テクノロジー

ソニーがビッグデータ事業への展開をにらみ、クラウド上で個人情報を保護するデータ管理システムを開発し、お薬手帳の電子化への適用を進めている。その背景には医療分野への意気込みとプラットフォームビジネスへのこだわりがうかがえる。(本誌/村田晋一郎)

新開発のシステムを電子お薬手帳に適用

平井一夫・ソニー社長は新たなプラットフォームビジネスを構築できるか

平井一夫・ソニー社長は新たなプラットフォームビジネスを構築できるか

 ソニーが、クラウド上での個人情報に配慮したデータ管理システムを開発し、ビッグデータ事業参入への機会をうかがっている。

 今回開発したのは、非接触ICカード技術「Felica」を用いたシステムで、最初の応用事例として、お薬手帳を電子化する「電子お薬手帳サービス」を提案する。

 患者が、Felicaチップが埋め込まれたICカードを薬局に置かれた専用端末にかざすだけの簡単な操作で、患者と薬剤師は調剤履歴などの情報を共有できる。さらに専用のアプリケーションをインストールすれば、スマートフォンからも調剤履歴や服薬後の副作用などの情報の記録が可能となっている。クラウド上で調剤情報を管理することで、手帳の不携帯や紛失の際にも対応できる。また、スマホで調剤情報を管理することで、家族内での情報を共有し、「セルフメディケーション」にも役立つという。

 今回のシステムのベースとなるFelicaは、SuicaやPASMOなどの交通システムや電子マネーに使われているが、もともとはソニーが開発した技術。ソニーがビッグデータへ展開していく上で、その知見を生かした形だ。

 今回のデータ管理システムの売りは新たに開発した個人情報の保護技術にある。従来のクラウドを利用した一般的なサービスでは、利用者の個人情報とデータの両方がペアで同じクラウド上のサーバーに保存されるため、外部もしくは内部からシステムへの侵入があった場合、これらの情報が同時に漏洩するリスクがあった。今回開発したシステムでは、個人情報とデータを分離し、データのみをクラウドに保存。氏名や生年月日などの個人情報はクラウドには送信されず、利用者が所持するICカード内に記録され、その上で個人情報とデータを結び付ける共通IDを割り当てる。この仕組みにより、サーバーへの不正アクセスがあった場合にも、個人情報とは結び付かず、高いセキュリティーが実現できるという。

 同サービスは2011年より川崎市宮前区の約20の薬局で実証実験を行い、約1千人の患者が実際に利用しているという。13年秋より対象エリアを同市全域に拡大する計画。

過去の失敗の教訓は生かされず

 今回のビッグデータへの展開に対して、聞こえてくるのは、「医療分野拡大への足掛かり」そして「プラットフォームビジネスへの固執」という声だ。

 まず医療分野については、ソニーは将来の成長戦略と位置付けている。しかし医療分野は製品の実用化までにさまざまな認可を受ける必要があり、参入障壁が高い上、ビジネスになるまでに時間を要する。今春、オリンパスとの合弁会社「ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ」をスタートさせたが、既に医療分野で実績のあるオリンパスと組むことで認可の問題をクリアするという見方ができる。それでも合弁会社の最初の製品が市場に出るまで数年を要する見込みだ。

 ソニーとしてはオリンパスとの合弁だけに頼らず、幅広く展開していきたい考え。今回のFelicaシステムの最初のアプリケーションがお薬手帳というのも、医療分野での実績をつくろうとする動きにも見て取れる。ただし、お薬手帳の電子化がどこまでその嚆矢になるかは微妙なところだ。

 プラットフォームビジネスについては、ソニーの場合はハードウエアの強みを生かしたプラットフォームを形成し、そのプラットフォーム上に関連する企業やグループを巻き込んで、サービスに付加価値を提供する。平井一夫社長もさまざまな場面でプラットフォーム形成の重要性を語っている。

 しかしソニーは家庭用ゲーム機「プレイステーション」を除いては、プラットフォームビジネスの形成に失敗してきている。Felicaにしても電子マネー「Edy」で失敗した過去がある。子会社「ビットワレット」でEdyを手掛けていたが、収益に結び付けることができなかった。ビットワレットは9年連続で赤字を出した後、楽天の傘下に入り、Edyは「楽天Edy」と名称を変えている。

 業界関係者は語る。「Felicaは高速性に優れる技術的な強みで、SuicaやPASMOなどの交通機関に採用されたが、SuicaやPASMOはソニーのプラットフォームではない。プラットフォームにはどれだけ関連する企業を巻き込めるかが鍵となるが、Edyではそれで失敗した。そして今回のお薬手帳サービスにその失敗の教訓が生かされているとは思えない」

 なぜFelicaなのかという疑問もある。Felicaはソニーの技術ということもあり、普及しているのは日本と東南アジアの一部地域のみ。香港では鉄道システムに「オクトパスカード」が採用されたが、国際的にはガラパゴスな規格だ。Felicaの上位の国際規格としてNFC(Near Field Communication)の普及が現在進んでおり、日本のスマートフォンでもNFC対応機種が出てきている。

 今回のシステムは、Felicaのノウハウに長けるソニーだからこそ実現できたとも言える。しかし、Felicaでのプラットフォームが確立できなければ、普及は難しいだろう。

 「そもそも各薬局にFelica専用端末を置くことは、コストの面からも現実的ではない」(前述の関係者)。ましてお薬手帳にはそれほどの高速性は求められず、必ずしもFelicaである必要はない。本格的なビジネス展開を考えるなら、FelicaではなくNFCでシステムを作り上げるほうが、先の展望も開けるのではないか。

 「このまま実証実験だけで終わる」という冷ややかな見方もある。ビッグデータへ展開していくにしてもプラットフォームが確立できなければ、医療分野への橋頭保を築くことにはならないだろう。

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