国際

首都ワシントンでの発行が評価されて高値での買収に

 億万長者が、首都の有力新聞を買収する。日本では考えられないが、米国では現実になった。

 アマゾン・ドットコムの最高経営責任者(CEO)ジェフ・ベゾス氏は8月5日、米紙ワシントン・ポストを自己資金で買収すると発表した。買収額は2億5千万㌦で、この日から60日後に、1875年から続く創業138年の老舗新聞が、ベンチャー企業経営の億万長者の所有となる。

 IT億万長者が、新聞を買った、とショックが走ったが、24時間後にはこんなコメントも出た。

 「新聞界のビッグニュースは、一部では羨望の目でさえみられた」(米紙ニューヨーク・タイムズ)

 なぜか。ワシントン・ポストは実は、部数減少と広告収入の減少による経営不振で、赤字が続いていた。新聞事業のほかに、教育出版事業やテレビ局を保有する親会社ワシントン・ポスト・カンパニーも減益が続いていた。以前は1980年代に買収した教育出版事業が黒字で、新聞の赤字を補ってきたが、最近は、インターネット講座の普及で教育出版事業もダメージを受け、新聞を支えられなくなった。

 つまり、買収価格は通常、時価総額で算定されるが、ポストはそれを算出できる状態ではなかった。アナリストも、「ポストの伝統をかんがみても、価値は5千万~7千万㌦」と見積もる。それが2億5千万㌦にも跳ね上がった。

 同じアナリストは、こう指摘する。

 「ワシントンは政府施設が集中し、高給取りが住む、最もリッチなトップ10のマーケットの1つ。また、首都ワシントンで発行されるということは、政府の考え方、政策、規制、国家運営にまで影響を及ぼすことができる。ポストには、ほかの新聞に比べて図り知れないパワーがある」

 つまり、経営は不振だったものの、発行されている首都という市場の価値が「プレミアム」になったという。ポストは、ベゾス氏に買収され、生き延びた。それで「羨望」とまで言われる取引となったわけだ。

盗聴器を仕掛けるために侵入者が破壊した民主党ビルのドア。ウォーターゲート事件のきっかけとなった(ワシントンのジャーナリズム博物館「ニュージアム」にて。撮影/津山恵子)

盗聴器を仕掛けるために侵入者が破壊した民主党ビルのドア。ウォーターゲート事件のきっかけとなった(ワシントンのジャーナリズム博物館「ニュージアム」にて。撮影/津山恵子)

 これによって33年から80年間、ポストを所有してきたグラハム家の支配は、終わりを告げた。かつては、ニクソン大統領の民主党盗聴スキャンダル、ウォーターゲート事件のスクープを支援し、黄金時代を築いた女性発行人キャサリン・グラハムなどワシントンのセレブをも生んだ。

 しかし、現在のカンパニー会長兼CEOでキャサリンの息子ドナルド・グラハムは、発行人時代からの30年あまりの支配で、ポストを立て直すことができなかった。そればかりではなく、今年7月に溶鉱炉の装置製造会社を買収し、「溶鉱炉会社では、(新聞界の最高の栄誉である)ピュリツァー賞はとれない」(米メディア)と批判されるような経営判断をしている。

 ポストは新しいオーナーに売り渡される運命にあったと言える。

新聞社が売買されることが当たり前になってきた米国

 実は、米国では新聞社が売買されることが、当たり前になってきた。かつて、テレビもなく、新聞がニュース市場を独占していた時代は、現在のインターネット企業のように、高値で取引された。しかし、現在はなぜ、売買されるのか。

 1つは、新聞社の経営不振だ。ポストだけではなく、米国のどこの新聞も発行部数と広告収入の落ち込みの打撃を受けている。リストラのため、この数年間で、記者だけで全米で1万人以上が失業した。このため、オーナーが救済を求めて、新聞社を売りに出すこともある。

 最たる例は、コロラド州のロッキー・マウンテン・ニューズだ。同社は2009年、オーナー会社が売りに出したが、買い手がつかず、廃刊した。ピュリツァー賞も受賞した有力紙だったにもかかわらずだ。

 一方で、中小規模でも買収される新聞社もある。投資会社バークシャー・ハサウェイ会長で億万長者のウォレン・バフェット氏は、この数年で30社近いローカル新聞を買収した。

 「地域に1紙で競合紙がなく、ローカルニュースを強く欲するコミュニティーで発行される中小規模の新聞であれば、将来的に利益が出る」(同氏の株主への書簡)というのが、買収の理由だ。

 ベゾス氏は首都という良質の市場で発行されるワシントン・ポストを買った。バフェット氏は、ローカル需要に徹する新聞を買い続けている。

 重要なのは、新聞とその市場の質が、買い手がつくかつかないかという運命を分けているところだ。何の特徴もなければ、買い手はつかない。

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