政治・経済

安倍晋三首相が来年4月に消費税率を予定通り8%に引き上げるかの最終判断まで残り1カ月となった。慎重論の急先鋒は、首相のブレーンで内閣官房参与の浜田宏一、本田悦朗の両氏。首相の意思決定に絶大な影響力があり、予定通り増税実施を決断するかは最後まで予断を許さない。 (ジャーナリスト/川田孝文)

浮上してきた増税慎重論

決断を迫られる安倍晋三首相

決断を迫られる安倍晋三首相

 「消費税率が予定通り実施されることが前提だ」。日銀の黒田東彦総裁は、8月の金融政策決定会合後の会見でこう述べた。政府と共同歩調で金融政策を進めてきた黒田総裁が、政府に注文を付けるのは異例。こう発言せざるを得なかったのは、政府が消費増税に迷っている印象が強まった。

 昨年8月に成立した消費増税法では、消費税率は2014年4月に現在の5%から8%に、15年10月に10%へ2段階で引き上げられる。ただ、法律の付則で、増税の条件として「経済の好転」が盛り込まれており、景気次第では延期や凍結もあり得るわけだ。

 ただ増税の判断材料となる8月12日に発表された今年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質GDPは年率換算で3・2%増と3四半期連続のプラス成長で、市場予測の3・4%は下回ったものの、先進国の中では高い伸び率だ。消費増税法の「景気条項」で定めた「経済の急変時には見合わせる」という項目には当てはまらない。

 しかし、ここに来て、首相は慎重姿勢を強めている。背景にあるのが、首相ブレーンの浜田、本田両氏の存在だ。浜田氏は、今年の日銀総裁人事でも、黒田氏を推薦し、結果的には首相が総裁に選んだ。首相の判断に与える影響力は絶大だ。

 その浜田氏は「アベノミクスで景気が回復している中で、増税すれば景気を冷やし、デフレ脱却も遠のく」として、延期論を展開。本田氏も「デフレの最中に増税をするのは間違った決定」と言い切り、来年4月から消費税率を1%ずつ引き上げ、5年間の合計で5%上げる代案を首相に提案する。1回当たりの上げ幅を抑えることで駆け込み需要と増税後の反動減を抑える効果が期待できるという。

 両氏が予定通りの税率引き上げに慎重なのは、予定通り税率を引き上げれば景気が後退し、税収が減り、財政再建も遠のくというものだ。ただ、両氏の主張に対しては、政府・自民党の内部でも反発を強めている。自民党の石破茂幹事長は「増税を引き延ばす状況にない」、野田毅自民党税制調査会長も「アベノミクスは消費税率引き上げを前提にしている」と言い切る。

 推進派の主張は、増税を見送れば、財政再建が困難になるというものだ。政府は国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を15年度に半減、20年度に黒字化する目標を国際公約にしている。ただ日本の国と地方を合わせた長期債務残高は1千兆円を超えており、GDPの2倍を超え先進国で最悪の水準。高齢化に伴い毎年1兆円ずつ社会保障費が膨らむ中、消費増税以外には財政再建の抜本的な材料が見当たらないのが現状だ。

 消費税率は1%の引き上げで2・7兆円の税収増になり、3%の引き上げで8・1兆円、5%上げれば13・5兆円の税収増加効果が見込まれる。プライマリーバランスの半減、黒字化目標はいずれも消費増税抜きには難しく、財政再建には不可欠と推進派は考えているわけだ。

 さらに、消費税率の予定通りの引き上げを見送った場合に予想されるのが、市場の混乱だ。日本の財政再建が増税見送りでさらに遅れるということになれば、国債が売られ「長期金利が急騰する可能性がある」(野田自民税調会長)。それに伴う一段の為替の円安の進展、株価の下落で国民生活に大きな影響を及ぼす懸念も指摘されている。

一挙引き上げか小刻みかで揺れる

 本田氏が主張する毎年1%ずつ刻みで上げる案はどうか。これを実現するには国会の法律改正が必要だ。さらに、経済危機でもないのに、法律で決まっている税率の上げ方を変更すれば政権の政策実行能力が問われかねない。

 企業への影響も避けられない。毎年、値札や広告を変えなければならず手間が掛かる上、中小零細企業にとっても増税幅が小さいほど、大企業に商品を卸す際に増税分の価格転嫁を拒まれる恐れも高まる。

 野田自民税調会長は昨年の民主・自民・公明の3党合意では「一挙の引き上げと1%ずつなど小刻みの引き上げのメリットとデメリットをよく考えての決定だった」と話す。

 ただ、予定通りの消費税率引き上げが、アベノミクスで改善基調の景気にマイナスの影響を与えるのは必至。野村証券では予定通り増税した場合、実質GDP成長率は13年度の前年度比2・6%増に対し、14年度は1・9%増に落ち込むと試算する。

 このため、政府は、8月26日から31日までの6日間の日程で、企業経営者やエコノミストなど約60人から増税が景気に与える影響や、増税の是非の聴き取り調査を行い、結果を、首相の判断材料にすることにした。会議の中では、予定通り増税を行う場合にも景気影響に配慮して、大型の補正予算を求める声が相次いだ。予定通り行う場合に景気へのインパクトをどれだけ最小限に抑えられるかも焦点で、政府は来年以降、大規模な補正予算の編成を準備する考えを示している。

 安倍政権は、大胆な金融緩和と機動的な財政出動、成長戦略の3本の矢で、円高是正、株高の状況を生み出し、企業や一般家計の景況感を大きく改善させた。ただ、設備投資の回復の遅れが目立つなど懸念材料も残す中、景気とのバランスを取りながら、どう最終的に決断するのか。政権の命運を懸けた議論が、いよいよ大詰めを迎える。

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