政治・経済

今年1月下旬に就任した籾井勝人・NHK会長の評判が芳しくない。不穏当な発言をきっかけに野党や出身企業、NHK内部から批判を浴び、受信料の不払い運動の広がりも懸念されている。(文=ジャーナリスト/梨元勇俊)

 船出から散々な評判

籾井勝人・日本放送協会会長(写真:時事)

  今年1月7日、都内ホテルで経済3団体主催の新年祝賀パーティーが開かれた。景気の回復基調を背景に、過去最高の約1850人もの経済人が集まったが、パーティー開始の午後2時より30分も前から受付付近の壁際に陣取っている男がいた。正面玄関から黒塗りの車を降りて秘書を従えて、近づいてくる有力財界人を見つけるやいなや、駆け寄って名刺を差し出し、頭を下げている。昨年暮れに日本放送協会(NHK)第21代会長に推挙された籾井勝人氏である。

 籾井氏は1943年、福岡県生まれの71歳。60年に三井物産に入社。2005年に副社長から物産が出資する情報通信関連会社の日本ユニシスの社長に転出するまで、商社マン人生のほとんどを鉄鋼畑で過ごした。「NHK会長」と記された真新しい名刺を誇らしげに配っている姿が印象的だった。

 ところが本人の張り切りぶりとは裏腹に新NHK会長の評判は散々だ。1月25日の就任会見で、旧日本軍の「慰安婦」を「どこの国にもあったこと」と言い放ち、国際放送問題に関しても「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と、公平・中立を求められる公共放送のトップとして耳を疑う発言を繰り返したのが発端だった。

 続いて就任直後にNHKの10人の理事全員に辞表を提出させたことも明らかになった。各理事の辞表を預かっていることについて籾井氏本人は3月上旬の会見で、「人事で職権乱用するようなことはない」と述べ、特に問題はないとの認識を示したが、辞表預かりという行為に疑問を呈する経営者は少なくない。日本商工会議所の三村明夫会頭は「私の知る限り一般的なことではない」と語り、経済同友会の長谷川閑史代表幹事も「不祥事への対応なら分かるが異常なことだ」とみている。

 ただ籾井氏本人は一向に動じる気配がない。就任後の不穏当な言動に対する見解や説明を国会で求められても、意味不明瞭な答弁を繰り出すばかり。不信感を抱いた野党側は一斉に籾井会長の辞任を要求し、NHKの会長スタッフは連日の国会対応に追われている。一般のNHK職員からも「会長としての資質を疑う」「あの人を守ろうという気持ちになれない」と批判が出る始末だ。

 籾井氏は物産の第8代社長を務めた上島重二氏の側近で、当時を知る人によれば「大いなるイエスマン」だった。ボスから「そこに立っていろ」と言われれば、何時間でも立っていることができるキャラクターだという。00年には将来のトップの登竜門、三井物産米国の社長に就任。東京本社に戻ってからは専務、副社長に昇りつめ、一時は物産の社長有力候補とも目されていた。

 だが、情実人事を嫌う上島氏の意向で対抗馬とみられていた槍田松瑩氏が社長に就任。籾井氏は当時物産の関連会社で副社長経験者の指定席だった日本ユニシスに転出した。物産の社長になり損ねた籾井氏は、ユニシスに移ってからは物産がらみの仕事をほとんど切った。その後、物産はユニシスから資本を引き上げ、同社の筆頭株主は今、大日本印刷に代わり、ユニシスのトップはプロパーが務めている。

 ユニシス社長時代の評価も低い。それまで4年で交代するのが慣例だった社長の座に籾井氏は05年から11年まで6年も在任した。3年間で売上高を約25%減少させ、営業利益は約70%まで減少させた・実績・もある。

 在任期間を全うできるのか

  NHKはこのところ視聴者からの苦情や国会対応に忙殺されている。特に深刻なのは、受信料不払いが加速していることだ。籾井氏自身の国会答弁によれば会長就任後、同氏に関連した視聴者からの意見や問い合わせが約3万1900件にのぼり、肯定的意見が5900件、不払い表明や苦情などの批判的意見が約2万600件だったという。

 野党は国会でNHKの14年度予算の前提になる受信料の徴収が落ちていることを問題視し、3月末まで予算案承認に難色を示したが、籾井氏の言動をきっかけに恒常的に裁判沙汰になっている「受信料不払い問題」が広がれば、NHK本体の経営にも影響を及ぼすだろう。

 だが籾井氏は国会で「今回の件を理由に解約の申し出があっても(受信機を設置していれば)契約が必要だ」と強弁。受信料収入に影響が出ないよう徴収方法を強化する方針を示して火に油を注いでいる。前述した全理事の辞表預かりについても「現在2年の理事の任期は、いずれは(民間企業の取締役と同様)1年に変えたほうがいいと思う」と語った。

 古巣の三井物産、転出先の日本ユニシス、野党に加え、身内であるはずのNHK職員、そして視聴者からも批判を浴びている文字通り四面楚歌の籾井氏は1期3年のNHK会長職を全うすることができるのか。かつて三井物産の社長、会長を務め、初の財界出身会長として88年7月にNHK会長に就いた池田芳蔵氏は国会で不適切な発言を繰り返し、会長に不的確と退任を求められ、翌年4月に辞任した。在任期間はわずか9カ月だった。籾井氏がこの物産の先輩のワースト記録を塗り替えることにならねばいいのだが。

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