政治・経済

 起業、事業の急成長と挫折、そして復活――現在成功している経営者の中でも、藤田晋氏ほど短期間で激しい浮き沈みを経験した人物はそういない。24歳でサイバーエージェントを創業し、スピード上場、直後にITバブルが崩壊し、一時は会社売却寸前まで追い込まれた。しかし再び息を吹き返し、気が付けば数少ないITベンチャーの生き残り組として、今も業績を伸ばし続けている。そうした激しいイメージとは裏腹に、インタビューに応える藤田氏はいたって物静かで、人の話を咀嚼しつつ丁寧な受け答えをする。これまで下してきた多くの大胆な決断と、人柄とのギャップが何とも印象的でもある。自身や会社の命運を左右する決断を下した時、どこからそのパワーが生まれてきたのか。藤田氏の決断の時を振り返る。(文=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

2回会社をつくり直したサイバーエージェント・藤田晋社長

藤田 晋
ふじた・すすむ──1973年福井県生まれ。青山学院大学卒業後、インテリジェンスを経て98年にサイバーエージェントを創業。インターネット広告事業、スマートフォンサービス「アメーバ」事業などで展開。2000年3月に東証マザーズ上場。「21世紀を代表する会社を創る」をビジョンに掲げ、若手起業家のアイコン的存在として活躍中。

 藤田氏が事業構造大転換の決断を下したのは大きく2回。創業以来注力してきたインターネット広告の代理店事業から、自社メディア「Ameba(アメーバ)」で主軸をBtoC領域にシフトした時、そして経営資源をPCやガラケー向けからスマートフォン向けサービスに一気にシフトした時だ。どちらも社運を懸けるほどの重大な決断だった。

 アメーバ事業は2009年に黒字化。スマホ事業については、本格的に取り組み始めてわずか2年余りで、1千億円の売り上げを創出するまでに成長。今や売り上げ全体の約3分の2を占める。藤田氏は言う。

 「2007年にアメーバに注力した時と、11年にスマホ事業に一気にシフトした時で、2回会社をつくり直した感覚でした。BtoBからBtoCに事業領域を変えるのはこれほどまでに大変なのかと。BtoC領域では価値観がまるで違ったため、一度すべてをゼロにして、自分自身が大きくキャリアチェンジしないと生き残れませんでした。また、スマホへの変革の時は規模が大きかっただけに、僕自身、そこだけに没頭して受験生みたいな生活をしていました(笑)」

 しかし、当初はスマホ事業の売り上げも徐々にしか上がらず、既存事業も落ちこみ始めていたため、投資家からのプレッシャーも強かった。

 「これほど大きな事業構造転換を、上場企業としてやるのは結構大変だった」と、藤田氏は振り返る。

 「アメーバ以外の事業では『任せて伸ばす』ことを大事にしていますが、何かを大きく変える時は自分が先頭に立たないといけないと思っています。代理店業からメディア業に変わる時は・メディアばか・になっていましたし、スマホに変わる時は・スマホばか・になって、それしかやらなかった」

 集中している時は、他の事業のことは一切眼に入らないと言う藤田氏。この姿勢が今、実を結んでいるわけだが、ここまで極端に突っ走ると、失敗した時のリスクも当然大きい。それでもひるまないメンタルの強さは、どのように養われたのか。

起業家 藤田晋の本格的な歩みのきっかけ

 「会社そのものが究極の作品」。学生時代にぼんやりと考えていた起業の道を、藤田氏に決意させたのが『ビジョナリー・カンパニー』(ジェームズ・C・コリンズ/ジェリー・I・ポラス著)に書かれていたこんな考え方だった。

 もともと社長に憧れていたわけでも、金持ちになりたかったわけでもなかったという藤田氏を強く惹きつけたのが、時を超えて生存し続ける企業に必要なのは、経営者のカリスマ性や目新しいヒット商品ではなく、会社そのものを究極の芸術作品にするという発想。この考えに触れた時、企業家・藤田晋の歩みが本格的に始まった。

 当時、大学生だった藤田氏は、リクルート出身者で立ち上げられたベンチャー企業でアルバイトに精を出していた。アルバイト仲間が激務で次々と辞めていく中、学生とは思えないほど必死で働いた。それ以前は雀荘に入りびたり、学校にも行かずに留年し、退廃的な生活を続けていた自身を反省、「もうあの頃には戻りたくない」という想いが原動力となった。

 「大学生の頃は、ベンチャー経営者はあこがれの職業ではありませんでした。豪邸や高級外車を自慢している怪しげな経営者が多かったし、メディアも面白がってそういう人を扱っていた時代。それより電通やリクルートのような会社がカッコイイ存在であり、大学生の目には経営者はただのおじさんにしか見えなかった。そこで、みんなの憧れの存在になる会社をつくるという方向に頭を切り替えました」

 起業の決断から実現までは早かった。大学卒業後、就職したインテリジェンスの宇野康秀社長(当時)の出資を受け、24歳の時に独立を果たす。

「僕は結構、勝負勘みたいなものを大事にしているんですが、勝率の高いところを見つけたら大きく勝負する。起業のタイミングがまさにそうでした」

 その後はインターネット広告事業で頭角を現し、アルバイトを含めてたった3人で始めた会社が、3年後には東証マザーズ上場までこぎ着けたことは周知のとおり。しかし、起業よりさらに大きな決断を迫られるシーンが、この後訪れることになる。

サイバーエージェント藤田晋社長が経験した忍耐の時

 大きな転機が訪れたのは00年の上場直後。喜びも束の間、インターネットバブル崩壊で株価が10分の1以下に暴落し、投資家からも世間からも信用を失った。苦境の中でもがいた揚げ句に藤田氏が下した決断が会社の売却だった。

 この決断は結果的に実行されることがなかった。断腸の思いで出資者の宇野氏に売却を持ちかけたものの、あっさり断られることになったからだ。

 「どうせ誰かに会社を買われるなら宇野さんのほうがいいと思いました。そしたら『いらない』と言われて、その時初めて頭が真っ白になった。僕の中では、ある意味命を懸けるぐらいの気持ちでいたわけですから、言ってみれば、もう命を絶つこともできなくなったわけです」

 その直後に、楽天の三木谷浩史社長からの出資が決まり、奇跡的に会社は存続することになる。単に運が良かったのか、何らかのアクションが実を結んだのか。こう尋ねると藤田氏は、「分かりませんが、三木谷さんが当時、日本社会のためにベンチャーを助けなければというモードになっていたのは事実でしょうね」と、淡々と答えた。

 ともあれ、会社の継続が決定。株価が大暴落して批判を浴びていることを除けば、事業環境自体は決して悪くなかった、と藤田氏は言う。上場により225億円の資金を調達した上、インターネット市場も長期的には成長していくことが確実だったからだ。それでも、しばらくは忍耐の時が続いた。

 「会社としては腰を据えて経営できる状態に入っていたので、長い目で見れば必ず株主に報いられると思っていました。ただ現実には、その状態で腰を据えて経営するのは筆舌に尽くしがたいほど難しかった。株主が怒っているだけでなく、社内は大混乱で僕の求心力はもうなくなっていたし、社会からも批判を浴びている状態。とにかく耐え忍ぶしかなかったですね」

決断できるかどうかは、心が強いか弱いかの違い。

 藤田氏ほど株価にこだわり、株価の恐ろしさが身に染みている経営者もいない。それでも、勝負時と見るや、たとえ投資家のプレッシャーを受けても信念を曲げない。

 「昔から精神力は弱くはなかったですが、今ほど強くありませんでした。やはりネットバブル崩壊の経験で、何かを言われても言い返せる力はついたと思います。決断できるかどうかは、頭がいいか悪いかではなく、心が強いか弱いかの違い。周囲に流されたり、目の前の数字や評価に惑わされたりするのは心が弱いから。心を鍛えていれば正しいことを正しくやれます」

 現在は、一時のスマホ熱中状態から脱して、事業全体を見渡す余裕が出てきたという藤田氏。今後も、スマホへのシフトと同様の大きな変化を迫られる場面が来そうかと尋ねると、「当面は大きな変化はないでしょう。スマホほどの規模で変化するものは、他の細かなこととは桁が違う。ネット領域は変化が激しいので、他のさまざまなものに目移りしそうになりますが、そこを経営者として見誤ってはダメ」と言う。

 決断の先送りを防ぐために、定期的に幹部や社員たちと泊りがけで合宿を行い、会社が直面する課題について解決策を練る「あした会議」なるものがサイバーエージェントにはある。そこでは目先の経営課題の解決だけでなく、人事異動の話まで決まることがあるという。藤田氏はこう言って笑う。

 「これ以上問題が見つからないというまで、隅々まで問題をみんなで探しまくって1つずつ潰していく体制ができているんです。だから、僕はいつバトンタッチしてもいいんですよ」

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