵抗力がなくなるから、その時の打撃は非常に大きい。その意味で、いまは引き締めの時なんですね。これは、次の時代にとってはいいことかもしれませんね。

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