文化・ライフ

日米通算4000安打を達成したNYヤンキースのイチロー(写真:AFP=時事)

日米通算4000安打を達成したNYヤンキースのイチロー(写真:AFP=時事)

イチローをじっくり育てようとした土井正三

 人との出会いは大切である。もし恩師との出会いがなかったら、イチローの偉業達成はあり得なかっただろう。

 さる8月21日、ヤンキースのイチローは本拠地のヤンキースタジアムでブルージェイズのR・A・ディッキーからレフト前ヒットを放ち、日米通算4千安打を達成した。

 メジャーリーグの通算最多安打はピート・ローズの4256本。順当に行けば、再来年には、この記録を更新することになる。

 もちろんイチローの場合、日本時代の1278本が含まれているため、メジャーリーグの公式記録にはならない。そのため、仮にローズの記録を上回っても「ナンバーワン」とはみなされない。だが、むしろ「オンリーワン」視されるほうが、日米2つのリーグで活躍したイチローにとっては名誉なことではないか。

 試合後はクールなイチローが珍しく目を潤ませていた。

 「チームメイトやファンの皆さんが、こんなに喜んでくれるとは想像していなかった。ちょっと半泣きになりました」

 いったい、イチローはどこまでヒット数を伸ばすのか。コンディションを見る限り、あと3年、いや5年はレギュラーとしてプレーできるだろう。

 1992年に愛工大名電高からオリックスに入団したイチローは最初の2年間、1軍と2軍を行ったり来たりだった。当時の監督・土井正三(故人)はイチローをじっくり育てようと考えていた。

 「僕はイチローを長い目で見ようと思っていました。そのためには1年間、ファームで〝放牧〟が必要だった。いっぱい食べさせて、練習させて、早く青年の体にしてやろうと。というのも、当時のイチローは少年のような体つきだった。大学や社会人出身の選手とは、明らかに肉体的な面でハンデがありました」

 2年目、ある試合で牽制に引っかかったイチローに土井は二軍行きを命じた。イチローは土井の前で「もう、あんなチョンボはしませんから、一軍に置いてください」と大泣きしながら訴えたという。

 それでも土井は許さなかった。プロの厳しさを叩き込むため、巨人時代の師である川上哲治の「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」との教えを忠実に実践したのである。

 こうしたことがあったため、後年、土井は「イチローの素質を見抜けなかった指導者」とバッシングを受けたが、もちろんイチロー憎しの感情でやったわけではない。土井には土井なりの考えがあった。

 生前、土井はこう反省の弁を口にしていた。

 「僕たちの時代は監督命令は絶対で、選手に説明する義務なんてなかった。でも最近の若い子には、きっちり説明すべき点は説明しなければならない。僕はそのことをイチローの一件で学びました」

 

イチローを積極登用した恩師・仰木彬

 

 土井の後を受けたのが仰木彬(故人)である。仰木は登録名を本名の鈴木一朗からイチローに改めさせるなど、積極的に登用し、売り込んだ。

 「パ・リーグにはスターが必要だ」

 パ・リーグで育ち、パ・リーグで指導者となった仰木には信念に近い考えがあった。「セ・リーグ、何するものぞ」との思い。おメガネにかなったのがイチローだった。

 ところが、イチローのトレードマークだった〝振り子打法〟に対しては懐疑的な声がほとんどだった。

 「二本足で打てない者が、一本足で打てるわけがない」

 チーム内にはあからさまに、こう吐き捨てる者もいた。無理もない。イチローの一軍での実績はゼロに等しかったのだから。

 そんな声を制し、「好きにやらせればいいじゃないか」と言ったのが仰木である。

 「僕はフォームについては何も言わなかった。プロは各々、個性があったほうがいい。それにイチローは〝バットにボールが吸いついてくるんじゃないか〟と思わせるくらい、バットコントロールがうまかった。つまり、それだけ理に適ったフォームを変える必要はないんじゃないかと思ったんです」

 監督就任1年目の94年、仰木はイチローを開幕から使い続けた。期待に応えたイチローは日本新記録(当時)となるシーズン210安打を達成する。

 歴史に〝たら〟や〝れば〟は禁句だが、もしイチローが次のシーズンからメジャーリーグでプレーしていたら、今頃はローズの記録を抜いていただろう。

 仰木が世を去って8年になる。愛弟子の快挙を草葉の陰からじっと見守っていたはずだ。そして、それは土井も同じだったのではないか。 (文中敬称略)

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

リーマンショック後の2010年にスタートした柳前社長時代は大幅な合理化や新興国戦略を推進。経営改革に道をつけ、17年度は過去最高益を更新した。日髙新社長は、事業企画・経営企画や2輪事業の経験と豊富な海外経験を買われてバトンを受けた。売上高の約9割を海外が占めるヤマハ発動機のトップとして、改革路線を継続しつつ成…

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年11月号
[特集]
大丈夫? 御社の危機管理

  • ・サイバーセキュリティ後進国日本の個人情報流出事件簿
  • ・「リアル」「バーチャル」双方で企業を守るセコムとアルソック
  • ・南海トラフ地震、首都直下型地震は、今そこにある危機
  • ・「いつ来るか分からない」では済まされない──中小企業の事業継続計画
  • ・黒部市に本社機能の一部を移転したBCPともう一つの狙い(YKKグループ)
  • ・高まる危機管理広報の重要性 平時の対応がカギを握る

[Special Interview]

 大谷裕明(YKK社長)

 「企業の姿勢や行動が危機対策以上の備えになる」

[NEWS REPORT]

◆胆振東部地震で分かった観光立国ニッポンの課題

◆M&Aでさらなる成長を期すルネサスの勢いは本物か

◆トヨタは2割増、スズキは撤退 中国自動車市場の明暗

◆このままでは2月に資金ショート 崖っぷち大塚家具「再生のシナリオ」

[特集2]

 利益を伸ばす健康経営

ページ上部へ戻る